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第二話 中足を制する者は霜山を制す⑦

公開日時: 2022年1月2日(日) 21:21
更新日時: 2022年1月8日(土) 06:56
文字数:3,280



「もし原津森が来たら進路指導室で待っとけって伝えといてください」


もしって言ってるけど、もう来ることが分かってるみたいな言い方で僕に留守番を命じる道引先生


今から不藤さんの親御さんに電話をかけるというのに不藤さんのことなんか頭に無いんじゃないか


一瞬そんなふうに考えたけど


原津森くんを頭から消す為に


原津森くんを僕に手渡したんじゃないかと思う


僕はまだ教師としても道引先生の知り合いとしても日が浅いけど


無責任な行動は取らない人だと勝手に信頼しています


クラスのことを道引先生におんぶにだっこで任せてしまいそうになる


僕は教師のフリをした生徒なのかもしれない


「担任探してるんすけど」


職員室のドアはもっとナイーブに開けられるべきだと僕は思う


開けたのが生徒なら尚更。


何の遠慮もなく人が落ち込んでるところにガサッと

入ってきたのは紛れもなく原津森くんだ


ホントに来た。


「原津森くんだよね?」


「...何で知ってるんすか?」


パパッと素早くまばたきをした目は丸くなっている


いちお君の担任だよ?


「芥川っていいます。僕も原津森くんのクラスの担任なんだけど道引先生を探してるなら進路指導室で待っておくといいよ」


3秒ほどの沈黙の間に


「誰だこいつ」から「面倒くさっ」に顔を変化させて諦めたように進路指導室に向かう原津森くん


僕のことなんかには目もくれず道引先生に会いに来たんだ


きっと何か話しがあって。


僕と道引先生は教師歴こそ差があれど、クラス担当という点ではよーいドンだったはず


どこで差が開いてしまったのか


それは身に染みて分かってる


積極性だ。


これは今に始まったことじゃない


僕の心と行動の間には大きな溝がある


心の熱さに水をかけるのは決まって僕の行動力の無さだ


こうやって自問自答してる間にどんどん心が冷えていく


冷えた心の中で湧く言葉は自分を傷つかる物ばかりだ


自虐を言っている場合じゃない


僕はもう教師なんだ


本音でコミュニケーションをとれなければ今までと同じじゃないか


変わらなきゃいけない


「原津森くん!」


まだ見える所には居た


この距離で、このボリュームで、自分の名前を呼ばれたなら僕だったらつい振り向いてしまうだろう


精一杯の僕の決意は原津森の耳に入ったあとすぐに出て行ってしまったようだ


僕の声は彼には届かなかった。


「あの、道引先生居ますか?」


か弱く迷いのあるその声は安見さんのものだった


人が訪ねて近づいて来てることにすら気づいてなかったのか僕は


さっきまでの心の葛藤が一人芝居みたいになって声に出てたら恥ずかしい


「あ、今はちょっと取り込み中で」


「...僕でよかったら話し聞くけど?」


3秒ほどの沈黙の間ずっと「どうしよう」みたいな顔をした後


何も言わず会釈だけして小走りで去っていく安見さんの背中はまだ「どうしよう」と言っている


そんなにどうすればいいか分からない存在なのだろうか僕は。


あんなに距離が近かかったのに


僕の声は彼女には届かなかった。


僕から離れて行く安見さんは見た目以上に遠いところに居るようだ


お母さん


僕はもうダメかもしれません。



「原津森来ましたか?」


道引先生が電話を終えて帰ってきた


心なしかホッとしたような顔をしている


「道引先生」


「はい」


「僕はこれからどうすればよいのでしょうか?」


「は?」













担任はオレの渡した署名を眺めながら点数の低いテストを見せられた母親みたいに煙たい顔をしている


横に居る小っこい方の担任の手引きで待っては居たが


何でまたここ?


署名渡すくらい職員室でいいだろ


「これで協力してくれるんですよね?」


「いや、しない。」


「は?」


「しない。」


「あんた一枚持ってきたら協力するって言っ」


たッ!


「お前、誰に口を聞いている」


「記入欄をよく見ろ」


記入欄をよく見るためにはまず顔に張り付いた署名と顔面に押し付けられた岩のような手のひらをどける必要がある


痛い!


署名が口に張り付いて息ができません!


長いです!


前回より押し付けが長い!


