◯
男はただひたすらに勝ちを積み重ねていた。
男の後ろに居る二人の女はただひたすらに張り詰めている。
とあるゲームセンターの4階。
男は女と一緒に居るところを女に目撃された。
現場は1階。
ライトの輝きと取れそうで取れない景品が目を奪うキラキラしたUFOキャッチャーのコーナー。
そこでメガネの女は忍んでいた。
UFOキャッチャーの台から顔だけを出して。
男と女を観察するために。
偶然居合わせたというにはあまりにも忍んでいた女は声をかけられた瞬間心臓が縮んだことだろう
「おー安見」
声をかけてきてのは大人の女だった。
この大人の女に声をかけられたことはいくらでもある。
珍しいことではなかった。が、
忍んでいた女は忍んでいただけに固まったまま動けなくなっていた。
そして大人の女の声に反応したのは忍んでいた女だけではない。
男と居る女にも、女と居る男にも、聞き馴染みのある声だった。
皆が同時に声の鳴る方を向くとあら不思議、なぜか知ってる顔が勢揃いした。
その時女の腕は男の腕を掴んでいた。
UFOキャッチャーで欲しい景品でも見つけてはしゃいでいたのだろう
男は反射的に良くない方向へ進むと悟った。
男の腕を掴んでいた女はゆっくり手を離してゆっくり真顔になる。
忍んでいた女のメガネは白く光っていた。
大人の女は責任を感じた。
現場で唯一大人であるということもそうだが、自らの声がこの場を瞬間冷凍させたからだ。
凍ったままの現場をひとまず4階に移すことを決意し、進む。
場所を移動することに何の意味があったのかは大人の女もよく分かっていなかった。
4階に上がるにはエレベーターと階段の二択があるが大人の女は迷わず階段を選んだ。
もしエレベーターを選ぼうものなら箱の中で冷気が充満し全員の息が止まることが容易に想像出来たからだ。
階段を登る四人には当然会話などない。
4階に着いた途端男は希望の光に吸い寄せられるように特等席に腰を下ろした
ひとまずの脱出を試みたわけだ。
男としては日常的な行動をとったに過ぎないが今この時ばかりはいつもとは別の感情でルーティンに“乗っかった”と言わざるを得ない。
そうやって男は誤魔化すように勝ち続けている。
男の後ろに居る女二人は誤魔化す術を持たずただひたすらに張り詰めている。
大人の女はいつの間にかスタッフオンリーな場所へとフェードアウトしていた。
◯
私の横にいるこの人は原津森の知り合いだ。
背筋を伸ばしてお腹の下で手を重ねて、まるで原稿を読んでない時の女子アナみたいなたたずまい。
それを見た私の背中も自然と伸びてた。
この人はきっと姿勢だけじゃくて中身も綺麗だと思う。
ずっと真っ直ぐに原津森のプレーを眺めてる
勉強しながら魅了されてるって感じ。
そのおかげで横目で少しこの人のことを見れてる。
もう少し顔をちゃんと見たくて勇気を出して右の方にほんのちょっと首を回してみる
見た目でまず目を引いたのはボサボサの髪。
艶っとしてるなにそこまでまとまらないのはナゼ?
