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第三話 画面端を制する者は安見を制す③

公開日時: 2022年1月9日(日) 20:46
文字数:3,716



ここで足を止めたのはお腹が減っているからです。


でも今目の前にあるこの中華料理屋に入る勇気が私にはありません。


おじさんとお姉さんが腕を組みながら店に入って行くのを見ました


「美味シイものアルヨ」


私にはそう聞こえました


おじさんもお姉さんもニッコニコ。


本当に中華料理屋さんなのでしょうかここは。


夕方と夜の間にしかない絶妙な薄紫色の空に囲まれたこの道はより一層怪しく見えます


原津森くんの後を追って入った細道で


お店のお尻がズラっと並んで一本道を作っていたそのお店の入り口側です


店先には四角くて分厚いボテッとした看板が置いてあって


赤文字で『美美』と書いてあります


益々怪しい。


看板の周りについている無数の電球はほとんどが光ってなくて時々何個かがピッピと弱々しく手招きするだけです


本当の看板はお姉さん達です。


真っ赤な裾の長いチャイナドレスを来てチラシを配る姿に通りゆく男の人達は釘付けで


急にお腹が減って急に中華料理を食べたくなるのかしら


次々とお店に“運ばれて”いきます


その中には同じ制服を着たギターを背負った男の子もいました


なんという事でしょう。


私も入ってみようかな。


何かあってもあれだけの人達が中に居るのだから助けてくれるはず


お腹は確かに空いています


芥川先生に話を聞いてもらってホッとしました


帰り際にペコっと頭を下げたら


私の胃袋もペコっとへこんだみたいです


放課後にお店に入って一人でご飯は初めてかもしれません


他の店でもいいけど、一回気になった事は調べないと済まない性分なんです


この店を知らないままではロードプルでの対戦に身が入りません


山奥にひっそりと構えた料理屋に迷い込んでしまった二人の男が異世界に飛ばされる


そんな小説を昔読んだことがあります


ここが異世界への扉でないことを願います。


この中華料理屋さんのドアはすりガラスで中が見えないようになっています


知るためには


行くしかありません。


目をつぶりながらそっと手を当てた黒くて丸いドアの取っ手を押して一歩踏み出します


あー開けてしまった...


もう


煮るなり焼くなり好きにしてください












「ヒトリ客来タヨー」


中は広くてテーブルがいくつもあります


カウンターはありません。


歯医者さんで照らされるライトくらい天井の蛍光灯が白くて眩しい。


部屋全体を覆う真っ白な新品の壁紙がライトを反射させて店内は神々しさすら感じます


黒塗りでテカテカした高級感溢れる綺麗なテーブル


食欲をそそる良い匂い


さっきのチャイナドレスのお姉さん達が笑顔で料理を運んでいます


日本にあるお店じゃないみたい。


外観からは想像もつきません


ある意味異世界です。


「早ク席行クヨ」


背が低くて目の大きい可愛いらしい女の子が口を尖らせて不服そうに私を見ています


頬に当たる髪は少し内側に巻いていて、ショートヘアがチャイナドレスとのギャップを生んで幼さを感じさせます


席案内のためにクルっと向けたその背中は真っ直ぐ伸びていて歩き方が超綺麗。


後ろ姿を見ると実は年上なんじゃないかと思うくらいです


そして超早歩き。


私は小走りでついていきます


指定の席に先についた女の子はわざわざ椅子を引いてくれて見やすいようにメニューを1ページ広げてテーブルに置いてくれてます


引いた椅子の横で不服そうに腕を組んで待つその顔はさっきよりも口を尖らせて早く座れと言わんばかり。


慌てて席に着いた私に勢いよくジャバっと水を入れて投げるようにゴンッとコップを置いてくれました


口はきかないけどご飯の用意はちゃんとしてあげる


お父さんとケンカ中の私のお母さんみたいです


中華料理屋さんに入ると決めた時から私は餃子を食べると決めていました


なのにメニューのどこにも餃子の文字はありません


トントンペタペタ聞こえる中で必死に探します


何の音だろうと思い音の鳴る女の子の方を見てみると


腕を組みながら少し前に伸ばした片足の先で何回も床を踏んでトントン音を鳴らしています


待ち合わせの時間に来ない人を待っている人みたいに。


すぐにでもメニューを伝えないと厨房にさらわれて私が食材にされかねない勢いです。


さっきから探しているのに無いんです


餃子が...


「ハヤクキメロ」


小さい声でもちゃんと私に届くボリュームです


ごめんなさい...ちょっと待って...


あぁ...


もう餃子ないからこれでいいです...


「天津飯と、春巻き二人前でお願いします」


「天津飯ト、春巻キニニンマエネ?」


「はい」


「ハイヨ」


「オマエ女ナノニヨク食ウネ」


うぐっ...


