ゲーム依存症は罪ですか?

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第四話 10先を制する者は姉木を制す④

公開日時: 2022年1月28日(金) 22:36
更新日時: 2022年1月29日(土) 07:43
文字数:3,162



休日出勤は罪だ。


国が決めた休みの日に働かせることは、国が決めた法律を破るのと同じ。


よって姉木は罰せられるべきだとオレは思う。


改札の向こう側では休日の朝らしい、まぶたがまだ上がりきっていない柔らかな表情で罪人がこちらに小さく手を振っている


この駅に来るのも慣れてしまった。


せわしなく行ったり来たりする電車に比べて人はまだまばらだ


車内も駅構内も人が人の背中を押すことはない


そりゃそうだ、まだ朝の9時だぞ


オレの休日を返せ。


ライーンなんか教えなきゃよかった。



「おはっ」



改札を抜けると振っていた手をピタッと止めて力の抜けた無防備な笑顔が出迎える


昨日の深夜のことだ


この天使のような悪魔からライーンが来たのは。


『明日やるよっ!』『朝からっ!』


『来なきゃ署名してあげないよっ!』


初めて姉木を姉木と認識したあの日からオレは3日ロードプルに行っていない


放課後は連れ出されスペシャルな休日すらも呼び出される


普段ならあり得ない。人の都合に従うなど。


しかしこの女はやる気だ。


本当に弟に勝つ気だ。


会うたびに強くなっている。


笑顔とは裏腹な重そうなそのまぶたは寝不足の証拠だろう


その上で朝からやると言ってきたわけだ。


その熱さ認めてやる。


でも今日は必ず行く。


朝と昼はお前に使おう


だが夜は絶対にロードプルに行く


絶対にだ。












屋根が平らで真四角な形をした一戸建ては駐車場が広い。


玄関から道路まで車縦2台分はあるだろう


横にもただっ広くて頑張ればこの駐車場でフットサルくらいならできてしまう


外壁を作って階層を増やせばゲーセンだって経営可能だ


両親共働きでこの家が建つのなら二人共やり手なんだろう


弟が引きこもるのも何か分かるような気がする


環境に人は左右される


その環境に逆らえば孤立する


弟は多分逆らった。姉木家の家庭環境に。


オレも学校生活という環境に逆らっているから何となくは分かる


本当はほっといてほしいんだよ。



「ママがまだ寝てるかもしれないから静かにね」



玄関ドアの前で振り向いた拍子に少しなびいた姉木の長くて茶色い髪は朝の日差しの中しっとりと輝いている


口元に一本指を立ててオレに合図を送りながらドアをゆっくり開けた



「あら、いらっしゃい」



さっき駅中で見た屈託の無い柔らかな表情がフラッシュバックした


頬が上がりきって目をつぶってるみたいだ。


姉木がドアを開けたら姉木にそっくりな笑顔と出くわした


目にかからないように横に流した前髪の感じが姉木そのものだ。


耳に髪をかける仕草を見るだけで時がゆっくりになる



「あなたが原津森くん?」



ゆったりとした喋り方は姉木と似ても似つかない



「どうも」


「優と仲良くしてあげてね」



ごくわずかに会釈した程度のオレに見せた満面の優しい笑顔は少し物悲しく見えた。


目の奥には弟の影がある


姉木まで引きこもってしまえば本当にどうすればいいのか分からなくなる


そんな心配からくる精一杯の笑顔のようにオレには見えた


弟を救える大チャンスが来ていることをお母様は知っているのだろうか


勝てば未来は変わる。


負けても未来は変わってしまう。


姉木家の“今”が破壊されてしまう大勝負は余計に負けるわけにはいかなくなった


姉木の下の名前、優って言うんだ。











姉木の部屋に行くには階段を上がらなければならない。


そして


姉木の部屋に行くには閉ざされたドアの前を通らなければならない。


オレ達が廊下を歩く音は向こう側から聞こえているのだろうか


ここを姉木は毎日通るわけだ。


オレには兄弟はいない。もしいたとして、もしオレが姉木の立場だったとして、オレはどんなことを考えるのだろうか


ピンクの部屋のドアを閉めた直後、膨らんだ想像がパチンと割れて現実に戻された


「署名してあげるっ」


姉木は手のひらを上に向けて腕を差し出している


目を丸くしてハニカミながら。