してるかも分からないくらいのナチュラルなメイクはそういうのに興味がないだけなのかな
サイズの合ってないダボダボのパーカーには「考える人」みたいなポーズをしている半裸の美少年が居る。
きっと何かのアニメキャラだ。
メガネのフレームの奥に見える目はウサギみたいに真っ黒でまん丸な目をしてて可愛い。
ゲームに興味あるっぽいし、なんか私より一歩原津森に近い感じがする。
....。
◯
いつもより背筋が伸びている気がします。
ここが学校じゃないからでしょうか。
それとも見栄を張りたいからでしょうか。
私にそんな感情があるなんて知りませんでした。
ロードプルに来るまでの途中、二人はずっとシュマブラのことを話してた。
オリエンテーションで見た時よりも距離が近いように見えました。
原津森くんはゲームセンター以外でもゲームをやるみたいで、どうやら女の子の家に居たみたいです。
なんと積極的なのでしょうか。
原津森くんではなく、女の子の方です。
同級生とは思えないくらい大人っぽくて
私とは違って明るくて
カラフルでキラキラした人達の中にいる人。
原津森くんがなぜこの人と一緒にいるかは何となく想像がつきます。
ただ、私の予想が外れている可能性もあります。
それを確かめたかったのかもしれません。
私の知ってる人が私の知らない人と一緒にいると見て見ぬフリをしたくなります
蚊帳の外にいる自分が小さく見えてしまうから。
そうやって人を避けて段々一人になっていきました。
せっかく原津森くん知り合えたのにまた一人になるのは嫌です。
蚊帳の外にいるのなら、中に入りたい。
....。
◯
いい案が思いついた後のタバコは美味い。
口から吐く白い煙で輪っかを作る
それが消えていくのを眺めながら少し先の未来に想いを馳せてみる。
ほっといたらあの甲斐性なしはどうするのかねぇ。
それが見たくなった。
ゲーム以外にも甲斐性を見せないとこれは乗り越えられない。
最初は焦ったがこれはいい機会だ。
声をかけた時はシチュエーションを把握できていなかったが多分安見は二人のことを見ていた。
姉木と原津森、腕を組んでいるように見えたが安見もそう思ったのかもしれない
私もそう見えた。
ただ原津森がそんなことをわざわざロードプルでしでかすかは少し疑問だ。
オリエンテーションの時から二人には関係性があった。
学校以外で会うということは姉木の方にはもしかしたら何か理由があるのかもしれないが
少なくとも原津森が姉木に対して特別な感情を持っていることはあり得ない。
まだ早い。
あいつが人に興味を持ち出すのはこれからだ。
さっきの姉木のリアクションからするに、腕を組んでるところは周りには見られたくなかったのだろう
原津森に対しての想いが何かあるように見える。
それを悟られたくなかった。
原津森に対して何か想いがあるのは安見も同じなのかもしれない
だからこそ場が凍りついた。
何か別の理由があって修羅場と化した可能性も全然あるが
まあ何にせよ原津森はただ巻き込まれただけに過ぎんだろうな。
かわいそうな奴め。
巻き込まれついでだ、凌いでみろ原津森。
私は助けん。
◯
ゲーム画面上に映し出された38WINの文字をボーッと見ていた。
こんなものに価値などない。
ただ何も考えずキャラを動かしているだけだ。
オレは自分の動かすキャラを目で追ってきた。
集中して強さを得るために。
ずっとそうしてきた。
もう何年も前、物心がつく前から。
しかし今オレが目で追っているのはキャラではない。
後ろの二人のゆく末だ。
ここまでゲームに集中できないのは初めてだ。
今日は一段とボタンを弾く指が力強い。
ボタンのパチパチ音で何とかこの沈黙を切り裂きたかったからだ。
ここはゲーセンだ。
あらゆるゲーム機の雑音を閉じ込めた部屋だ。
沈黙なんてあるわけない。
あるわけないのだがなぜかここには存在している。
人の放つ気配は伝染する
オレの背中がそれを証明している
オレは今間違いなく画面端に居る。
姉木に腕を引っ張られているところを安見に見られた瞬間、何かまずいものを目撃された気になった
もちろん何も悪いことなどしていない。
姉木が勝手にやったことだ。
しかし自分でも違和感を感じている不慣れな場面を知り合いに目撃されるのは羞恥心が沸く。
羞恥心を誤魔化す行為は悪いことを隠す時と心理が似ている
罪悪感が生まれてオレは二人の顔色を伺っている
....。
なぜ人の顔色なんて伺っている?
オレは何も悪くないだろ?
これは自分じゃない。
ここ数日、感じていたことだ。
オレはただここでゲームができればそれでよかった。
姉木にも、姉木のお母様にも、富原にも、出会う必要なんかなかった。
妙な気分にさせられることもない。
なぜそんなことになっているかは分かってる
署名だ。
オレは自分の居場所を守るために署名を集めている
けどそのせいで守るべき居場所が汚されている
オレは今ゲームに熱くなっていない。
熱くならないならゲームをしている意味などない。
それは絶対に解消するべき問題だ
オレの人生をこれ以上邪魔させるわけにいかない
ここがどういう場所か伝える必要がある
「おいっ」
立ち上がって、振り向いて、少しデカい声を出した。
雑音に負けないためというのは言い訳で
多分イラついていた。
二人は少しビクッとなってから肩の荷が降りたように体の力が抜ける
今、張り詰めていた沈黙の糸が切られた
二人に一声かけた瞬間、自分の中にかかっていたモヤが晴れだして次の言葉が出てきた
「お前らちょっと来い」
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