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第五話 択を制する者は木田を制す②

公開日時: 2022年2月19日(土) 21:13
更新日時: 2022年2月20日(日) 07:30
文字数:4,649


「運いいね、あんた」


リーゼント女がそう言った意味がやっとわかった。


「ロックスター」の演奏が終わってもステージ上の照明だけはついたままで、呆然と眩しいステージを眺めながら残響に頭と心が揺らされていた。


ここに署名をもらいに来たことなんてもう完全に消し飛んでいた。


署名をもらいにではなく、ただ感動を伝えに木田のとこに走る。


素晴らしいものの裏には必ず苦労がある。


木田達はモメていた。


「なんでギター変えないんだ」


そう言ってボーカルが木田に言い寄っていた。


オレは音楽のことは分からないし、ボーカルにはボーカルの意見があって木田には木田の意見がある。


踏み込むべきではないと思い、オレは黙ってホールに戻ることにした。


本当に踏み込まなくてよかったのか?


そんな迷いが一瞬足を止めて、また歩を進める。


進む足は後ろ髪を引かれていた。


もし踏み込んだとして、


それは木田のためか? 


忘れていた署名のことを思い出したからか?


天秤にかけた二つの思いは同じ重さでピタリと動かない。


それでも心は揺れていた。


段々と楽屋から離れることで頭の中の天秤が薄れていく。


一言声をかければ何か変わったのか。


一声かけた世界線ではどんな展開が待っていたのか。


その世界線を選ぶことは今からでも遅くはないはずだ。


そう気づいたのはホールに足を踏み入れてからだ。


ステージの照明はもう消えていてホール内は暗闇に包まれている。


別の世界線に足を踏み入れた以上、過去に戻ってやり直すことは何か卑怯に感じた。


諦めさせてくれたのはさっきホールで感じていた熱さだ。


体が段々と思い出してくる。


少し上がった体温のまま、他のバンドも見てみたが最終的に心に残ったバンドは一つだけだ。


あいつらは全員同じ高校の同級生。


軽音部。


あれ以降、木田がホールに顔を出すことはなく


頭の中の天秤は薄れたまま消えることはなかった。















「ねえ、相手に近づかれた時はどうすればいいの?」


そう言って対戦を終えた姉木はオレに近づいて来た。


近づかれた時にどうすればいいのかはオレが聞きたい。


完全に当たっている。


何がかは言わんが完全に、当たっている。


離れようにもがっちり腕を掴まれているしオレが突き放すと姉木が横のオッサンに近づかれるらしい。


ここ最近、姉木がロードプルに来るようになってから常連の奴らがよりザワつき始めた。


発端は安見だ。


安見はどうやらオレが来てない時も欠かさずに顔を出しているらしい。


そのおかげで4階にはギャラリーが増えた。


そりゃそうだ。


こんな血と汗と涙しかない野球部の部室みたいなとこに女子がいることなんてあり得ない。


古参組にとっては特にだ。


リアルファイトが頻繁に勃発してた、ゲーセンが悪の世界と言われていた時代に通ってた身からすれば竜宮城にでも迷い込んだ気分だろう。


おとぎ話みたいな奇跡だ。


特に安見は格ゲーに真面目だ。


古参組からの好感度は高い。


親心に見せかけた下心で安見に近づき格ゲーを指導してるオッサンをしょっちゅう見かける。


プラス、姉木だ。


姉木はただ興味深々でうろちょろしてはたまに対戦して派手に負ける。


いかにも初心者お断りを受ける一番常連から嫌われるタイプだ。


ただどうにも男を狂わせる才能だけはあるようで。


嫌われるどころか姉木の対戦中は後ろでギャラリーが湧く。


どうやら女が居るらしいという噂が広まり人が人を呼んだ。


木田のライブから直行してみたら4階はオッサンで溢れかえっていた。


まあ休日ということもあるのだろうが、おかげでオレは未だにゲームをできていない。


「ねえ、近づかれたら全然勝てないんだけど」


ちゃんと教える。


だから耳元で囁くのはやめろ。


オッサンが見てる。


こいつのシュマブラのやり込みは大したものだった。


今はまだよく分かってない状態だろうが、


教えれば多分ストリートファイターも楽しめるようになる。


 












