◯
下校時間で人が多いし
同じクラスの人には会いたくない
人目を気にしながら原津森くんにバレずについて行くのは至難の技です
さっきまで人の間を水が流れるようにすいすい歩いて最短距離でどこかに向かっていたのに
急に曲がったりします。
ポケットに手を入れてキュキュッと直角に曲がっていく様は、尾行に気づいてるけど気づいてないフリをして上手いこと逃げる探偵みたい
ちょっと待って!と思わず言いたくなるくらい小走りしても追いつけません
このままだと見失います
やばいと思って原津森くんが消えた曲がり角を小走りの勢いのまま曲がると
一人と一匹が見つめ合っていました。
少しアゴを引いて斜め下の地面をグッと見つめている原津森くん
視線の先には振り返った体勢で原津森くんを見つめている真っ黒な猫
状況を察するに
触ろうとして後ろからにじり寄った原津森くんに猫が気づいてこう着状態が生まれた
と言ったところでしょうか。
絶対領域ギリギリの所で2人ともビタっと止まっています。
猫は原津森くんの方を振り返りつつも、いつでも逃げ出せるように右手だけ前に出していちお警戒してるみたい。
視線の先に居る原津森くんに興味が有るような無いようなとぼけた顔をしています
私は角を曲がって見つめ合っている二人を目撃した瞬間固まってしまいました
曲がってすぐのとこに居たので思わず、ピタっと。
まだ出番じゃないのに誰かに押されて舞台に出ちゃった人みたいに情けなく手と足を広げています
ここに来るまでの小走りで呼吸は乱れています
その呼吸が徐々に整ってくに連れて場の静寂さが増していくように感じます
少しずつ呼吸の回数が減っていって
自分の息づかいしか耳に入ってこないような
そんな静けさ
そういう時に限って
くしゃみって出るんですよね。
寸前まで全力で口を閉じて我慢してみたけどダメでした
静寂を切り裂いた小さな爆発音に真っ黒な猫は「ハッ!」っとなって
一目散に側溝の中に液体みたいに流れ込んでどこかへ行ってしまいました
あっ...
と思った瞬間私は原津森くんを見ていました
そしたら原津森くんも私のことを見ていて
その表情は猫を見ていた時のものとは明らかに違いました
「お前のせいだからな?」
歪んだ眉毛がそう言っています
「ごめんなさい...」
私も目で謝罪しました
5秒ほどでしょうか
空気が変わるまでの時間は永遠にも思えます
「まあいいわ」みたいな顔を一瞬して原津森くんはプイっと私に背を向けて本来目指していたであろう方向に歩いて行きました
原津森くんに真正面から私の姿を見られたのは初めてです
目が合ったのも初めて。
もしかしたら本当の意味で原津森くんに出会ったのは今日が初めてかもしれません
原津森くん
猫好きなんだ。
◯
もう少しでアイツはオレに撫でられていた。
それを女が邪魔をした
なんだアイツは?
誰だ?
この道を通っても毎回会えるワケじゃないのに。
猫との出会いは一期一会だ
もう一度アイツに出会うためには通い続けるしかない
通い続けるためには都知事を黙らせる必要がある。
富原 政治
知りもしないくせにゲームを悪だと決めつけて
依存症とかなんとか言ってゲーマーを病人扱いしやがる
お前の打ち出した条例のせいでロードプルが潰れる
もし潰れたらこの道も通ることはなくなる
そんなこと、死んでもさせない。
署名を束にしてぶん投げてやる
まだ一枚も集まってないけどな!
霜山のヤツは結局署名してくれなかった
太ってるクセにケチだった。
太っ腹とはどっから来た言葉なんだか。
ちゃんと頼んだだろ。
はぁ。
どうすりゃいいの?
◯
この道は何というか、好きです。
原津森くんが好んで通るのも分かる気がする。
車も通れないし人もほとんど見かけなくて狭くて潜んでる感じが。
映画に出てくる中華街の路地裏みたい。
色んな飲食店が並んでるけど全てのお店がお尻を向けてこの一本道を作っています
入り口は一切ありません。
壁についてる四角いダクトからは生ぬるい何かの料理のニオイがしてきます
原津森くんが向かった方向に近づいて行くとこの路地の終わりが見えてきて見覚えのある建物が目に入ってきました
今まで細長い雑居ビルとか看板に隠れて見えなかったけど
ここは...
「ロードプルだ」
こんな道から行けるなんて始めて知りました
原津森くんは間違いなくここで消えたので
神隠しに合ってない限りロードプルに入ったと思われます
すごく久々でドキドキする
ロードプルには良い思い出と、悪い思い出があって、
悪い思い出が完全に勝っちゃってます。
あれから時間が経った今でもその思い出に負けてしまって中々入る気になれない
店の前でポツンと立ち止まってるとロードプルの自動ドアが開いて中から人が出てきました
同い年くらいの男の子
違う制服でよかった。
店の中からは男の子以外にもキラキラとガヤガヤが一緒に漏れ出てきて私はつい誘われてしまいました
片足だけ背伸びして上半身を少し横に反ってコソっとのぞいてみる
そしたらどうでしょう
一瞬で心を鷲掴みにされました。
私の足はいつの間にかロードプルの敷居をダダダっとまたいで思わず挨拶をしていました
お久しぶりです。
やっと会えた
ここに居ましたか!
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