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第三話 画面端を制する者は安見を制す⑤

公開日時: 2022年1月13日(木) 21:59
更新日時: 2022年1月13日(木) 23:05
文字数:3,927




「安見じゃん」



その声を聞いた瞬間、鉄の檻が上から降ってきてこの空間だけ切り取られました


誰も助けてくれないし、逃げられません。



「まだ来てんだここ」



制服の胸のあたりをギュッと掴んでいました


自分の動揺を押し込めるために


上手く呼吸ができるように。


冷たい目をして


冷たい声で


富原くんは続けます


「あれ、とってくれよ」


指をさした方を見るより富原くんの顔を見ていました


小学生のころから変わってない。


富原くんの周りにはいつも沢山人が居て


周りの人達は笑っているのに富原くん一人だけ笑ってなくて。


周りに媚びたりせず冷静で頭のいい人


一度富原くんに助けてもらったことがあります


中学生のころ、地元のゲームセンターでUFOキャッチャーをしていたら同級生に絡まれました


あれ取れこれ取れって。


偶然居合わせた富原くんは珍しく一人で、


高圧的でも敵対的でもない富原くんの「やめとけ」の一言でその人達は納得して私が取ったぬいぐるみ達をおいてすぐどこかに行きました


床に散らばったぬいぐるみ達を見て富原くんはこう言いました


「安見お前すげーな」


その時の表情は真顔で、心からすごいと思ってくれているようで、心からの皮肉にも聞こえました


高校生になっても私は何も変わってません


そして富原くんも変わりません


富原くんの横に居る女の子達は私を見て笑ってる


富原くんだけは刺すような真顔で私を見てる


『あれ、とってくれよ』


前と同じ場所で


前と同じ言葉


ロードプルを嫌いになった日


嫌な思い出が全身を駆け巡る


やっとまたゲームセンターが好きになったのに


同じことを繰り返しています


プラスチックの壁の向こうにある物に私は夢中になりました


チャレンジするにはお金が必要だから


一回一回すごく考えて100円の価値がどうにか上がるように勉強しました


どうしても取りたくって。


富原くんが指をさした台に向かいます


私がさっきまでプレーしていたUFOキャッチャーの台にはまだ1クレジット残っています


その1クレジットは私の命です


私は自分の身を守るために


自分の命を捨ててしまいました















猫番を終え、急いで4階に上がろうかと階段に向かったところ思わぬ形で答えを得る


1階にある階段とエレベーターは入り口から一番遠い奥にある。辿り着くまでにはいくつものクレーンゲームを縫うように通って行くしか道がない


ロードプルの上の階に行くには必然クレーンゲームが目に入るという悪趣味極まりない店主の人間性が伺える


景品を見せつけて誘惑しようって腹だ。


しかし怪我の功名とはこのことで


オレのずっと欲しかったものが景品として台に囲われているのを発見してしまった


『ねこじゃらし』だ。


ネーミングに関しては紆余曲折あって最早ねこ業界は一周しているのだろう。


文字通りねこじゃらしを模して作られており、細い持ち手に先っちょにはトゲトゲの毛虫みたいな物が柔らかくしなるように備え付けられている


色は真紫だ。


コイツを使えば猫科の動物ならジャガーだろうがパンダだろうが目の色変えて飛びついて離さないと言われている最終兵器だ


最終兵器と呼んでいるのはもうオレがあいつらに懐かれるにはこの『ねこじゃらし』に頼る以外にないからだ


ちなみにパンダが猫科かどうかは諸説ある


この『ねこじゃらし』が空前の大ヒット。


ネットも店も品切れ状態で、もう手に入らないと諦めていた


それがこんな身近にあったとは...


日本酒なんかを入れるような長細い箱に大層に入れられて何本かの突っ張り棒が作り出した台の上に置かれている


棒と棒の間から落とそうと、もうかれこれ30分近く格闘しているが一向にとれる気配がない


もう7千円はこの台に吸われている


ふざけるな。


何かおかしな仕掛けが施されてるに違いない


きっとクレーンだ


こいつの可動域ではとれないように設置されている可能性が高い


アームも緩すぎる


持ち上げる瞬間スコンとアゴが外れたかのように力が入ってないのが見てとれる


こんなものはゲームを攻略するとかしないとか以前の大問題だ


ふざけるな。


伏せて底を見たり背伸びして天井を見たり


隅々まで台の中をチェックしていると


台の側面のガラスに透けて見覚えのあるボサボサ頭が目に入った


いつもよりボサボサ感が増しているし


人に囲まれているから違うかなと一瞬思ったが


あのうつむいたメガネ面は


間違いない


安見だ














恐怖か、緊張か、分からないけど


手が震えてうまくとれません。


「全然ダメじゃん」


「お金返してよー」


笑い声と一緒に入ってくる言葉で心が凍ります


それを温めようとして鼓動が早くなる


脈を打つたびに心が締め付けられて痛い


痛い...


どうしよう...



