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第三話 画面端を制する者は安見を制す⑧

公開日時: 2022年1月18日(火) 22:01
文字数:2,789



オレを見るあいつの目は冷めていた。


飴玉みたいに固まっていて


真っ黒で


光が反射しない


あれは人を信じてない目だ


大抵の人間は人の顔色を伺っている


気を遣って愛想で会話する


だけど富原は違う


自分の正義を相手に突き刺すことに迷いがない


おそらくオレも同じタイプではないかという自負もあるが


なぜアイツの周りには人が居て


オレの周りには人が居ないのか


答えは簡単だ


富原は多分、人に興味を持っている


それは誰かと関わりたいとかコミュニケーションを大事にしてるとか


そういう温かいものではなく


科学者のような冷たい生態調査だ


あいつはきっと頭のネジが何本か取れてる


あれが都知事の息子か。


偉い奴の息子ってもっとはしゃいでチャラついてんのかと思ってたが


中々芯のあるやつだ。


格ゲーやったら多分強くなるなありゃ


勝負事に勝つということは相手が嫌がることをぶつけるということだ


性格がより悪い方が勝つ


富原には才能しかない。


アイツから署名を貰うには骨が折れるんだろうな


両手を枕代わりにして机に突っ伏すと悩みが膨らんでいく


重たい思考を吐き出す助走として鼻で息を吸う


口からため息が抜ければ体は少し軽くなり、伸びがてら上半身だけ起こしてみる


富原がどの席に座ってるか教室を見渡してみた


奴はオレとちょうど真逆の位置に居た


廊下側の一番端、後ろから二番目の席。


何となくだが奴は廊下が似合っている


影っぽいひんやりした陽の当たらない場所


数人の男女が富原を囲んでいる


周りははしゃいでいて


富原は自分には関係ないみたいな顔をしている


あいつに人としての魅力があるようには見えないが


担任が言うには一年の時クラスの中心人物だったらしい


見た目にはそれは健在で


このクラスでも中心になるんだろう


ただそれにしては存在感がない


消してると言った方が正しいのかもしれない


集団の中にあんな冷めた奴が一人いれば普通そいつは浮く


しかし富原はそうはならない


騒がしい連中に囲まれたその中心で


奴は何を考えているのだろうか


答えの出ないことに頭を使っていることに気づき視線を廊下側からベランダ側に移す


空は晴れていて気持ちがいい


広い水色と黄色じみた日差しがおやすみなさいと言っているようだ


このまま眠りについて起きたら放課後がベストだな。


富原なんかどうでもいい


どうでもいいで思い出したが


今日は下駄箱に手紙入ってなかったな。


霜山のことで頭がいっぱいだったから気にならなかったが


多分前回も入ってない


何だったんだあいつは。


まあ何でもいいか


教室で起きることに心は踊らない


段々体が重くなってまた机に突っ伏してみる


結局これが一番楽だわ。


突っ伏した両手で鼻から下を隠してソロッと上目遣いで黒板の方を見る


担任は今日も偉そうに足を組んで教壇に居座っている


多分、角度的にオレの方を見ている


その視線はいつもより柔らかい気がするが


担任が柔らかい表情をしてこっちを見ている時は大体オレじゃなくて


安見を見てるんだよな













今日は一段とやる気のない原津森くん


学校とロードプルでは完全に別世界の住人です。


伏せてたのに起き上がって


起き上がったと思ったらまたすぐ伏せて


富原くんを見ていました


偶然ですね


私も富原くんに用があるんです。


原津森くんが一生懸命読んでいた手紙


手紙を机の下に隠しながら読んでいて


おでこが机に着きそうな丸まった背中


あの姿がなぜか私の頭の中に残ってて


私が困っていたところにヒントをくれました


遠くの方にあった理想が徐々に近寄ってきて


捕まえることが出来た。


手の中で暴れて今にも逃げ出してしまいそうだけど


抱きしめて離しません。


一度も画面端に行かずに強くなるヤツなんていない


原津森くんに言われて初めて気づきました


私はずっと画面端でした。


そこが私の定位置で、自分が画面端に居ることになんて気づいてなかった


どうして私は弱いのか


どうすれば画面端を抜け出せるのか


考えました


何も対策を考えてない人間が勝てるはずありません


私は過去の自分が嫌いです


恥ずかしいです


だから


今の自分が過去になった時


そう思わないで済むように


奪われたプライドを取り返したいと思います
















「今日の放課後、ロードプルの1階に来てください」



手紙とかいう古風なやり方は流行らない。


そんなことを思ってるヤツは私はモテませんという張り紙を背中に貼って歩いているようなものだ。


モテるやつの周りには人が居て騒がしい


近寄りたくても近寄れない


だから手紙を使って直接的ではないやり方で近づこうとしてくるやつは意外に多い


とにかく書いて渡せば思いは伝わると思っているのだろう


どんな人間がどんなことを書いているのか興味深くて読むのは読むがどれも大した内容ではない


手紙を封に戻して、下駄箱に置いてあった時と同じ状態にしてゴミ箱に捨てる


一方的に投げかけてきただけの気持ちなんか受け止める必要はない


ただ流せばいい


今日も下駄箱を開けた瞬間「あーまたか」と思ったが手紙の最後に安見と書いてあった


幼なじみと言えるほど馴染みはない。


そう思っているのは向こうも同じだろう


だからあえて来てみた。


なぜ呼び出したのか


呼び出した場所がなぜロードプルなのかオレは気になった


しかし


店の前まで来て自動ドアが開くと少しためらいがある


この先に行けば何か今のオレの日常にヒビが入りそうな予感がしたからだ


こっち側と向こう側では世界が違う気がする


オレが今一人だからそう思うのか?


そんなことはない


こんなゲーセンに思い入れなんかない


暇つぶしルーティンのただの一部だ


何回も出入りはしている


一歩踏み出せば何の事もなくニ歩目は軽かった


1階の、ある場所にオレの足は迷わずオレの体を運ぶ


最初にためらった気持ちとは矛盾しているように感じてまだ少し引っかかる


そのせいか


他にも数人居るはずの客が目に入ってこない


立ち止まってからハッとする


オレの視界にはそこに立っている安見しか映っていなかった



「こ、こんばんわ」



自信の無い声だが


下を向いていない安見を見るのは初めてかもしれない



「ごめんね、呼び出して」


「別にいいけど」


「なに?」



一人で来たんだ、富原くん。


夜のゲームセンターは朝に来た時と違って明るいです


見慣れたキラキラしてるゲームセンターの風景。


この場所で富原くんと顔を合わせると店内の電気がバチンと消えて


暗闇の中で思い出してしまう


私はここでキャラメルを取っていました


美味しいご飯を食べた後で楽しくなっていました


富原くんに声をかけられた瞬間から生きる世界が変わってしまいました


もし


あそこで断っていたら私の生きる世界はどうなっていたんだろう


何回も考えました


後悔しました。


富原くんに誘われてまだ途中だったゲームを諦めた


私はこの場所で100円を捨てたんです


その100円は私の命だった


私の生きる意味を取り返すためには


同じだけの命をかけるしかありません



「何だそれは?」


安見は人差し指と親指でつまんだ100円玉を顔の位置まで持ち上げてこっちを見ている


「私と勝負してください」










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