◯
UFOキャッチャーでもビーメニでも
上手くできないとどうしても納得がいかなかった
なんで上手くできないのか分からなくてモヤモヤして
怒りとか悔しさとかに似てるけど
言葉にできないムラムラが心の中にずっと漂ってる感じ
それを解消したくてひたすらボタンを押してみる
キャラクターが叫ぶから必殺技がいっぱい出てるのは分かる
それをスイスイかわされて
反撃を入れられて
相手の方が圧倒的に手数は少ないのに体力が減っているのはこっちです。
ボタンを押す度に
キャラクターはちゃんと言うことを聞いてくれています
私が無茶苦茶やってるからキャラクターも無茶苦茶な動きなわけで
色んな必殺技を出しながらあっちへ行きこっちへ行きしています
私がさせてるこのヘンテコなダンスは私が踊ってるのと変わりません
でも止まらないんです
止めたらなおさら勝ち目がないから。
ビーメニの時はそうだった
どれだけBADを稼ごうとボタンを押すことでしか上手くならないから
だから止めたくない
でも止めなかったらずっとダンス踊ってる
ボタンを叩く度になんかすごい興奮してくるし
全然上手くできない...
やだ
何これ
すっごいムカつくんですけどぉー!!!
◯
負けて席を立ち、こっちに帰ってくる安見はいつもより姿勢が良い。
胸を張って腹の上に両手を添えてゆっくり帰ってくる様はご主人様に呼び出されたメイドのよう。
上品なたたずまいとは裏腹に死線を超えてきた何かを感じる
ゲーム画面が反射して白く光るメガネは
仕事を終えて現場を立ち去る暗殺者みたいな光り方をしている
実際はただボコボコに負けて引き返して来ただけだ。
「どうだった?」
「疲れました。」
メイドのたたずまいを崩さずに言っているあたり
相当“キテる”な。
安見はゲームの難しさを良く知っている
それと同じくらい
上達の仕方もよく知っているはずだ。
「相手がどんなやつか見てくればいい」
言われてハッとなった。
何とも言えないこんな気持ちになっているのは相手が居たからだ。
一人でするゲームとは違って
ちゃんと“コミュニケーション”があった
格ゲーは自分一人の世界に入り込むだけじゃ成立しない世界
何だか自分の生き方を否定された気分です...。
でも
ゲームが自分を飲み込んでゲームの世界で生きてる感覚は似てて
そこに自分以外の誰かが居る
それがどんな人なのか
すごく気になります。
◯
さっきまで座ってた場所とは反対側に来て分かったことがあります
こちら側には誰も並んでいません
座ってゲームをしてる人が一人居るだけです。
その背中は静かに燃えていて
透明でもレインボーでもなく
何色でもない普通の背中なのにこの人がちゃんとここに居ることが誰が見ても分かります
他の人からすれば普通のことです
でもいつも透明な私からしたら神技です
透明だったのにちゃんと自分の色も出せるなんて。
怒ってる人の背中とか、落ち込んでる人の背中って何となく分かるけど
この人の背中からは“戦ってる”ことが伝わってきます
先生
私の相手、原津森くんだったんですね?
知ってたんですね?
心の乱れを見られちゃったじゃないですかぁ...!
先生を恨みます
でもありがとうございます。
これで原津森くんのレインボーの謎が解けました
この人はゲームに生きる人だったんだ。
尾行して正解です!
原津森くんの背中の奥でニューチャレンジャーの文字がゲーム画面いっぱいに赤く貼られました
向こう側の人が100円を入れて対戦が成立した証拠です
間近で原津森くんのプレーが見られると思って期待が胃の奥からせり上がって来た瞬間
ゴゴッと椅子の足が床に擦れる音がして原津森くんが上半身をひねりながらシュルっと立ち上がりました
相手の人はきっと原津森くんを倒すために並んでたのに、放置しちゃって大丈夫なのでしょうか
「お前、さっきの」
キョトンと丸くさせた目で私を見ています
人の心配をしてる場合じゃありませんでした...
「あどうも...」
「くしゃみ女じゃん」
「あぐ...」
恥ずかしい。
恥ずかしいけどリアクションしたら恥ずかしがってるのがバレる
とりあえず何か喋らなきゃ...
「お、同じクラスなんです実は...」
「へー」
すれ違いざまにその言葉を聞いた時
もうすでに興味は違うことに移っていて私なんか見えてないんだと確信しました
原津森くんが横を通り過ぎていく空気感は冷たくて
ちょっとショックだけど
目の前の出来事よりも優先して考える事がなんなのか何となく想像がついて
少し原津森くんのことを知れたような気がしました
隠れるようにソロッと振り返ってみると原津森くんは自販機の前に立っていて
その人差し指は迷いなくレッズブルの下にあるボタンに向かいました
しかしボタンの手前でピタッと止まったまま中々押そうとしません。
頭の中に浮かんだクエスチョンマークの重みで首がションと横に落ちた瞬間
原津森くんはシュッと旋回して
忘れ物を取りに来たかのように私に近づいてきました
「署名してくんない?」
◯
霜山くんに頼んでたやつ
だよねこれ。
...。
ダメです。
こんなことあっちゃ絶対ダメ。
ゲーム依存症対策条例。
こんな事されたら
私、ホントに居場所が無くなっちゃう...
