◯
スイーツをグッと覗き込みトングをカチカチさせている。
オレがトングをカチカチさせているのと全く同じ体勢でオレの前に並ぶ姉木もトングをカチカチさせている
もっといえば姉木の前に並んで行列を作っている人達も早く食べたい気持ちと吟味したい気持ちを調和させるためにトングをカチカチさせている
スイーツパラジャイスの全ての料理はバイキング形式だ
5メートルほど続く行列の横にある料理の棚には真四角な皿がズラッと並べて置かれている
100均で売ってる小さな座布団くらいのサイズのその皿は赤やら黄色やら青やら色違いに並べられていて目がチカチカする
その上に盛られているケーキやフルーツは白いライトを浴びる主役達だ
皿から皿へ目移りする度にスイーツ達と目が合って全員が取ってほしそうにこちらを見ている
全てをちょっとずついくのが賢い食べ方だと分かっていても腹が減っている時の人間は理性が利かない
胃が縮んでる時は脳も縮んでいる
何とか上手く自分を導けたとすれば通路を挟んだ向かいの棚にあるしょっぱいものコーナーに目をやれたことだ
ここでオレの脳と胃がケンカし始める
気づけば脳が記憶している過去美味かったケーキの前でトングをカチカチさせていたが甘いものを先に食べてしまえば胃はやる気をなくす
脳は糖分を求めていると言うが胃は塩分を求めている
先に甘い物を食べると胃はやる気をなくして後が入らなくなる
逆にしょっぱい物を先にいけば、後で食べる甘いものに胃はやる気を出す
科学的にもそれは実証されていて、リアルタイムで胃をスキャンしながら満腹状態の被験者に甘いものを見せる
すると胃が肥大して、スペースなく埋まっていた胃の中にほんの少しまだ何か入るスペースができた
甘いものを見せただけで。
「甘いものは別腹」というただの古くさい人間の感覚でしかなかったものが科学的に立証された瞬間をテレビで見たことがある
だからこそしょっぱい物が先なんだ、姉木よ。
「ねぇねぇこのケーキヤバくないっ!」
トングで持ち上げて見せた三角形のケーキは黄緑と黄色がグラデーションしてるようなマーブルしてるようなインコの体みたいな色をしている
全く何味が想像もつかないが本当にヤバいのはそのケーキではなくてお前の取り皿の方だ
丸くて平たい皿にいちご大福をギチギチに隙間なく並べている。
スイーツパラジャイスはいちごが売りで、それに関連したスイーツも豊富だ
いちご大福を取り扱っていても不思議ではないが空っぽの胃をいちご大福だけで満す勇気はオレにはない。
胃がどうにかなってしまう
「第一陣おっけーい」
嬉しそうに両手で皿を持つ姉木はオレの方を振り返って君はまだかと催促してくる
こいつの第二陣は一体何なのか気になるところだ。
いちご大福だらけの不気味な皿にチラッと見をやりオレは取り急ぎ向かいのしょっぱいものコーナーに駆け寄った
◯
姉木はさっきのインコみたいな色をしたケーキを頬張りながら無理矢理口を動かす
「ひゃら対ってどうふればひいの?」
他の人間には何を言っているのか聞き取れないだろうがオレには分かる
「キャラ対ってどうすればいいの?」だ。
それを聞いてハート型の椅子の背もたれに預けていた体が少し前屈みになる
この椅子を見た瞬間女子専用の店だということがオレの中で決定した。
キャラ対はオレにとってもお前にとっても大事な話だ。
大事な話を口に物を入れながらするんじゃないよ。
「キャラ対は武器破壊と同じだ」
片手に皿、片手にフォークを持ちながら首をションと横に倒してクエスチョンマークを生み出す姉木
「多分お前と弟とでは持ってる武器の数が違う」
「今更増やしたところで武器の数で弟に勝つことはできないだろう」
「なら、増やすより破壊した方が早い」
原津森はゲームの話になると予備校の先生みたいに喋り出す
論理的だけどすごく熱くて両手をテーブルについて真面目な顔してる。
相手が疑問に思うことにすぐ答えられるのはそれについて深く考えたことがあるからだ
私が疑問に思うことなんてとっくの前に通った道で、原津森は自分で考えて答えをもう持ってる
私には他の人よりも“先に行ってる”ことなんて何一つない。
「トランプの大富豪ってあるだろ?」
「あれは手札が自分の武器なんだ」
