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第四話 10先を制する者は姉木を制す①

公開日時: 2022年1月22日(土) 21:34
文字数:3,867



担任は朝から張り切っていた。



「結局、肝心なのは知ることだ」



うちの学校では新入生だけではなく


新学年が始まる4月には毎年決まってオリエンテーションが開かれる


充実した高校生活の基礎を作るとか何とか言って強制的にグループを組まされる


良くない風潮だ。


グループを組めばあぶれるヤツは必ず出てくる


グループに属せなかった人間の気持ちを考えたことはあるのだろうか


教師の中でも生徒時代に苦い思いをしたことがある人間もいるだろうに


なぜそれを生かさない


グループに属せないヤツらが集まって新しいグループが形成されると言えなくはないが


それはただ集団で社会からはみ出しに過ぎない


みんな一緒にはみ出し者の烙印を押されただけだ


オレは構わない。


オレがあぶれることは決定しているしそもそもオリエンテーションに参加する気などない


オレはロードプルに行く。



「校外学習だの何だのやったって」


「結局仲の良いもの同士くっつくだけだ」


「そんなことに意味などない」


「だからグループは組まない」



理路整然と今ある形を切って捨てるその物言いにオレは少し食いついた


頬についていた杖を外して顔ごと真っ直ぐにして聞く耳を立てた


ほう。


ならどうする気だ?



「今日はみんなにちょっとゲームをしてもらう」



今からちょっと殺し合いをしてもらいますみたいな言い方だ。


右手は腰に添えられて左手は教壇の上


子供の頃に見た古い映画でそんな名シーンがあったのを覚えている


世代なんだろうな。


....。


今からやるの?


ゲームを?



「シュマブラだ」



担任は誇らしげにポケットから出したコントローラーを掲げて人差し指でカチカチボタンを押している


ジョークのセンスは皆無だが


ゲームを見る目はある


シュマブラは家庭用ゲーム機のソフトとしては色んな世代から愛されている


古くからシリーズ化されていて誰もが一度は触ったことのあるタイトルだ


キャラやステージの雰囲気も手伝って真剣勝負というよりかはポップにやったやられたを連続で繰り返して遊ぶものだ


格ゲーにしては珍しく誰もが手軽に楽しめるものになっている


ただ


人間の探究力とは凄まじいもので


人間が本気を出せばどんなゲームもゲームでは無くなる


オレはそれを垣間見たことがある




「シュマブラを1対1で対戦してもらう。3回やって先に2勝した方が勝ちだ」


「一度対戦した者とは戦えない」


「これなら短時間で全員が全員とコミュニケーションが取れる」


「もちろん全ての人間と仲良くしろなんてことは言わん」


「知ることが大事だ」


「自分はどんな人間と反りが合って」


「どんな人間とは合わないのか」


「今のうちに把握しておけ」


「では視聴覚室に準備してあるから移動する」




人間関係は口をきくところから始まる


それをすっ飛ばしてコミュニケーションが取れてしまうゲームは異常だ


相手がどんな人間かも知らなければ


どの場面でどの技を出してくるのかも分からない


でももしそんな相手に勝つことができれば見えてくるものがある


ゲームで勝つということは相手を知るということだ


次の対戦では負けた側がより知ろうとする


勝ちたいから。


これをコミュニケーションと言わず何と言う


視聴覚室に社交の場を作り上げた担任にほんの少しオレは感動した


移動し始める生徒達も意外に納得した顔をしている


今日が正規のオリエンテーションの日ではないにもかかわらずだ


社交の場を作るために


うちのクラスの担任は完全に“やった”


これでオレの平日の朝からロードプルに行くという夢がついえた...