「署名してもいいが交換条件がある」
は?
なんだ急に現れて
なんで担任がここに居る?
「だよな安見?」
「えっと...」
私でよければ別に今すぐにでも署名しますけど...
「交換条件ってなんすか?」
不満そうな原津森くんの問いかけに
道引先生は確かめるように私の方を見ながら言います
「安見に格ゲーを教えろ」
先生それはちょっと...
興味あるかもです。
「教えたら署名すんのかよ」
原津森くんは口と眉をすぼめて難しい顔で私を疑ってます
ホントに署名するのか?
よりもきっと
ホントに格ゲーやるのか?
の方を疑ってるんだと思います
当然です。
人の弱みにつけ込んで人が努力で得た技術を分け与えろと脅しているのだから。
脅したのは道引先生ですが...。
でも私もそれに乗っかろうとしてる。
人の土俵に上がっておいて中途半端をするのはゲーマーの恥です
「変なダンス卒業できますか!」
◯
担任が言うには今日が初めてということらしいが
さっき対戦に入ってきた初心者はコイツか。
「お前、ボタンとレバーガチャガチャやってただけだろ」
「あ、うん...」
やっぱり分かっちゃうもんなんですね
つい、興奮しちゃって...
「それじゃあ絶対に勝てない」
「ボクシングの試合で、両腕を子供みたいにブンブン振り回して突進するやつ見たことあるか?」
「さっきのお前がそれだ」
「的確な間合いと、的確なタイミングで出さないとパンチは当たらない」
「格ゲーも同じ」
「相手との距離を測って、ちゃんとタイミングよくボタンを押さないと相手にダメージを与えることはできない」
さっき私の方が手数多かったのに華麗に処理されたのはそれだ...!
「今日は中足だけ覚えて帰ればいい」
ちゅうあし?
「筐体には左にレバー、右に6つのボタンがあっただろ」
「6つある内の上3つがパンチボタンで下3つがキックボタンだ」
「使うのはキックボタンの真ん中」
「弱、中、強の、“中”のキックボタンだ」
「レバーを下に入れながら中キックボタン、これが中足」
「お前がさっき使ったリュウってキャラの中で“中足”が一番相手との距離を測れる技だ」
「無茶苦茶にボタンを押すんじゃなくて距離とタイミングを考えて中足を出すだけで戦い方が劇的に変わる」
私はずっと一人でゲームをしてきました。
だからこうやって人に教えてもらいながらゲームをするのは初めてです。
次にどうすれば自分が上手くなるかを探す作業は雲をつかむようなものです。
探し物がそこに有るのか無いのかも分からないのに先の見えない暗い洞窟に向かわなければなりません。
こうやってクエストを与えられたら
すごくクリアしたくなります。
中足、了解です!
◯
安見とかいう女は中足を意識し過ぎてさっきから負けまくっている。
普通はこれだけ負ければつい勝ちたくてガチャプレーに走り、勝ちもせず上手くもならずに辞める
これが大体の初心者の末路だが中々
我慢強いな。
コイツがしつこいおかげで担任と2人の空間が生まれてしまった
なんだその両手に持ってる大量のぬいぐるみは。
「しかし格ゲーのことになるとよく喋るねぇ」
「初心者歓迎派なんでねオレは」
最近、古参組のオッサンらが新規参入してきた初心者を狩りまくってるらしいがそんな事には何の意味もない。
ただでさえ格ゲーはマイナーなんだよ
自分達の領域を汚される気になるのも分からんでもないが
この店に金を落とす客は多い方がいいだろ
自分達のやってることこそ自分達の領域を汚す行為
いい加減気づけ。
てか
何でこの人ここに居んの!
「署名はどうなった」
「いや...まだっすけど」
「どうする気だ?」
ホントにどうすりゃいいか分からんのだが...
「もし助けてもらいたいのなら、お前から先に助けろ」
「何か助けてほしいことがあるんすか?」
「私じゃない、霜山のことだ」
見てたのかよ!
「先に助けろって、何を助けて欲しいのかも分からないし署名が欲しいだけで霜山を助ける理由なんかないけど」
「霜山もお前を助ける理由なんかないんだよ」
ぐ...
「一つお前に良いことを教えといてやる」
「署名はな、人の心なんだよ」
「この人に協力しようと思った人の心だ」
「助けてほしいならまずこっちから助けに行け」
「そんなことも出来ないで人の心が手に入ると思うなよ?」
人の心とかよく分からん。
よく分からんが
今のやり方では上手くいってない。
ちゃんと頼んだのに断られた
何かを攻略するためには一度失敗を通らなきゃならないのが鉄則だ。
お前はチャレンジして見事に失敗した
そこは評価してやる
「大サービスだ原津森。もう一つだけヒントをやる」
担任は悪い顔をしている時も真面目な顔をしてる時もろくなことを言わないが
今回はそのどちらでもない
「“格ゲーの知識は格ゲーのみにあらず”だ」
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