「相手が切ったカードに合わせて自分の持っている武器の中で何が最善かを探す」
「そんな戦いでもし、相手が次に何を切ってくるか知れたら勝てると思わないか?」
「めちゃくちゃ戦略を立てやすい」
「格ゲーではそれが出来るんだ」
「トレーニングモードを使えば色んなキャラの技を調べることができる」
「相手キャラをバラバラに分解してから組み立て直せるくらい隅々まで知ることだってできる」
「どのタイミングでどの武器を出してくるかはある程度キャラごとにパターン化されている」
「上手いやつほど型にハマってないパターンを出してくる」
「オレが知ってるパターンは全部教えてやる」
「それでも疑問に思う部分は一緒に調べてやる」
「お前は武器を破壊する実行力を身につけろ」
姉木はケーキをもぐもぐする口を止めて皿とフォークを持ったまま真剣に聞いていた。
喋り終えてふと店内を見渡せば土曜日だというのに制服を着た女子がウヨウヨ居る
休みの日だというのにわざわざ制服を着る意味がオレには分からない
姉木にはオレの言ってる意味が分かったのだろうか
オレとコイツとでは生きる世界が違う
どちらかといえば休日に制服を着る側の人間だろう。
今まで通り生きていればオレがこの店に入ることはなかった
姉木とも出会うことはなかった
出会ったとしても十中八九スルーだ。
オレの今の日常は、過去のオレの日常と同じではない。
喋り終えた口が寂しがっているのに気づいて席を立つ
こうやってさっき姉木が食べていたインコみたいな色したケーキが気になっていることにオレは違和感を感じている
オレの生きる世界線を変えたのは誰だ?
◯
私は“にくきゅうにゃんこケーキ”を思わず取ってしまいました。
見た瞬間、原津森くんを思い出したからです。
ここ数日あの人はロードプルに姿を見せていません
学校にはちゃんと来ていたので体調不良ではなさそうです
今日も朝からロードプルに並んでたけど来なかった。
こんなに珍しいことはありません。
ガラガラと大きな音を立ててゆっくり上がっていくシャッターを見ていた私は一人でした。
朝から一人でずっと4階に居れるほど私は心が強くありません。
一時間も経たないうちに私の心は体育座りを始め、心とは裏腹に本体は椅子から立ち上がり階段に向かっていました
1階へと降りる階段を力なく踏んでいるとオリエンテーションのことが思い出されました。
「対戦しようよ」
クラスの人に声をかけられたのはそれが初めてです。
知らない人と一緒にゲームをするのはゲームセンターでの経験があったのでプレー事態は緊張しなかったのですが何せ声をかけられることには慣れていません
「安見さんってゲームとかするの?」
ふいに来た質問に焦って何も言えなかった。
あの気まずい沈黙を思い出しただけで恥ずかしさと申し訳なさが心を締め付けます
胸を張って「うん」って言えなかった
シュマブラはあんまりしたことなかったからかなぁ...
落ち込んでいる私に二の矢を刺してきたのは原津森くんでした
私は視聴覚室の左端の後ろの方で対戦していたのですが一番向こう岸に原津森くんが居るのを確認しました
声をかけようと寄って行くと霜山くんを“処理”している最中でした
その後です、二の矢が飛んできたのは。
スタイルの良い綺麗な女の子から声をかけられて原津森くんは一緒にゲームをしていました
いつも一人だった原津森くんが霜山くんと仲良くなって
また違う人と仲良くなって
どんどん遠くなっていく気がしました
全然声なんてかけられなかった。
ロードプルにも来ないし。
だから気分転換にお昼にスイーツパラジャイスに来たんです。
そしたら何とまあ偶然でしょうか
こんなところに居たのですね。
女の子と二人で。
多分オリエンテーションの時に見た綺麗な子です。
二人は食べ終わって外を出て行くみたいなので
私は急いで“にくきゅうにゃんこケーキ”を頬張りました
大変可愛くて美味しかったです。
原津森くんは女の子に腕を引っ張られてまんざらでもなさそう
ロードプルに来ないのもおかしい
だから
私は後をつけてみることにしました。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!