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第四話 10先を制する者は姉木を制す②

公開日時: 2022年1月24日(月) 21:31
文字数:4,552



「姉木です! よろしくっ」


今から戦場に向かう者とは思えないくらいとてつもなく明るい笑顔だ


寝起きすぐに洗面所の電気をつけた時くらい眩しい


その眩しさに隣にいた霜山は頬を赤らめ完全にやられていた


席に座る前は笑顔


しかし座れば世界は変わる


負けてる側が笑顔でいられるわけがないからだ


姉木はそれを知っているようだった。


ゆらりと腰を落としてコントローラーを持つと


今から何かの本番が始まるかのように目をつぶって深呼吸をする


息を吐き切ってゆっくり目を開けるその表情からはすでに笑顔は消えていた


霜山が一方的にフルボッコにされている惨劇を見てなお、姉木はリングに上がってきた


ただ興味本位で近づいて来ただけなら目の前で血を見た瞬間に引っ込むだろう


姉木にはきっと何か戦う理由がある。


それを聞くためにはオレは勝たなければならない


負けて話すことなど何もない。


見た目はただの流行りものに流されてそうな普通の女子だ


オレは、コイツの腹の中に何があるのか興味がある


安見には無かった。


今対戦している姉木の実力からするに、やり込み度合いで言えばジャンルは違えど安見には到底叶わない


安見のやり込みはオレでも敵わないかもしれない


そんな安見でも持っていないものを姉木は“持っている”


