◯
『私はお前の正体を知っている。放課後、ロードプルの4階に来い。昨日来なかったな!』
あ、ごめん。
昨日は色々あって寝込んでたわ。
すげー怒ってんじゃん
今日はしっかりと一番デカい「生物」の教科書で隠しながら読んでいる。
ホームルームが始まるまでにはまだ時間があるが、なぜか朝っぱらから教壇には担任が居座っている
足を組みながら、何かに目を通しては確認するようにたまに教室を見回す
朝の自由時間でこっちに正義があるとはいえ相手は鬼。
警戒するに越したことはない
警戒しつつ、鬼に見つかるリスクがあったとしても開けて見たくなるのが人情ってもんでしょ
まあ、案の定しょうもない果たし状だったよ。
こんな紙キレなんざどうでもいいだよ
本当に大事なのはこっちの紙だ。
たかだか名前と住所を書くだけ
いちいちクラスのやつら片っ端から声をかけなくても
1枚くらいなら隣の奴にでも頼めばいける。
目で助けを求めるようにそっと首を右の方に傾けてみる
....
まあ、新しいクラスになって前か下しか見てなかったからなぁ
気づかなかったわ
へー
すげー太ってんじゃん。
◯
コソコソと教科書を広げた後
隣の人を物珍しそうに見ています。
ジトっと。
私が知るかぎり原津森くんがクラスの人に興味を示すのは初てです。
「あんさ」
「え?...何?」
「これに署名してくんない?」
すごくいきなりです。
「は?」
「署名っ」
んってな感じで後ろの席の人にプリントを渡すみたいに隣の人に見せています
何の署名だろ。
「えっ、嫌だけど」
断られてる。
「君が誰かも知らないし、何のためのものかも分からないんだけど」
ごもっともです。
「じゃあとりあえずお前、名前は?」
「いやお前がまず名乗れよ!」
「原津森だ」
「...霜山...だけど」
意外に素直で霜山くんは戸惑っています
「とにかく困ってる。だから署名してくれ霜山」
なんか原津森くんって、
こんな人なんだ
「安見ぃー」
...え
「おい安見ぃー!」
「あ、はい!」
「ちょっと来ーい」
◯
学校内で自分の名前を呼ばれると凍りついてしまう
道引先生が呼んでる
何だろ...
名前を呼ばれた瞬間からクラスのみんなが私のことを見ているような気がして歩き方が変になる
通り過ぎた席から笑い声が聞こえると自分が笑われてるみたい
黒板の前に行くのは苦手です
うーん。
何とも弱々しい早歩きだな
誰にも迷惑なんてかけてないのに申し訳なさそうにする必要はないよ安見
人と向き合う時はもっと胸を張りたまえ
「おはよう。」
「おはようございます」
「悪いな急に呼び出して」
「いえ」
「お前、一年の時も原津森と同じクラスだったな?」
「はい」
「原津森はいつもあんなか?」
原津森くんの話...?
昨日呼び出されてたけど、なんかあったのかなぁ
「いつもはもっと...一人です」
「ふっ、なるほどぉ」
確かに今日はギリギリ一人じゃないな。
面白いことを言うねこの子は。
右手で左手の甲を包むようにギュッと握ったままうつむいている
うつむいた時にちゃんと前髪で顔が隠れるように。
お前がしっかり前を向くのは原津森を見ている時だけかね?
「安見、お前は何か好きな事とかあるか?」
「......ありません」
「...」
「そうか。わかった」
「もう席戻っていいぞ」
「はい」
とぼとぼと力なく自分の席に帰っていく。
縮こまった肩からは自信の無さが溢れ出ている
その細い撫で肩に少しかかるふわふわのようなボサボサの髪は
周りから表情を見られないためにはちょうどいい長さだ
前髪とメガネの隙間からたまに覗かせるその目はウサギのようにウルウルしている
安見 多栄子
お前は大人しいフリをして
とんでもない大嘘つきだな。
◯
今日は一日が長く感じました
もうすぐ開放される。
放課後のチャイムが鳴る5分くらい前になると救われるような気持ちになります
そして、原津森くんの背中が色づき始めます。
ずっと不思議に思ってた
朝から今の今まで半透明だったのに急に見えるようになって段々カラフルになっていく
教室を出て
階段降りて
こうして下駄箱で靴を履き替える頃にはもう体中にレインボーが渦巻いてピカピカ光ってる
まるでスター状態。
それでも駆け足になることもなく
静かに学校を去って行きます
一体学校の後に何が待ってるんだろう
すごく不思議です。
だから
後をつけてみることにしました。
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