言わなくてもいいことを私の胸の中に投げ込んで颯爽と厨房に向かって行きました


なにか色々すごいお店です。














頼んだ料理が来るまでの時間が一番お腹が空きます。


待ち遠しいので気を紛らわすためにお店の名前についてスマホで調べてみました


看板に書かれていた『美美』は中国語で『メイメイ』と読むらしく


日本語で『心ゆくまで』と言う意味みたいです


すごく真っ当なネーミングです


さっきの店員さんは店の名前の由来を知らないのかもしれません。


美美という字並びは踊るように料理を運んでいるお姉さん達を見れば誰でも納得しちゃいます


ついでにお店の評判もこっそり調べてみたのですが


何も出てきません。


店名と大体の住所を打ち込んでもお店の情報は一切出てきません。


こんなにお客さんが入っているのに評判どころか一つの情報すら出てこないなんておかしい。


店の外観と内装もギャップがあり過ぎるし一体どういうことなのでしょうか


高級そうなのにメニューに書かれた値段も私が頼めるくらい一般的です


何か少し普通でない雰囲気を感じて店内をもう一度見回した瞬間さえぎるようにシュッとテーブルに何かが置かれました


真っ黒な物体が平たい皿の上に乗っています


この棒状で畳まれてる感じは春巻きだと信じたいのですがウソみたいに真っ黒に焦げています


シワ一つ無く、つるっつるの黒っ黒です


私は春巻きを頼んだし私のテーブルに置かれたのだから


これはきっと春巻きなのでしょう。


「ウマイヨ。」


不安そうにしている私に優しく耳元でささやいて厨房の方へ帰って行きました


いつ私に近づいて来たのか分からなかった。


お腹は減ってます


ものすごく良い匂いもします


もうお箸で掴んじゃってます


このお店に入った時点でもう覚悟は決めていました


目をつぶって


祈るようにかじってみた


「うまっ...」


ゆっくり顔を上げながら閉じた目を見開いて誰かに共感を求めるようについ口に出してしまいました


何だこれ


なぜこんなにも黒い物が美味しいのかわかりません


「天津飯ネ」


春巻きを食べて放心状態になっていた私の横に追加でゴンッと置かれた皿は女の子が天津飯と言っていたものですが


玉子が見えないくらい餡が真っ黒です


見た目は完全に墨汁です


墨汁の中に丸いものが沈んでる。


本当に天津飯なのかと普通の人なら疑うのかもしれません


しかし


春巻きを食べた時点で私の中でもう黒い物の価値観は崩壊しています


蓮華で墨汁ごとすくって躊躇なく口に運ぶと頭が飛ぶくらい美味しい。


ホントになんだこれ...


何の食材で黒くなってるの...


いくら考えてもどうせ分からないので


私は欲のままに


思考停止で美味しくいただくことにしました。













「オマエ、ヨク見タラ美人ネ」


「いえ...私は...」


私の向かいの席に座って、私の頼んだ天津飯を食べながら喋るさっきの店員の女の子


もうお腹は大丈夫なので天津飯は食べてもらって構わないのですが


お仕事は大丈夫なのですか?


「美人ナノニなぜ胸を張ラナイ」


「自信つけタカッタラうちの餃子食ウネ」


さっきメニューに載ってなかったですよ...?


「フーッ。ゴ馳走サマ」


天津飯を食べ終えて私のご馳走さまを代わりに言ってくれました


まかないの後片付けをするように私の食べた食器をまとめて女の子はトレーを両手で持って立ち上がります


「マタ来ればイイヨ」


真っ直ぐに私の方を見て言いました


不服そうな顔が治ってよかったです


「すごく美味しかったです」


メニューには無かったけど本当は餃子があるみたいなので勇気が出たらまた来ます。


お会計のレジと厨房は真逆の方向にあるのでここで女の子とはお別れです


入ってみてよかった。


不思議な体験でした


店員さんはちょっと変だったけど料理も美味しかったので大満足です


私は異世界から元の世界に帰ります


「あ、オマエ、チョット」


振り向いて呼びかけてきた声に私も振り向きます


「女ノクセニヨク食ウネ」


あぐ...


確かに私は天津飯も全部一人で食べるつもりでした...


あなたが食べなければ...
















異世界からなんとか帰ってきた男二人は興味本位でまた山奥の店に向かうとその店は跡形もなくなっていた


確か昔読んだ小説はそんなオチでした


美美ももしかしたら次に行った時にはもう跡形もなく消えているかもしれません。


デザートの生キャラメルをクレーンゲームで取りながら何となくさっきのお祭りのようなお店の余韻が想像を膨らませます


今日は原津森くん、夜になっても来ないのかな。


4階に行く前に時間を潰してみても原津森くんが現れる気配はありません


来たらキャラメルあげるのに。


「安見じゃん」


最近では自分の名前が呼ばれることに少し嬉しさを感じています


だけど


この人に自分の名前を呼ばれると


熊に遭遇したように怯えてしまいます









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