現実を受け入れた体は急に重くなる


グループを作らず全員で対戦を回すという担任の意図には同意するが


オレはあまり気乗りしていない


それはロードプルに行けなくなったからだけではない


この中でオレとまともに“コミュニケーション”をとれるやつなんか居ないからだ
















一限目は道引先生の授業で二限目は僕の授業だ。


この2つの時間を使って今日のオリエンテーションは行われる


生徒には一切告知せずに抜き打ち的に決行した


不可能じゃないけどかなり無茶をしなきゃオリエンテーションの当日決行は叶わない


各クラス、オリエンテーションの日取りは正式に決定している


それは生徒達にも知らされているため、正式日以外のところにねじ込むしかなかった


こうでもしないと意図的に欠席をする生徒が出てくるからという道引先生らしい発想だ。


何となくだけど


欠席と聞いてある一人の生徒が思い浮かんでしまっているのはよくないことだと思う


無事その生徒も参加していて安心した


他の先生方にも頭を下げてやっと実現したんだ


朝からゲームを並べるのは大変だったけどその甲斐があった


作業を思い出すと思わず両手が腰にいき


連動するスイッチが押されたかのようにため息がもれた


視聴覚室でやるというのは何か特別感があっていい。


教室よりもやや狭い部屋に2人横に座れる小さい長机が綺麗に整列している


黒板の代わりに大きなプロジェクタースクリーンが張られていて


そこの横に設置されたゲーム機の試合だけスクリーンに映し出されるという粋な演出が施されている


道引先生は配信台と呼んでいた


配信台に座るかどうかは生徒の自由だ


各机の上にはゲーム機が置かれていて2人の生徒が一つのゲーム画面を見ている


ゲーム機とゲームモニターが十数台


どこからか回って借りてきた物もあるかもしれないけど相当お金がかかっている


それでもやる価値があると信じて道引先生は用意した


生徒達はゲームには馴染みがあるみたいで反対の声は聞こえてこない


早いもので4月ももう終盤。


ここでもう一度全員が全員とコミュニケーションをとれる場があれば孤独を感じている生徒が救われるかしれない


当日決行の事といい、ゲームの事といい、道引先生は非常識だ


僕にはない発想だし、たとえ思いついても実行する勇気も行動力もない


生徒達がはみ出した道に行かないように自分が代わりにはみ出しているようにすら見えてくる 


僕が生徒の時にこんな先生が居てくれたらボッチ回避ができたかもしれない


ふと学生時代の自分と照らし合わせながら視聴覚室をぐるっと見渡してみる


どうやらゲームに参加できていない生徒は居ないみたいだ


学校の中にゲームが置いてある違和感は何か心地いい


普段はいけないことなのに今日だけは許されている


室内なのに妙な開放感があって学校に居るのに縛られてない


ルールなんてない生徒達だけの世界だ


普段は授業中でピリピリしている時間だということも手伝って余計に穏やかな気分になる


そんな呑気なムードを切り裂くように光がチカッと僕の目に入った


ルールのない自由で柔らかい世界に一人


獣のように目を光らせてゲーム画面を睨んでいる生徒がいる


机と机の間をゆっくり歩いて通りかかるモニターをくまなくチェックしている


テスト中にカンニングをしないか見回りをしている試験官みたいだ


やがてその生徒はターゲットを定めたのか


原津森くんの少し後ろでピタッと足を止めた














「原津森やろうぜ!」


「オレ結構強いから!」



霜山ははしゃいでいる


空いている横の席に早く座れと促してくる


花見で良い席がとれた会社の部下みたいだ


もしオレがこいつの上司なら聞こえないフリをして自宅で一杯ひっかけるところだが


残念ながらオレは上司ではなくこいつの同級生だ


仕方あるまい



「お前強いの?」


「仲間内では結構やるぞっ」


「へー」



一気に興味が無くなった。


まあ元々無かったが更にだ。


霜山からは熱を感じない。


好奇心とか期待感とかそんな光の感情では火はつかない


怒り、嫉妬、羞恥心


それが腹の中に積もってない奴は偽物だ


お前は多分負けてもいやー強かったなとか言って後頭部をポリポリしながらオレのことを褒めるだろう


人としては正解だ


しかしプレーヤーとしては二流。


霜山はわざわざ一流だの二流だの考えてゲームなんかしてないとは思うがオレは違うんだ


シュマブラはサブのゲームながら半端はやってないという自負がある


どんな相手だろうが手加減は絶対にしない。


絶対に負ける気はない。


オレを誘ったことを後悔しろ


砕け散れ霜山。















「いやー強かったな」


「おかしなくらい強いよお前」



霜山はいいやつだ。


オレとは別の世界に住んでいることが改めて分かった


お前は社会に出てもきっといい部下になるだろう


オレは部下を踏み台にしてでも上がって行きたいタイプでな。


まあ社会に出る気なんざさらさらないが。


オレとゲームをやっていて楽しいやつなんてこの視聴覚室には多分居ない


強い弱いは関係ない


“燃えてるか”どうかだ。


オレと同じ温度でプレーしてるやつがこの世で何人居るんだろうな


ゲーセン民ならあり得るがシュマブラはゲーセンにはないからなぁ


海外になら居るかもしれん


無駄な夢想にほど行動力を使いたくなる


アゴを上げて黒目をまぶたに当てて想像が膨らみかけたところに思わぬ邪魔が入った


脳内で広げたばかりの世界地図を熱風がバサっとかっさらう



「次、私としようよ!」



女の目は爛々と揺れていてオレは心を掴まれた。


多分初めから捕まえる気で話しかけてきたのだろう


物理的にもオレの肩を掴んで離さない



「お願いっ!」



勢いよく顔を近づけてきた反動で長い髪が少し揺れている


胸の辺りまでふわりと垂れる髪の毛は綺麗な茶色で先っちょがクルッと内側に反っている


髪の長さを目で追う途中に


2つほどボタンの開いたシャツの隙間からいいものが見えたことは置いとくとしよう


横に流した前髪はギリギリ目にかからない


髪と髪の隙間からはピアスが光っている


この小洒落た女はきっと腹に何かある。


“不”が腹に積もっている


オレには分かる


その“不”が何なのかは互いにコントローラーを握った後にしか語れない


お前は


霜山とは違うようだな










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