「んもぉ!」


「ちょっとそのコンボずるくなぁい?」


顔も見ずに姉木は言葉をぶつけてくる


対戦中だからこっちも姉木の顔は見れないが多分相当歪んでいる


さっき内側に引っ込めたあの眩しい笑顔は姉木本体から追い出されて視聴覚室を出た廊下にでも転がっていることだろう


怒った人間のドアの閉め方が強いように


強く押されたボタンには感情が乗っている


ムカついたパンチは大振りになるもんだ


スカッた隙に確定のコンボを決める


そうやって姉木のライフは着実に減っていく


勝ちが近づくにつれて自分の中の違和感がどんどん膨らんでいく


人の腹の中などオレには関係ないはずだ


なぜ姉木にこんなにも興味を持っているのか自分でも分からなかった











負けた姉木は座ったままだ。


まだ諦めきれないように両手で弱々しくコントローラーを持っている


ヘソを見るように首を下げて肩を落としている


先に席を立ったオレはその場を離れずに姉木の後頭部をしばらく見さげていた


生気の抜けた姉木に下心満載で霜山が近づく


「オレより全然強かったよ!」


真剣勝負に負けた人間にかける言葉としてはかなり安い部類だ。


姉木はオレと戦ったのであって実力を比べれる対象は霜山なんかではない


「次オレとやろうよっ!」


うつむいて座っている姉木に霜山がさらに一歩近づくとかわすように立ち上がった


「原津森、強っ!」


廊下に飛んでいった笑顔が一瞬で姉木に戻ってきた。


「なんで! なんで強いのっ!」


霜山から離れるようにズイっとオレに近寄ってくる


いちいち顔近いのやめてくんねーかな。


いい匂いするんだけど。


半歩下がりつつ動揺を隠すためにあえて低い声で言ってみる


「お前が寝てる間にやってるからだ」


言った瞬間、姉木の目は下に泳いだ


しかしすぐに黒目は立ち上がりオレを見ている


「そっか」


言葉はタイミング一つで意味合いが変わってくる


目が下に泳いだ時にそっかと言っていればまた意味が違っていただろうが


こいつは目が立ち上がった時に言った


姉木は諦めたようでまだ諦めていない


だから聞こうと思った


「お前さ、なんで」


「おーーっとここで15連勝達成っ!!!」


「....。」


声の鳴る方を思わず見てしまった


いい大人がメガホンを口に当てて叫んでいる


うるさいよ。


配信台の横にハチマキをして両手に黄色いメガホンを持っている担任がいる


右手のメガホンは口に


左手のメガホンは自分の太ももを叩いている


うるさいよ。


どうやら配信台のプレーヤーが15連勝したらしい


「挑戦者はおらぬかーー!」


「....。」


どの生徒も配信台には近づこうとはしない


きっと色んな意味でだ。


シーンとする視聴覚室にオレのため息だけがひっそりとさえずる


邪魔が入った。


一度聞きかけたことを聞き直すには少し間を置きたい


トイレに行くために対面している姉木を通り過ぎる


視界から姉木が居なくなった瞬間オレはバッと腕を掴まれて片足が浮いて体にブレーキがかかった



「はーーいここに一人挑戦者いまーすっ!」












オレの横を歩く姉木は鼻歌まじりにルンルンと髪をなびかせている


霜山はその髪から放たれる香りにニヤニヤしながら頬を赤らめていて気持ちが悪い


オレもあんな顔になってやしないだろうかとヒヤヒヤしながら歩く


配信台はプロジェクタースクリーンの右手にある


さっきまで姉木と対戦していた一番右端の一番後ろの席から壁と長机の間のスペースに沿って配信台へと向かって歩く


姉木が挑戦者います発言をしてからというもの時が止まって視線は挑戦者へと集まっている


注目されながら歩くのは苦痛だ


通り過ぎた奴らの視線すら感じて背中が痛い


段々ハチマキに両手メガホンのみっともない格好をした担任が近づいてくる


横には同じくハチマキを巻いたメガネの担任も居る


何やっとんだこの人達は。


長机の奥の右横


斜めから配信台見守る担任達


「挑戦者っ! 前へ!」


近くに来るとメガホンを通ったこもった声が余計にうるさい


近いんだからメガホンいらんだろ。


仕方なく一歩前へ出てみると


二つある椅子の右の方の椅子に茶髪が座っている


姉木のようにしっとりとした艶やかな茶色ではなく冷えたパサパサの茶髪だ


「座れよ」


椅子に座りながら偉そうに首だけ振り返りオレを見上げているこいつには見覚えがある


「お前か。」


15連勝していたのは都知事んとこの坊っちゃんだった


少し離してから左の椅子に腰を据える


何だかコイツの隣に座るのは尻がムズムズする


「富原くん勝ってー」


「目つき悪い人なんかに負けないでー」


誰かが声を上げ出すと集団は動き出す


次から次へと富原への応援とオレへの罵倒の声が大きくなっていく


声が交錯する隙間を縫ってヌルッとオレの耳に入ってきた


騒がしいところに居ても自分の名前だけはもれなく耳が拾ってくれる


「原津森がんばっ」


振り向いてみると片手でメガホンを作った姉木がすぐ後ろに居た


バッチリ目が合っている


頑張らなきゃならなくなったのはお前のせいなんだよな。


前を向き直し、


キャラ選択が終わった後の真っ黒なロード画面を見つめている段々と“入っていく”


勝負事が始まるその舞台に立っていることを実感する


富原大応援団様の声も


いつもとは違う少し高目の担任の声も


姉木の声も


自分から遠ざかっていく


相手がどんなやつだろうと舐めたりはしない


相手がどんなやつだろうと気負ったりはしない


ただ勝つためにやるだけだ



「さあ連勝を止めることはできるのかーっ!」


「はたまた連勝を伸ばすのかーっ!」


「富原vs原津森っ!」


「いってみましょーーっ!」













1ライフも落とされるワケがなかった。


多少の心得があるから15連勝出来たわけだが、こいつはオレと“コミュニケーション”をとる気がない


富原は始めから勝っても負けてもどっちでもよかったんだ


騒いでいるのは周りだけで恥もプライドもこいつには無い。


対戦が始まった開幕で少し立ち回っただけでそれは感じた


だから全力を持って最速で終わらせた


こいつには言いたいことがある。



「お前、何でゲームやってんの?」



オレはコントローラーを握ったまま前傾姿勢で首だけ右に回す


富原はもうすでに机にコントローラーを置いてポケットに手を突っ込んで深く椅子に座っている


初心者を抜け出すレベルまではプレーしている


心が熱くないのにそこまで出来る理由を言え



「お前強いんだな」



富原はゆっくりオレの方に顔を向けて押し問答をしてきた


嘘のない目だ。


真っ直ぐ人の目を見る疑いのない目


強くて何の意味があるのか?


