ゲーム依存症は罪ですか?

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第三話 画面端を制する者は安見を制す⑥

公開日時: 2022年1月15日(土) 21:50
文字数:2,634



同じ朝でもこうも違うかね。


同じ時間に同じ道を歩いても曜日が変われば気持ちも変わる


それはオレだけではなくすれ違う人達もきっとそうなのだろう


殺伐とした尖った空気は和らぎ


いつもは親の仇のごとく吠えてくるあの角の家の犬も今日はハフハフ言いながらちょこんとお座りをしていた


オレは犬にも懐かれない。


どっかの金持ちの社長だろうが


ひとかけらも勉学に向かわないどっかの学生だろうが


一日は24時間だ。誰も変えることはできない。


時間に追われる者と時間の中を優雅に泳ぐ者


どちらが幸せですかと聞かれればオレは後者を選ぶ


時間の中を優雅に泳ぐとはただダラダラ寝たり食ったり欲に身を任せるという意味ではない


好きなことに誰にも邪魔されずに夢中になるという意味だ


まだ開店前のロードプルに朝一で並びに来る


それこそが至高


土日万歳。


休日の空気は澄んでいる。特に朝は。


すずめがチュンチュク鳴く声がよく聞こえ


ビルとビルとの間からのぞく朝特有の青白い空は遠くの方まで透けて見える気がする


ゲーム以外の趣味は何かと聞かれれば


まだ閉まっているロードプルの前で休日を感じることだと答えるだろう


開店まではこの空間はオレだけのものだ


コイツさえいなければ


なっ!


「おはよう」


「原津森くんこんな早く来てるんだ」


お前の方が早いんだよな。


安見が水筒のフタにお茶を注ぎ湯気を立たせている


そしてズズっと一口。


君は何時からここに居るんだい?


「あったかいお茶っ」


自慢げに水筒を持ち上げる安見は笑顔だ


「お母さんがサンドウィッチ作ってくれた」


「休みの日に朝早くから出かけることなんて無いから」


なんだろう


昨日は夢でも見てたのかな、オレ。


もしくは安見の脳内で何か革命が起きたのかもしれん。


安見の母ちゃん


お茶と、サンドウィッチなんだ。


「お茶いる?」


水筒を傾けてそそぐフリをしてみせる安見だが


水筒はフタをコップに見立てて飲むものだ


つまりはコップは一つしかない


「いや、のど乾いてない」


「あったかいよ?」


「いや、もうやめとけっ」


「なにそれっ」


お茶を飲んであったまった安見の微笑みは温泉でくつろいでるかのように柔らかい


「じゃあこれあげる」


手のひらに何かをギュッと押し付けられると自然と握ってしまう


すごくカドカドしいが握ったことのある感触だ


落ちないようにゆっくり開けてみる


「なぜキャラメル?」


「忘れたまんまでリュックの中に入ってた」


「昨日、原津森くんにあげようと思って」


なぜか安見は嬉しそうだ


「久々だな。サイコロキャラメル」


「箱の中の匂いまで美味しいよね」


まだオレの中で昨日の安見の残像が残っている


それは安見の中にも残っていて精一杯見て見ぬフリをしているように見える


が、今日は休日だ。


人がいつもと違う雰囲気であることは正常と言える


制服じゃない安見と会うのは今日が初めてだからな


休日の朝にふさわしくない大層な音を立ててシャッターがゆっくり上がっていく


オレはここでしか夢中になれない


もしかしたら安見も同じなのかもしれない















「なんか暗いね」


ゲーセンの朝は暗い。


夜の方がむしろ明るい。


巨大な倉庫にゲームを詰め込んだような建物だ


電気をつけなければほんの数カ所だけに設置された小窓から窮屈そうに朝の光が入ってくるばかり


洞穴から抜け出す入り口を遠くの方で見つけたように


入ってくるわずかな光が今居る場所のほの暗さを演出している


それでいい。


朝から明るいゲーセンなんざゲーセンじゃない。


地上なのに地下


それがゲーセンだ。


ゲーセンは楽しむ場所じゃない


戦う場所だ。


ワケの分からん理論ではある


自負はしている


だからこんな意識でここに来るやつはオレだけだと思ってた


けどそうじゃなかった。


安見は昨日戦っていた


戦ってもないやつからは涙なんてこぼれない


UFOキャッチャーに勝ち負けなんかない


でもきっとあるんだ。


そして今日も戦いに来た


オレよりも早く来て。


昨日のことはあえて触れないでおくこともできる


しかしそれは負けたことに目をつぶって現実を見ない行為だ


対策を練らなきゃまた同じ負け方をするだけ


自分に照らし合わせればそういう事にはなるが


安見の傷の深さは安見にしか測れない


天秤にかけた客観性と主観性がどっちつかずに揺れている


右に傾いたり左に傾いたりしながらふらふら歩いているとちょうど昨日の現場に差し掛かった


ここを抜けないと4階には上がれない


『ねこじゃらし』が目に入ると視線は安見へと引き寄せられた


もしオレがねこじゃらしに興味がなければ


昨日オレが猫番でなければ


安見はどうしていたのだろう


人の“もしも”を考えるなんてしたことがない


今安見は何を思っているのだろうか



「私UFOキャッチャー好きなんだっ」



心の中を聞かれていたのかと思うくらいナイスなタイミングで話し出す安見


なんだっ


ドキッとするじゃねーか



「小学校ん時、からだよな?」


「うん。」


「でも昨日で変わっちゃった」


「ただ得意なだけになっちゃった」



安見の歩くスピードは段々遅くなって


首は下にさがり


肩がしぼんでいく


同じ場所で二度目のダメージを負っている


そんな状態で歩くくらいなら


通り過ぎずに足を止めてしまった方がいい


顔を上げるために後ろを振り返った方がマシだ



「得意なら教えてくれよ」



オレは昨日、安見に丸投げしようとした


自分に技術がないからといって投げ出した


安見に取ってもらおうとした


それをやってしまえば富原と同じだ


そんなことにも気づかないくらい


オレは『ねこじゃらし』に浮かれていた


ねこじゃらしにホイホイされたのは猫じゃなくてオレだった


オレは危うく“負ける”とこだった



「どうしても取りたいもんがある」


「取り方教えてくれ」



立ち止まって横並びになった肩が少しだけ当たってる


原津森くんは首だけ横に回して私に投げかけてきました


私も首だけ横に見上げて原津森くんを見てみると


その目は真っ直ぐ私の目を見ているようで


私の目の奥にある何かを捕えています


ゲーム画面を見ている時と同じ目をしています


原津森くんが指をさす方には猫グッズのUFOキャッチャーがあります


ニュースで見たことある


大ヒット中の猫グッズがあるって


家で猫飼ってるのかな


それとも前ににらめっこしてた猫に会いにいくのかな


原津森くんとその猫が出会った日


私は格ゲーと出会ったんです


原津森くんは私に格ゲーを教えてくれました


格ゲーがあるから私は今日立ち上がれたんです


またロードプルに来れた


原津森くんは私を助けてくれました


取ってくれって言われたことは何回もあります


でも


教えてくれって言われたのは初めてです


ありがとう



「絶対取らせてあげる!」










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