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第四話 10先を制する者は姉木を制す⑨

公開日時: 2022年2月7日(月) 21:12
文字数:4,574


小娘は口を閉めて微笑んでいた。


楽しいおもちゃでも見つけたように。


小僧は瞬きすることも忘れて画面を睨んでいた。


受け入れられない現実を恨むように。


小僧はその日小娘に一度も勝てなかった。


上には上がいる。


猛者プレーヤーに勝つために積み上げたものを人差し指一つでトンッと押され、崩された。


どれだけ苦労しようと、どれだけ努力しようと、


勝つのはどちらか一人だけだ。


小僧は一発台蹴りをしてその日は帰って行った。


しかし次の日、また負けに来た。


いくら負けが込んでも画面から目を離すことなくプレーをして何かを掴もうとしていた。


絶対にただでは負けない。何度でも起き上がる。


黒々とした小僧の目玉はもはや死んでいた。


死んでなお食らいつくそのプレースタイルはギャラリーを呼び、人の心を打った。


しかし小娘を貫くことはない。


どんな競技にも天才はいる。


どこで格ゲーと出会い、どんな努力をしてきてのか。


小娘は常にゲームを楽しんでいるように見えた。


小僧が苦悩している裏で。


小娘の茶色い目玉は悠々と見開き、生き生きしていた。


台を挟んだ二人は対照的で見ていられなかった。


そんな二人の間に割って入って私も挑戦した。


上には上がいる。どんな競技にも天才はいる。


そう確信して言えるのは私が実感したからだ。


小学生に分からされた。


小僧にも小娘にも圧倒的にやられて血の気が引いた。


台蹴りする気も起こらない。


その日が私が格ゲーを引退した日だ。


ゲーセンなんかどうでもよくなって大学で遊びまくった。


酒だの男だのって。


それから数年後、教師になった私はふと近くに寄ったもので昔通っていたゲーセンに入ってみた。


当時格ゲーに燃えていたあの頃が懐かしくもあり、土下座をさせてしまった店主に一言謝ろうと思った。


店主を探してフラフラ店内を歩いていると人だかりが目に入る


近づかなくても分かる。


そこは私の青春の抜け殻が放置されたまま転がってる格ゲーコーナーだった。


一気に記憶が蘇った。


直感的にこの人だかりは小僧と小娘が作り出したものだと確信した。


私は駆け足で近づく


その熱気の中心に。














格ゲーコーナーの入り口にはパソコンで印刷された貼り紙に


『ノーカードvsTOKYO  10先イベント』と書かれていた。


ノーカードとは間違いなく小僧のことだ。


格ゲーにはプレーヤーカードというものがある。


ゲーム台の端に設置された機械に電子マネーのようにそのカードをかざすとプレーヤーネームとバトルポイントがキャラの体力バーの下に表示されるようになる。


バトルポイントは勝てば増えて負ければ減る。


ポイントの奪い合いを楽しめるものになっている。


当時私が通っていた頃はほぼ全てのプレーヤーがカードを作っていたが小僧だけは作っていなかった。


だから“ノーカード”と呼ばれていた。


ここのゲーセンで名前の分からない強豪プレーヤーはただ一人だけだ。