朝、原津森くんは来ませんでした。


お昼を過ぎても来ないので少ししょんぼりしながら他の人の対戦を見ていたらほっぺたが一瞬凍りました。


びっくりして振り返ったら両手にレッズブルを持った姉木さんが微笑んでた。


「格ゲー教えてっ」


そう言いながら私にレッズブルを突き出してくる。


一人で寂しかったし、レッズブルは飲んでみたかったし、


交渉は成立しました。


今日は人が多くて姉木さんは負けては列を並ぶのくり返しをしています。


私に何か教えられることはないか考えてみても伝えることがままなりません。


じゃあせめて対戦には勝ちたいとレッズブルをグビッと飲んだところで原津森くんみたいに勝てるようにはなりません。


どうやら翼をあずけるにも人を選ぶみたいです。


今日もいっぱい負けています。


対戦に集中してたから気づかなかったけど


席を立って振り返ると改めてすごい人の多さです。


何だか色んな方向から視線を感じたのでそそくさと端にはけたら原津森くんの姿が見えます。


来てたんですね。


人だかりを縫いながらできるだけ近づいてみると姉木さんとゲームの話をしていたのでおじさんを挟んだ少し離れたところで聞き耳を立てます。


すると原津森くんは“択”について語り出しました。





相手に近づかれた時は“択”が掛かっている。


「たくぅ?」


まず近づかれる原因は寝かされることにある。


何かしらの技をくらってダウンを取られ、


その起き上がりに近距離で“択”を掛けられるんだ。


「打撃」か「投げ」の択を。


格ゲーは、レバーをガード方向に入れておくことで打撃を永遠にガードし続けることのできるゲームだ。


ガード中にボタンさえ押さなければダメージをくらう事はない。


しかしずっとガードできてしまえば勝敗がつかない。


そこで「投げ」が用意されている。


投げはガードできない。


だから投げ専用の防御方法をとる必要がある。


パンチボタンとキックボタンを同時押しすれば投げを回避できる。


また相手を投げたい時にも同じ、パンチボタンとキックボタンを同時に押せば相手を投げることができる。


「投げ」と「投げ抜け」は同じボタンだ。


柔道で言えば襟首を掴む行為が「投げ」で、


相手の襟首を掴み返すことが「投げ抜け」だ。


襟首を掴み合った状態になれば審判じゃなくてゲームシステム待ったをかけてくれて仕切り直しになる。


そうなれば「投げ抜け」成立だ。


ダウンを取られた起き上がりには


「打撃」か「投げ」の択が掛けられている。


打撃をガードしたいならボタンを押しちゃいけない。


しかし投げを抜けたければボタンを押さなければならない。


相手がどっちの択に偏ってるのか観察して対策しないと良いようにコントロールされてしてまう。


ちゃんと考えてどちらかを選ばないといけない。


選べるのは、どちらか一つだけだ。






ダウンを取られたら「打撃」か「投げ」の択を迫られる。


だからちゃんと意識をしないといけません。


逆にいえば自分がダウンを取った後は択が偏らないようにコントロールをしないといけない。


“択”ってちょっと運要素が強いように感じるけど


上手い人には必ずと言っていいほど択を通されてしまう。


自分の択は通らないのに。


きっと運じゃない何かがあるんだ。



















ライブイベントの打ち上げには行かなかった。


じいちゃんのとこに来たかったってのもあるけど


今日、歌川が怒ってたから。


オレにギターを変えてほしくて。


もっと良いギターじゃなきゃお前の腕に見合ってないってあいつは日頃から言ってくる。


それが爆発した感じだった。


悪いと思うよ。


でもオレは今使ってるギターがいいんだ。


「どうだ? 友達できたか?」


じいちゃんはそうやって毎年聞いてくる。


学年が上がる度に。


小学校入った時からずっとだ。


もう高校生だって。


いつまでも変わらず優しいじいちゃん。


それでも変わってしまうものもある。


鼻に管なんか通されて


腕はガリガリに痩せて


