◯
サイズの合ってないダブダブの白いパーカーを着ているこの女はただ者ではない。
アニメキャラであろう美少年がどデカく正面を占領していて
そして背中にはまた別の美少年が描かれている
リュックで隠れて全部は見えないが多分そうだ
安見の趣味だろうか。
安見
こいつは化け物だ
オレが失った7千円程度では到底辿り着けない場所にいる
7千円だってかなり痛い。
一晩中7千円あれば何ができるか考えて寝れなかったくらいだ
そんな夜を安見は小学生の頃から繰り返している
オレに指示をくれていた間安見のメガネは白く光っていた
景品の位置を確認して
アームを確認して
メガネの奥にある神の目からはどんな世界に見えていたのだろうか
オレと『ねこじゃらし』との死闘はただの2回で終わってしまった
あれだけ苦労した強敵をたったの2回。
つまりは200円だ。
プレーしていたのは安見じゃない、オレだ
ちゃんと指示通りに動かせていたかも怪しい
それでも2回。
安見お前は
間違いなく化け物だ。
原津森くんは嬉しさを噛みしめるようにゆっくりと階段を上がっていきます
ぶつくさ口だけ動かしながら
珍しいものを見るような目で
二段ほど下にいる私を振り返ります
両手でしっかりと『ねこじゃらし』を大事そうに持っています
リュックに入れといてあげるって言ったのに拒否されました
時折私に向けている目線をねこじゃらしに向けては恍惚な表情を浮かべています
箱を撫でています
箱からねこじゃらしを取り出して原津森くんの前でプルプル振ったら喜んでついてきそうです
やっとの思いで欲しいものを手にした時
人生が輝きます
明日も明後日もその輝きが続くような気がして
全てのモヤモヤが吹き飛んで心が晴れます
格ゲーでも味わえるのかな
私が格ゲーで掴みたいものってなんだろ。
原津森くんに勝つことなのかな。
原津森くんは何を掴みたくて格ゲーをやってるんだろう
格ゲーを極めた先には何が待ってるんだろう
◯
全然どいてくれません。
ここ4階の空間には私と原津森くんだけしか居ないと思ってました
順番待ちをしている私を尻目にずっとゲームをしているこの人は
座っていても背が高いことが分かるほど体がデカくて椅子からはみ出しています
迷彩服を着た大きな背中はゲーム画面を隠していて
後ろに並んでいても勉強ができません
他の人のプレーは参考になります
だから見たいのに。
少し横にズレても見えない
もう少し横にズレようものならこの人の視界に入りそうでちょっと恐い
サングラスのフレームと柄の間からギロッと覗かれて目が合いそうなので動けません
人のプレーを覗けるのは覗いていることがバレてないからです。
ちゃんと後ろに並んでますよとオーラを放ってみても広くて大きい背中なのに全然拾ってくれません
そもそも私にオーラが有るのか疑問ではあるので私のせいかもしれませんが。
台の上にはあたかもそこが家のテーブルかのように携帯とか財布とか車のキーとかが無造に置かれていて
バラッと崩れ落ちた100玉が台を散らかしています
最初は綺麗なタワーでした。
段々負けが込むにつれてプレーが激しくなってそのうちバラッと。
散らかった100円はどんどん台に吸われていきます
相手は原津森くんなので強いです
何回もチャレンジしたくなります
すごく分かるのですが
私もやりたいなぁ...
強い願いは弾き返されましたが
悲哀の込もった願いは通じたのかもしれません
ヌッと立ち上がり向かいの台の方へ歩いて行きます
負けた人の椅子の離れ方でどれくらいその人が納得いってないか何となく分かります
両手拳を握りながらゆっくり歩くさまはそれこそオーラをまとっていて
人をどうにかしてしまいそうです...
立つ前から分かっていたけど実際立ってみたらホントに大っきい!
過去にも何回かこういうことはあった
ゲームで勝てないやつがリアルファイトを仕掛けにくる
あ、この人自分に声かけてくるな
っていうその予想は大体当たる
道を尋ねてくる人
電気屋の店員
職質をかける警察
ほとんどのパターンでこっちにリターンは無いが
今回はリターンが無いどころかリスク満載だ
オレはあえてゲーム画面に集中しているフリをしているが
今オレの真横にいる人間はオレをガン見だ。
とてつもなくデカい。
横にも、縦にも。
真っ暗なサングラスをかけているが分かる
絶対にオレを睨んでいる。
今にも胸ぐらでも掴んで来そうな勢いだがオレは屈するつもりはない
勝ったのはオレだ
暴力なんかでその勝ちを無かったことには絶対にさせない
悔しかったらゲームでやり返せよ
文句はゲームで言え
文句があるならもう一回100円入れろよオッサン
立ち上がって
いざ真正面から向き合ってみると足が震えてくる
スキンヘッド
グラサン
迷彩のシャツにダボダボのジーパン
こいつに殴られたら死んじまうぞマジで
ねこじゃらしで操れねえかなこのオッサン...
