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第四話 10先を制する者は姉木を制す③

公開日時: 2022年1月26日(水) 22:33
文字数:3,962



ふーっとため息をつけば後悔は映像化される。


オレの脳内で再生されたのは富原と睨み合っているシーンだ


あの後オレはバッシングを受けに受けた



「ゲームにマジじゃん」


「なにあれダサッ」


「目つき悪くなぁい?」



富原に言ったことに嘘はないし後悔もない


そもそも取り巻きの芯の食ってない表面的な言葉なんかオレの心には届かない


もっと鋭くて、一撃で心を突き刺すような仕打ちをオレはゲーセンで受けてきた


子供の頃に、大人からだ。


富原にケチつけたことは後悔してない


署名をもらえなくなったことに後悔している


オリエンテーションはあの後ももちろん続いた


騒ぎが少し収まったところで対戦を誘うがてら署名を頼んでみたがそのほとんどの人間のオレの見る目は薄目になっていた


粘ってはみたが「はー?」というたった二文字で全否定を告げてその場から立ち去るだけだった


富原という人物がどういう人間なのかがよく分かった


あいつは人を掌握している。


さすがは都知事の息子といったところか。


これでオレはクラスのほとんどの人間を敵に回したことになる


オレの未来はここで消えたのかもしれない


その後は絶望に伏したまま視聴覚室の隅のほうでただ小さくなって突っ立っていた


そんなオレに救いの手を差し伸べるやつが現れた


捨てる神あれば拾う神ありだ


オレに手を差し伸べてくれた天使は姉木だった。


力なくうつむいていたオレの視界に頭だけヒョコっと出して覗き込んできた


「署名してあげよっか?」


オレはその微笑みに頼るしかなかった


してくれ!とYESを伝える間も無くすぐに次の波が来る


「その代わり放課後付き合ってよ」


急にさっきまでとは微笑みの意味が変わってきた


こいつは完全に悪巧みを決行しようとしている


分かっていながらもオレと姉木は署名で繋がってしまった


そんなこんなで今オレは姉木と一緒に歩いている


人の弱みに漬け込んで一体どこへ連れていこうというのか


こいつは天使ではなく人さらいだったようだ。


ここがどこだか全く分からない。


知らない駅で降ろされ、かれこれ20分くらい経つ


ただひたすらに「次右っ」「次真っ直ぐ」という姉木のナビに従って交互に地面を踏んでいるだけだ


来た道を帰れと言われてももう無理なところまで来ている


ここで姉木にダッシュで逃げられたらオレは二度と家には帰れない


姉木を離さないように横並びで歩き、横目で監視する


肩を並べて歩いている姉木は両手を後ろ手にしてカバンを持っている


つまりは胸を張った状態だ


今時のファッションかなんか知らんがシャツのボタンが2つほど空いているのは先ほど確認済みだ


横並びになればオレの方が目線は高い位置にくる


視線は自ずとそっちにいく。


そっちに。


姉木の首が少しでもこちらに向けばオレは姉木とは逆の方にそっぽを向いて誤魔化した


鳥の首かというくらいにキュッと。


これはオレのせいではない。


姉木が大きいせいだ。


オレは悪くない。断じて。


オレに罪はないが、とはいえこのまま盗み見みたいなことを続けるのに何か罪悪感を感じ始めてきた


だからタイミングをずらして姉木の少し後ろを歩くように心掛けた


すると姉木はオレのタイミングに合わせて再び横並びにしてくる


時々オレの方を見上げて目が合えば、いたずらな笑顔で意味深なアピールしてくる


こいつは人さらいではなくやっぱり天使だったようだ。











「原津森も砂糖とミルクいる?」


「うん...」


学校帰りにコンビニ寄ってコーヒー買うのが私は好き。


機械がゴアーッて鳴って漂い始めるコーヒーの香りはお勤めが終わった合図。


乾杯ってことでおごってあげたのに原津森の眉毛は歪んでる。


普通「うん」って言う時は反射的に顔も動いちゃうもんだけど


原津森の顔は眉毛が歪んでる顔から石のように固まって一切動かなくなった。


分かりやすく『面倒くさいです』って顔に書いてある


おもしろっ!