もう好きなものを食べることすらできない


ずっと寝たきりだ


そんな状態になっても笑顔で聞いてくる


「友達できたか?」って。


だからこう答えた


「今日、変なやつがライブ見に来た」


聞いたところによると原津森はライブを見に来るのは今日が初めてだったらしい。


普通は一人じゃ入りにくいんだよああいう所は。


少しだけ犯罪の匂いがするから。


でもアイツは一人で暗闇に居ても堂々としてた。


受付の毒峰さんが帰りに愚痴ってた


「目つきの悪いガキがタメ口きいてきた」って。


あれは多分原津森だ。


あの見た目の毒峰さんに初対面でタメ口きけるような奴なんてそうはいない。


変わった奴だよ。


真っ直ぐだけど、進む方向がぶっ飛んでる。


「鳴男のライブか」


じいちゃんは遠い目をして天井を眺めてる。


ずっとオレのライブ来たいって言ってくれてる。


高校入って軽音部に所属して初めてライブやった頃にはもうじいちゃんは寝たきりになってた。


オレが演奏してるとこじいちゃんに見てもらいたいけど


きっともう、じいちゃんは長くない。
















放課後の進路指導室は日もだいぶ落ちて涼しげだ。


ただ、空気は少し重い。


隣に座る道引先生もいつもより神妙な面持ちだ。


道引先生の向かいに座る原津森くんはもっと真剣な顔をしている。


一回目に進路の方針が決まらなかった生徒のための二回目の進路相談会。


僕の思い過ごしかもしれないけど、二人が向かい合う時はいつもピリピリしてるような気がする。


二年生になって進路のことで悩む生徒は意外に多い。


原津森くん以外にも数名、方針が決まっていない生徒と面談した。


進学を希望して受験をするにしても、どこの大学を選べばいいのか、どれくらい勉強すればいいのか、


バランスを取りながら目標を作ることは難しい。


高校生活は大学受験のためにあるわけじゃないし、もっと遊びたいと思うのが普通だ。


勉強と遊びの板挟み、その圧迫が一番きついのはもしかしたら二年生なのかもしれない。


三年生になれば勉強に重きを置いて生活することに決心がつく。


僕が高校生の頃は進学一択で、友達もいなかったからずっと勉強に専念できた。


幸い教師になりたいという夢もあったし。


道引先生が学生の頃はどんな生徒だったのだろうか。


なぜ教師になろうと思ったのだろう。


そんな想いを馳せながら隣に目をやると道引先生は眉毛を垂らしていた。


腕を組み足を組み、ため息をつく。


「お前、本当にそれでいいのか」


珍しく原津森くんに対して弱々しい口調だ。


原津森くんの進路希望調査表にはすべて「無し」とだけ書かれている。


強い意志を感じる。


原津森くんは一回目から悩んでなんかいない。


進路希望調査表を見た道引先生が問題ありと判断して二回目に至っている。


半ば強制的に連れてこられた原津森くんはさぞ不服そうにしてるのだろうと予想していたけど、そんなことはなかった。


胸を張って大真面目な顔で道引先生を見ている。


道引先生はその覚悟を受け止めきれないでいた。


原津森くんの選択は教師としてはやっぱり心配になる。


でも進学だけが全てじゃない。


就職だけが全てでもない。


社会が決めた絶対的な二択みたいになっているけど本当はもっと色んな可能性がある。


原津森くんにはきっとやりたいことがあるんだ。


僕はそう思ったしちゃんと自分の意見を伝えたかった。


「僕はそれでいいと思います」


道引先生は目をパチパチさせながら僕を見ている。


意外だったのだろう。


僕も意外だった。


自分がこんなこと言うなんて。


原津森くんは「分かってんじゃん」と小声で言って席を立った。


去って行くその足取りは軽快で迷いがない。


幸せは誰かに導いてもらって手に入れるものじゃなくて自分の努力で掴み取るものだと僕は思う。


僕の幸せは勉強で掴み取ることができた。


原津森くんの幸せはどんな努力で掴むのだろうか。








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