てか
なんか見たことあるな
心臓をバクバクさせながら記憶をさかのぼっていると海坊主みたいな巨人の奥から見慣れた姿が近づいてきた
勝った...。
いくら海坊主でも鬼には勝てない。
ありゃ担任だ
毎回毎回なぜ居るのか知らんが
早く来てくれ
せんせーこっちですぅ!
「なにやってんだ兄貴」
◯
「兄貴ぃ、連コは禁止だろ」
担任はその巨人のことを兄貴と呼んでいる。
それは本当の兄貴なのか
それともまた別の“兄貴”なのか
「すまん」
「ノーカードがどんな物か知りたくてつい熱くなった」
「後ろに誰か並んでることも確かめるべきだった」
「怒ってはない。ただどんなやつか知りたかっただけだ」
「すまない」
上半身をオレに向かって重たそうにドロンと下げる
ゆっくりとした低い声で完全に思い出した
マダムと話してた茶トラ巨人だ。
この人、
なんでオレが“ノーカード”だって知ってんだ?
いや、まず一つずつ整理していこう。
「あのー、兄貴って」
「このデカイのは私の実の兄貴だ」
担任はひじを伸ばしてお兄さんの肩を笑顔でペチペチ叩いている
盃を交わした関係ならさすがにこんなことは出来ないだろう。
「あのー、前から気になってたんすけどなんでここに居るんですか?」
「私か?」
あんただよ。
「そりゃ私の店だからな」
「はい?」
「正確に言えば私と兄貴の店だ」
それは近くに寄って来た安見にも聞こえていた
目を丸くしてアゴを引いて「あらま」ってな顔をしているがオレよりも現実を飲み込むのが早いように見えた
オレはまだ信じられない。
この店が出来てから毎日通っているが担任なんて見たことも会ったこともない
ましてやお兄さんなんてこんなに目立つのに...
「原津森、お前は毎日来てるな」
「いい客だよ」
そう言われるとなんかムカつくなぁ
「オレは二人のこと見たことないんですけど?」
「それはお前が認識してなかっただけだろ?」
「それに」
「私も兄貴も毎日店に顔を出してるワケじゃない」
「店の裏で仕事をしている時もあるし」
「そもそもお互い本業があるからな」
確かに担任になる前はこんな人知らなかったわ
兄貴の方はほとんど表には出てこないのか?
というかお兄さんの本業ってなんですか?
思わず道引兄に目をやると何やら安見に頭を下げている
安見も同じようにいえいえ大丈夫ですと頭を下げる
まるで何かの商談が成立したかのようだ。
「連コってなに?」
安見が近づいてきてお兄さんに聞こえないように気を使った小さな声で尋ねてきた
そういや安見は全然対戦に入って来なかった
あいつは弱いから入って来たらすぐ分かる。
その件で頭を下げてたのか
『連コ』とは連続でコインを入れることだ
これは良い意味でも悪い意味でも使われる
いくら負けてもチャレンジするという意味でもあるが
向こう見ずにそれをやってしまうとただの迷惑行為になる
後ろに人が並んでいるのに対戦に熱くなって気づかないことは心情としては分かるし実際オレも昔何回かやった。
ただ後ろに並んでるやつからしたら熱くなってるなんてそんなことは知ったこっちゃない
連コは後ろに人が居ないことを確認してからやるべきだ
そして連コより最悪なのはリアルファイト
「すまなかったな原津森」
「脅かすつもりはなかった」
「いやまあ」
「怖かったっす」
「茶トラ元気か?」
「オレが近づくと怯えて逃げるんで分かんないですけど多分元気です」
「そうか」
この兄妹はオレの事を知りすぎている。
担任になったのは偶然だろう
でもなぜオレに条例のニュースを見せてきた?
兄貴は兄貴でオレが猫番のタイミングを狙って店に来たんじゃないのか?
ロードプルにオレが来ない日は猫番だと知っているんじゃないのか?
心の中だけで疑っていたつもりだが顔に出ていたのかもしれない
オレの思考を逸らすように担任は昨日のことを聞いてきた
「安見元気そうじゃないか」
「お前なんかしたか?」
「....」
「あいつが自分で立ち直ったんじゃないすか」
原津森、お前が今両手で大事そうに持っているのはうちのレア商品だ
だからエグい設定にしてある。
お前ごときが全財産かけたところで死んでも取れない
安見の仕業だろうな
「富原とは知り合いか?」
「いえ、全然」
「でも」
「富原っていえばなんか聞き覚えあるんすよね」
「富原政治。」
富原政治って...
誰だっけ?
「誰ですっけ、それ」
「東京都知事だ」
そうだ...
オレから命を奪おうとしているスケベオヤジの名前だ!
「覚えておくといい」
担任は目を細めてトーンダウンした声色に変わる
「昨日お前が会った富原は」
「お前と同じクラスだ」
「そして」
「東京都知事、富原政治の息子だ」
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