今日初めて話したけど変わった人。


ゲームしてる時だけは何やらせても凄そうな顔してるくせに授業始まった途端死んだ顔して外を眺めてた


お昼誘おうと思ってチャイムが鳴ってすぐに原津森の席見たら俊足で居なくなってた


これは危ないと思って昼休み終わりのチャイムが鳴るギリギリに帰ってきたとこに釘刺しといた


勝手に帰ったら署名しないよって。


そしたら私の掃除当番が終わるまで教室のすぐ横で大人しくずっと待ってた


コンビニの横にくくられてるお利口な犬みたい。


別に署名くらいすぐにしてあげてもいいんだけど


私は原津森にしてもらいたいことがある



「どこ向かってんだよこれ」



ストローをズゴゴッと鳴らしてさっき渡したばっかのカップをもう捨ててる


そんなに早く飲んでも時間が早送りされるわけじゃないのに


原津森の様子を見ると


これ以上眉毛が歪んだら私のお願い聞いてくれなさそうだ


だからどこ行くかちゃんと教えてあげる



「私んちだよっ」













姉木は言う。


親は仕事だと。


家にいるのは弟だけだと。


いよいよ何をしに来たか分からなくなってきた。



「いいよ、座って」



よそよそしい感じでこちらの方すら見ずに一人用のテーブルの前にオレを促した


ここは姉木の部屋だ


隣は弟の部屋らしい。


姉木は下を向いて何やらモジモジしている


そりゃ初対面の異性をいきなり自分の部屋に入れているんだからそうなるわな


照れるくらいなら何で連れてきたんだ。


疑問は解決しないがとりあえず腰を落として部屋を観察してみた


入った瞬間思ったことだが


ピンクで目が溺れそうだ。


地べたにはピンクが敷かれ


日差しをピンクで遮り


姉木はピンクにくるまって寝るのだろう


こんなところで生活していたら頭がおかしくなりそうだ


「人の部屋ジロジロ見過ぎだから」


ピンクのテーブル越しに向かい合う姉木は口をすぼめて照れの混じった小さめの声を出した


ピンクで溺れそうな目が息継ぎできる場所を求めて肌色である姉木の顔から視線を外そうとしない


5秒ほど目を合わせていると時が止まったみたいだ


オレも、姉木も、さっきまでの雰囲気ではないことに気づく


ここは学校ではない


人の部屋だ。


上目遣いでちょっと怒っている姉木の頬は赤らみと肌色が混ざってピンクになっている


これ以上視線を合わせているとピンクの虜になってしまいかねない


わざとらしく姉木から視線を外してみる


気にもしていない時間を気にしているフリをして時計を探してみた


この部屋は目覚まし時計すらピンクだった


これ以上部屋をジロジロ見るわけにもいかない


かと言ってこのまま時計を見続けるわけにもいかない


早く視線をどこかに移動させなければならない



「そんなに気まずいんなら、しようよ!」



両膝と左手を床についてコントローラーを握った右手を自分の顔の前で一、二回振ってみせた


そういやこいつシュマブラやるんだったわ。


家にあるわな。


初めからそのつもりで家につれてきたかこいつ?


コントローラーを持っている姉木はほとんど四つん這い状態だ


もう何回眼のやり場に困ればいいのか分からない


ため息を目で吐くように力なくコントローラーに視線を逸らすと朝の記憶が蘇った


目の裏でオリエンテーションの時の姉木の姿が映った


こいつは十中八九負けると分かっていながらオレに勝負を挑んできたんだ


姉木から感じた“不”は何だったのか


それを聞くのをてっきり忘れていた


思い出した瞬間姉木の胸元などどうでもよくなった



「そういやお前さ」


「なんでオレに挑んできたの?」



姉木は四つん這いからシュッと正座の体勢になり


改まった顔をして口を開いた



「強い人と対戦したかった」


「だから原津森みたいな人探してた」


「私の話聞いてくれる?」












弟が部屋から出てこなくなった。


春休みのちょっと前くらいからずっと。


何回もドア越しに出てきてほしいって伝えたけど無理だった。


弟が部屋から出てくるのは深夜にコソッとお風呂に入る時だけ


たまにその音で目が覚めて安心する。


駆け寄って話したいけど無理矢理は違うと思う


もうずっと顔を見てない。


弟はシュマブラが好きで子供の時からずっと一緒にやってた


全然勝てなかったけど弟はいつも楽しいそうにしてた


それを思い出してシュマブラに誘ってみたらオッケーをもらえたんだけど...




「んで、勝負して勝ったら部屋に出ると?」


「うん」


「でももし私が負けたら二度と声かけないでくれって」


「10先ならやってやるって」




弟から10先を仕掛けてきたんならそれは多分マジだ。


自信があってのことだろうし完全に負かす気で言ってきている


煙たい姉を完全に黙らせるための方法だ




「姉木お前10先の意味知ってんの?」


「ううん、知らない」


「でもそれならやってくれるって言うから」




姉木は正座をくずして力なく内股のままヘタッと座り込んだ


今日一日を通してほぼほぼ明るい顔しか見てこなかったが


あの弾けんばかりの笑顔が完全にしぼんでしまっている


姉木の腹に積もってたものはこれか。


弟を外に出すためにどうしても上手くなる必要があって強いやつを求めていた


オレと対戦する時の姉木の熱は本物だった




「10先ってのは先に10回勝った方の勝ちだ」


「今日オリエンテーションでやったのは先に2回勝った方の勝ちだっただろ?」


「あれは2先だ」


「2先なんて小テストみたいなもんだ」


「10先は受験や就活と同じ」


「負ければ人生終了だ」


「“10先”なんて言葉は本気でゲームをやってないやつからは絶対に出ない」


「お前はそういう勝負を受けたんだ」





パパとママは今はそっとしておいてあげた方が良いって言う


でも私は違うと思う


弟は中学校に上がったばっかりで今の時期を逃したらもう学校行きづらくなっちゃう


楽しいこといっぱいあるのに。


原津森が言うならきっと弟はシュマブラをやり込んでる


それでも私は勝ちたい


私は弟の顔がみたい


原津森ならきっと叶えてくれる




「私は弟との10先にどうしても勝ちたい」


「だから今日原津森に来てもらったの」


「ごめんね」


「ちゃんと署名にサインする」


「だから」


「私にシュマブラ教えてっ!」









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