そんな意味もはらんだ目だ


オレが、富原の隣に座ることはもうない


「富原、お前がオレと同じ舞台に立つことはもう二度とない」


「ゲームを舐めるな」





原津森とかいうやつの目はおかしな目をしている。


勝手に人の体温を上げてくるような今まで見たことのない気持ちの悪い目だ。


ゲームを舐めた覚えなどない


オレはオレなりにプレーしているだけだ


ゲームをする人間全てがお前と同じ思考だと思うなよ


ただのお前の思い込みだ。


「舐めてない。」


「舐めているのはお前の方だ。人のプレーを舐めてるから人のプレーを否定できるんだ」


「お前が今立っているその舞台は、始めからお前しか立っていないことに気づけ」




富原の言っていることは正しい。


オレは一人だ。


舞台になんかホントは誰も上がって来やしない


こうであってほしいという対戦相手の理想像を勝手に舞台に上げて戦って


やっぱり幻想だったんだなと途中で気づく


しかし


富原はさっき同じ舞台に立っていた


配信台だからとか担任に乗せられてとかではなく自分の意思で上がってきた


「座れよ」と言ってきた時点ではむしろオレがお前の舞台に上がったとも言える


わざわざ舞台に上がったくせに棒立ちだった


オレはそれが許せない


「お前はさっき間違いなくオレと同じ場所に立っていた」


「だから言っている」


「ゲームを舐めるな」


富原は興味が無くなったようにオレから視線を外して立ち上がり


改めてオレを見下ろして視線を合わせる


「もう聞いたよそれは」


その言葉を聞いた瞬間オレは立ち上がっていた


富原と同じ高さに視線合わせて顔を近づけた


オレは


お前の向こう側にいる奴にも言ったんだよ


「伝わってないようだから3回目だ」


富原は視線を外さない


オレも視線を外さない


お前の息をしてないそんな目なんかではオレの温度は下げられない


「お前の親父にも言っとけ」


「ゲームを舐めるな!」











原津森のすぐ後ろで見ててヒヤヒヤした。


ケンカになっちゃうんじゃないかって。


顔も近いしにらみ合ってるし。


その奥で道引先生がもっと怖い顔をしていつでも飛びかかれる準備をしてた


大股を広げて、握り拳を作って、首を沈めて、


さっきまでのハチマキとメガホンはどこに消えたの?


私は祈るように手を合わせることしかできなくて足が震えてた


誰も止めずに最後まで見てたらどうなっちゃうんだろうとか変なこと考えてたし誰か止めるだろうと思ってた


視聴覚室の温度は一気に下がって時間が止まってた


でも途中で気づいた


熱くなってたのは多分、原津森だけ。


富原はずっと原津森のことを観察するように見ていただけだったと思う


原津森は富原を近くに感じてたけど


富原は原津森のことを遠くから眺めてた


だからぶつかることは無いなって途中から思った。


そう思ったら少しずつ鼓動が収まってきて力が抜けた


足はまだ震えてたけど


富原はクールで芯が有って何でも出来る


最初はカッコいいなとか思ってたけど、いくら近づこうとしてもいっつも遠くに居る感じがしてどうでもよくなっちゃった


それを追っかけたいって思う子が多いからモテるのかな。


原津森も富原と似てるけど、この人は多分単純に知らないだけだと思う


人と自分との距離が近くなった時にどうすればいいか。


私が何で強いの?って聞いた時、原津森はこう答えた


「お前が寝てる間にやってるからだ」


半歩後ずさりながら戸惑った顔をして言ってたけど


表情とは裏腹に言葉には切れ味があって


私のプライドは真っ二つにされた


考えの甘さに気づかされた


ゲームを舐めるなって言葉を聞いた瞬間私はトドメを刺された


収まったはずの鼓動がまた早くなる


ずっと探してたけど今日で決めた


私はこの人にします!









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