忙しいやつだなこいつは。


ちゃんと署名するとか言ってみたり、署名をダシに使って家呼んでみたり。


ここでハッキリさせておいた方がいいな。



「署名を書くのはお前が勝ったらでいい」



原津森は真っ直ぐ私を見てる。


私の頭の中に居る弟も一緒に見るように。


署名を書くのはお前が勝ったらでいいっていうのはきっと覚悟だ


ただ自信があるだけじゃないと思う


これで無理なら仕方ないって言えるほどの努力をする覚悟を持ってるんだと思う


この前署名のことを聞いたら教えてくれた。


ゲーム依存性なんたらかんたら条例とか言って東京からゲーセン無くすって話だった


原津森はそれを本気で阻止しようとしてる


だから本気で私に署名を“書かせようと”してる


署名してくれってただ頼んでるわけじゃない


たった3日くらいだけど一緒に居てこの人が本気でやるんなら叶えちゃうんじゃないかって思える


いつもダルそうに死んだ目をしながら生きている人が、ゲームをする時だけは誰にも追いつけないスピードで走り出す


私がどれだけ本気で練習しても原津森の背中を掴むことなんて絶対にできないって肌で感じる


原津森がゲームと同じくらい何かに本気出したらどうなっちゃうんだろう


私はそれを見てみたいと思ってる


原津森にとってゲームってなんなんだろう。


この人が本気で守りたいと思う場所って一体どんなとこなんだろう














やり込みは裏切らない。


勉強やスポーツでもそうなのだろうが


それはゲームでも絶対だ。


学校に行かず家族とも顔を合わさず多分、弟はシュマブラをやっている


やり込んでいる


10先は自分の努力を証明する場だ


相手の努力より自分の努力の方が上


チャンピオンベルトや金メダルをかけた戦いと同じ


ただスポーツのように勝ったって称賛されるわけでも何でもない


たかだかゲームだ。


ましてや賞金が貰えるなんてとんでもない


たかだかゲームだ。


そんなものはいらない。


欲しいのはただ一つ


自分の努力が正しかったという証明だけだ


弟がどれだけ強いかは知らんが姉木は過去に一度も勝てなかったと言っていた


姉木は学校、弟はずっと部屋。


負けた側よりも勝った側の方がやり込んでるんだから追いつきようがない


弟が提示してきた期限は二週間だ


了承せざるを得ない状況とだったということもあるだろうが、姉木としても早く弟に学校に行って欲しいという願いもはらんでオッケーしたんだろう


たった二週間で姉木が弟を越えるには武器を増やすよりも相手の武器を壊した方が早い


相手のやりたいことを潰せないとそのまま飲み込まれて終わる


後手に回ったら負けだ



「姉木、お前今日からキャラ対覚えろ」


「きゃらたい?」


「キャラ対ってのは、キャラ対策のことだ」


「これをしないとお前は弟には」


「はーいちょっといいですかぁ」



人の半分くらいの速度ののったりした声が部屋に入ってきた


ついでにその声の持ち主ものったり部屋に入ってきた



「ちょっとママノックしてよーっ」


「お二人さんお昼はどうするおつもりぃ?」



両手に1枚ずつ持った紙をヒラヒラ揺らしながらオレを見たり姉木を見たりしている姉木のお母様



「原津森くん甘いもの好きぃ?」


「ええ、まあ」



オレはしょっぱい物の後には甘いものを食べなきゃ気が済まないくらいには甘いものは好きだ



「優が言ってたのよ、原津森くんはコーヒーに砂糖とミルク入れるから甘いものが多分好きなんじゃないかって」



念のため姉木の方を見てみると目をギュッと閉じて小刻みに首を横に振っている


その表情はレモンでも噛んだかのように酸っぱそうな顔をしてりんごみたいに赤くなっている



「これ、ぜひ二人で行ってきてぇ」



手渡されるままに受け取ったその紙にはこう書いてある


『スイーツパラジャイス 2時間無料券』


神だ。


この人神だ。


いつもロードプルと天秤にかけてはロードプルに負けていたスイーツパラジャイス


あの店はとても男一人で行ける雰囲気ではない


いつか行ってみたいと思っていた。


オレは今からキャラ対の話を姉木にしなければならない


仕方あるまい。



「原津森くん、優をよろしくねぇ」


「了解っす」







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