強豪プレーヤーは噂が噂を呼び全国のゲーセンで有名人になる。


引退したとはいえ、昔からのゲーセン仲間から時々話は聞いていた。


今“ノーカード”と“TOKYO”が熱いと。


“ノーカード”は分かる。


しかし“TOKYO”が分からない。


人だかりをかき分けて最前列までくると姿勢のいいセーラー服が対戦台に座っていた。


こんな獣が住み着くジャングルみたいな場所で戦う女


しかも“ノーカード”と10先を組まれるほどの実力


そんな奴はもう一人しかいない。


バトルポイントは全国一位、


カードを作り“TOKYO”となった小娘は少女へと成長していた。


小僧と小娘のケンカは


少年と少女の真剣勝負に変わった。


この二人が10先が組まれるということは


死んだ目をしていたあの時から今まで


少年は、少女に勝つことを諦めていなかったということになる。


病的な執着心だ。


TOKYOが勝つという声がギャラリーから飛び交っている。


TOKYOに敵う相手はもうノーカードしか残っていないらしいが、そんなノーカードすら普段は全く勝ててはないらしい。


もうずっと何年も負け続けて朽ち果てているにもかかわらず心も命も捧げて立ち向かう少年


そんな相手に勝ち続ける少女


二人の戦いに私は心を奪われた。


結果はギャラリーの予想通り少女の勝ちだった。


10-8。


あともう少しのところで少年は勝ちを掴み損ねた。


取れなかった“後2本”の重みに少年は押しつぶされ、台に突っ伏したまましばらく動かなかった。


きっとまた立ち上がって挑み続けるのだろう


だからこの10先が終わっても二人の戦いは続く


そう思っていた。


しかし


二人よりも先に、熱い戦いが行われていたその舞台が燃え尽きた。


経営困難につきあえなく閉店。


あっけなく大人の都合で二人の戦いに終止符が打たれた。


もう少年にも少女にも出会うことはないのかと思うと心残りだった。


遠く離れたゲーセンに足を運んでみたがその姿を見ることはない。


場所を変えて確かめてみたが結果は同じだった。


私は二人の対戦をもう一度見たいと思う。


命をかけて一つのことに没頭する姿は間違いなく見てる人の心を動かした。


東京にはもうゲーセンなんか数えるほどしかない。


わざわざ条例なんか作らなくてもゲーセンは年々減っていっている。


ただの娯楽だからな。


しかしその娯楽にこそ人が集まるんだよ。


カラオケ、ボーリング、大型テーマパーク。


歳を取るごとに色んな娯楽を経験して色んな思い出が積み重なる


ゲームセンターもそういう場所の一部であって欲しいと思う。


二人の戦う舞台を用意したかったというのはその時心が熱くなっていたから強烈に理由として残ってるだけだ。


本当は私の青春が他の人の青春にもなってくれれば最高だと、そう思ってるだけだ。


だからゲームセンターを作った。


私は本気でゲームセンターという文化を守りたいと思っているよ。
















ノーカードって原津森なのかな。


とかって想像してみる。


原津森がゲームしてるとこをすぐ後ろで見てると妄想が膨らむ。


食べ終わって帰ってきてもまだやってた。


お腹減らないのかな?