窒息寸前でようやく手のひらから解放されたオレはぜーぜー言いながらオレの顔の形になった署名を伸ばして確認した


記入欄にはちゃんと霜山の住所と名前が書かれてある。


何もおかしいとこなどない!



「ちゃんと書いてますけど...?」


「一人じゃ足りない」


「私は“一枚”と言ったんだ」


「霜山の下にも記入欄がまだ空いてるだろ」


「全部埋めてこい」


「たわけが」



ヤクザや。


この人校内ヤクザや。




教室ではいつも優しい顔で原津森くんのことを見ているのに対峙したら別人のようだ


僕では無視されるだけだったけど原津森くんも道引先生の言うことにちゃんと耳を傾けている



「分かったらとっとと次の策を考えてこい」


脚を肩幅まで広げゆらりと腕を組む道引先生は目を細めている


道引先生の掌底と正論が与えたダメージが効いたのか、原津森くんはダランとさせた両手で署名を持ったまま固まっている


これは一体何の署名なのだろうか


目だけ忍び足で動かして原津森くんの手元をのぞき見てみると後5人ほどの空欄がある


原津森くんなら問題なく集まりそうだけど


そんなに難しいことなのかな?


ゲーム依存性対策条例に反対...?


「お前なんで霜山に頼んだ?」


「別に、席近かったんで」


「へー。近かったら誰でもよかったのか」


「まあ」


「じゃあ次は」


「後ろのやつにでも声かけてみろ」


「全部埋めたらっての、約束ですからね」


「ああ」


原津森くんはやる気だ。


自分の心を整えるようにクシャッとなってしまった署名を綺麗に4つに折ってゆっくりポケットにしまう


そのままポケットに手を突っ込んで部屋を出て行くその足取りはまだ少し不貞腐れている


静かにドアが開き、静かにドアが閉まる


原津森くんが居なくなった生徒指導室の空気が少し軽くなる


何となく息苦しさを感じていたのか自然と一呼吸してみたくなった


それは道引先生も同じだったのかもしれない


「タバコ、行って来ていいですかね?」


「え、あ、はい」


「道引先生タバコ吸うんですか?」


「口にするものの中で世界一好きなものです」


「似合いますね。」


「それはどういう意味ですか芥川先生?」


イタズラに片方の眉毛を吊り上げて恐い顔をしてみせる道引先生


他意はありませんごめんなさいっ


実直で濁りのない道引先生のコミュニケーションの取り方が僕はすごく好きです


こちらも素直に心を開きたくなる


「あの、喫煙所に行く前に一つ聞いていいですか?」


「なんでしょう?」


「本当に原津森くんって問題児なんですか?僕にはそうは見えません」


「うーん」


「あいつは問題なんか起こしたことはありませんし、これからも多分起こしません」


「じゃあ何で」


「それが“問題”なんです」


「問題は人と関わるからこそ起きるんです」


「集団の中で過ごす学校生活において“人関わらない”は問題なんですよ」


「あいつは一人です」


「僕には、一人にはやっぱり見えないんですよね...」


「一年の時のあいつは誰とも喋ってません」


署名は霜山くんに頼んだみたいだけどそれがなきゃ誰とも喋ってない...のか?


「アイツは人が怖いとか、嫌いとか、そういうタイプじゃなくて」


「人に興味がない」


「あいつの興味事はゲームにしかないんです」


ゲーム依存性対策条例、反対の署名はその為だ。


人間関係をそっちのけにできるほどの好きなことが原津森くんにはあるんだ


「何か一つのことに打ち込めることは素晴らしいことだと思います」


「確かに。あれはアイツの個性です。誰にも潰させやしません」


「ただ」


「それだけだと後が辛くなる」


「個性と同じくらい大事にしなきゃならない事も有るってことを今のうちに知っておいた方がいい」


「それはきっと、人と人との間にしかないものですから」



四月とはいえ放課後過ぎの校内は緩やかに肌寒さが増していく


進路指導室の温度はここ数分で上がったり下がったりしている


道引先生の暗い顔は初めて見た


一瞬だったけど。


個性の強い人間は集団の中では浮いてしまう


原津森くんを他の人と関わらせて本当にいいのだろうか


本人はきっと望んでないだろうから。


僕の中にすら生まれた迷いを道引先生が抱えてないわけがない


道引先生が迷って立ち止まった時


僕に何ができるのか


ちゃんと考えておかないといけない










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