「おー安見」


「お前友達居たんだな」



空気を切り裂く呑気な声に泣きそうになりました


「は?なに入って来てんの?」


「富原くん知り合い?」


騒がしい取り巻きの中心に安見は居る。


オレが言うのもなんだが


安見がホントの意味で集団の中心になることはまあないだろう


もう残ってない力でこっちを見るために何とか上げた顔は三日なにも食ってない奴の顔だ


明らかに助けを求めている


ここで知ってる顔を見放すほどオレの血は濁っていない


捨てられて雨に濡れている子猫をほっとかないのと一緒だ


いつまでもグショグショに濡れた汚いダンボールの中に居る必要はない



「上行くぞ安見」



普通の顔をして堂々と集団の輪を割いて中に入ってきた


なんだこいつは。


「待てよ」


「今、安見に景品を取ってもらってる」


「お前安見とどういう関係だ?」


本当に疑問を持ったキョトンとした顔で言い返してくる


「お前はどういう関係なんだよ」


「安見とは小学校から一緒だ」


「こいつは昔からゲーセンに通ってて取るのが上手いんだよ」


「だから頼んでる」



なんだ


安見UFOキャッチャー上手いのか


あとで『ねこじゃらし』取ってもらおう



「関係性があるように見えないけど」


「取ってもらってるというか」


「取らせてんじゃないの?」


ストレートな物言いだな


何の根拠もないだろ


「ちゃんと金を払ってお願いしてる」


「....」


「お前、安見が昔からゲーセン通ってるって言ったな?」



なんだ?


今まで敵対心は感じなかったが


急に目つきが変わった



「小学生の時からだとして、安見がどれだけの数の100円を積み重ねてきたかお前想像つくか?」


「知るかよ」


「お前じゃ取れないから安見に頼んでんだろ?」


「じゃあもっと安見にひれ伏せ」


「は?」


「安見は積み上げた100円の上に立っている」


「お前が上から安見に言える立場じゃないだよ」


「ちゃんと金を渡した?」


「人の努力を金で買えると思うなよ茶髪が」



茶髪は関係ないだろ。


なんだコイツ


何を言っている?



「でも失敗してるよー?」


「私達安見さんに500円無駄にされてるんだけど?」


取り巻きの援護射撃ほど鬱陶しいものはない。


「500円くらいでガタガタ言うな」


「こっちは7千円吸われてんだ」


「は?」



「店で騒ぐなお前ら」



聞き覚えのある耳心地の悪い声がオレらを縛った


角の生えた担任がこちらを見ている













「この変な人が急に入って来たんです」


「そうそう!」


女子生徒達は指をさしながら原津森を軽蔑している


確かに原津森は変なやつではあるが


人に興味のないこいつがわざわざ面倒を起こすようなことをするか?


「原津森、説明しろ」


なぜ担任がここに居る


そういやこの前も安見と居たな。


中足教えた時だ


そん時担任が両手に持ってた袋


中に入ってた大量のぬいぐるみ


あれ安見の仕業か?


「知り合いが居たんで声掛けただけっすけど」


担任は完全に腑に落ちない顔をしている


確認をとるように目線を茶髪野郎に移す


「富原、説明しろ」


え、知ってんのこいつのこと?


富原...?


「オレ達は安見に景品をとってもらってただけです」


担任は安見に目をやり、腑に落ちた顔で茶髪野郎に問いただす


「無理矢理じゃないのか?」


「そんなつもりはありません」


「仮にそうだとしても」


「嫌なら断ればいい」


正論だが


心がないよ富原


「それが出来ないやつもいるだろ」


「断れないのはオレのせいじゃない」


「安見の問題でしょ?」


「話を聞くのならオレじゃなくて安見の方がいいんじゃないですかね?」


こいつは


原津森とはまた別の方向に振り切ってる


調教しがいがありそうだ。


「もういいじゃん帰ろっ」


「意味分かんないしっ」


初めから私達には関係ないですからみたいな顔をしている女共


首を横に傾けて覗き込むように一瞬オレを見た富原とかいう奴


角が引っ込んで安見を心配する担任


富原とやらの御一行様は何もなかったかのように帰って行ったがお前らのせいでオレは後から追及される


担任に。


それと、お前らが帰ったからといって一件落着とはいかない。


解放された安心感か、悲しみか、


何が原因かは分からないが


スカートの裾をギュッと握って


メガネも外さず


安見は泣いていた


担任は車で送ると言って安見の肩を抱きながら


オレを通り過ぎてゆっくり出口に向かう


猫が鳴いている時に人間が何を言っても聞いちゃくれない


でも泣いているのが人ならば


言葉は伝わるかもしれない


別に安見が泣いていようが構わないが


貸しは作っておいた方がいい


署名のこともあるし、


安見には『ねこじゃらし』をとってもらわなければならない



「安見、言っただろ」



泣いてるとこは見られたくです。


でも、自然と足は止まりました。



「画面端に行けば負けるんだよ」


「崖から落とされて負ける」


「だから用意しておけ」


「自分がなぜやられたのか分析して」


「次に画面端に追いやられた時にどうするか」


「考えをまとめて用意してないやつに対応なんかできない」


「そしてチャレンジするしかない」


「自分の戦略の正しさは自分にしか証明できないから」


「一回も画面端に行かずに強くなれる奴なんか居ない」


「一度受けた痛みは絶対に忘れないことだ」


「奪われたプライドはまた次100円入れて」


「絶対に取り返すんだよ」












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