安見さんは原津森の隣の台で対戦してる。


ゲーセンのゲームってもっとガチャガチャやるものだと思ってたけど二人ともちゃんとタイミングを測って冷静にボタンを押してる。


二人っていつからの知り合いなんだろう。


道引先生は4階に来るまでは一緒だったのにいつの間にか居なくなってた。


さっきのゲームセンターの話面白かった。


大人の人の青春話って初めて聞いたかも。


道引先生、台蹴るのなんか似合う。


ゲーセンってプリクラ撮ったり景品取ったりするだけのとこだと思ってたけど


熱い世界があって、人の生きがいになってる。


弟にとっては自分の部屋が熱くなれる世界なのかな。


もしそうならもう邪魔はしない。


でも本当にそうなのかどうかはちゃんと話して確かめたい。


そう思うと居ても立っても居られなくなった。


ちゃんと練習しなくちゃいけない。


「先帰るねっ」


対戦中の安見さんと原津森に別れを告げると


安見さんは「今日はありがとう」と私の方を見て小さく笑ってくれた。


原津森は「おーん」と言って私の方を見ずに声だけで小さく私を突き放した。


二人に背を向けると行く道が決まったみたいに足取りが軽くなる。


でもせっかく軽くなった足にすぐ脳がストップをかけた。


行く道が決まっても私は帰り道を知らない。


天を仰いで鼻からゆっくりため息をついてみても何も解決策が浮かんでこない


そんな私を助けてくれたのは意外な人物だった


「姉木ぃ、送るからちょっと待っとけ」


私の方を見ずに私を突き放した人が遠くからはしごをかけてきた。













ゲーセンの最寄り駅までで大丈夫って言ったのにちゃんと家まで送ってくれてる。


あれだけゲームに入り込んでたのに。


「お母様にお前のことを『お願いね』と頼まれた」


「オレはそれに了解した」


そう言って少し不貞腐れながら私の家まで歩いてる。


駅から私の家までは結構距離があって、何か色々話すには都合がよさそう。


気になってることを聞くチャンス。


そんなことを考えながら隣に目をやると原津森は唇を少し歪ませた不貞腐れた顔を真顔に直してた。


「後、お母様に謝らないといけない」


今日の朝も同じ道を、同じ人と通ったことを不思議に感じる。


何だかすごい旅にでも出てたような一日。


ママと原津森が何話してかは知らないけど、


謝罪ということで言えば私も原津森に謝らないといけない。


ノリでゲーセンについて来ちゃって、邪魔して、申し訳ないなと思う。


それはもう私の中で“ノーカード”は原津森だって勝手に変換しちゃってるから。


オレには勝ちたいやつがいる


次は絶対に勝たないといけない


そうやって怒った意味が、道引先生の話を聞いた後だと透けて見えてくる。


本当に原津森が“ノーカード”なのか、


雰囲気を作って尋ねたら勘づきそうだから唐突に聞いてみた


「ノーカードって知ってる?」


一瞬ピクッとなって止まったけど何ともないフリして歩きだした。


だから追撃してみた


「TOKYOって知ってる?」


原津森の体がビクンッと痺れた。


アゴが上がったまま止まってる。


隠しても隠し切れるようなリアクションじゃないことを本人も悟ったらしい。


「お前、何で知ってる?」


固まったまんまでこっちを見ないようにしてるから正面に回ってやった。


「TOKYOって変な名前だね!」


「アルファベットでTOKYOってことは外国の人?」


原津森はゆっくりため息をついて薄目で遠くを見てる


「日本人の、女だ」












当時は変な名前の奴なんて腐るほどいた。


TOKYOなんてまだ全然マシな方だ。


名前なんてどうでもいい。


格ゲーは強いか弱いかだけだ。


強ければそいつの名前はデカくなる。


弱ければ誰にも知られず灰になって消える。


それだけ。


オレはずっと追っかけている。


どれだけ格ゲーを掘って潜ってもTOKYOには辿り着けない。


本当の意味で地の底まで潜らないと多分TOKYOには勝てない。


それほど格ゲーは奥が深い。


弟も潜っているはずだ。


だからお前も潜らないと勝てないぞ。


弟が居る所まで息を止めてでも潜らないと


弟には勝てない。














原津森は人の本気を笑ったりしない。


ゲームのこと聞いたらいつも真面目に答えてくれる。


色々話してたらもう家に着いてしまった。


玄関を開ける前に言っとかないといけない。


「今日、ゲームの邪魔してごめんね」


原津森はやっと目を見てくれた


「別にいい。スイーツパラジャイスでチャラだ。」


スイーツパラジャイスで思い出した。


原津森に教えてもらったキャラ対、私は今から徹夜でやろうと思う


潜らなきゃ、勝てないから。


「あらぁ、おかえりぃ」


私が玄関のドアを開ける前にママが先に出てきた。


「こんばんは原津森くん」


「優を送ってくれてありがとう」


ママがお礼を言うと原津森は何も言わず会釈だけする


それとは別にもうひとつ頭を下げる


「昼のこと、すみませんでした」


面と向かってちゃんと謝った。


内容は分からないけど原津森がママに少しムカついたって話だった。


「全然大丈夫。こちらこそ、ごめんなさいねぇ」


言った後、視線を変えてママはなぜか私を見て笑顔でうんうんと頷いている


「ほらぁ、もう夜も遅いでしょ?」


「原津森くんがよかったらでいいんだけどぉ」




お母様は非常に笑顔でいらっしゃる。


許してもらえて何よりだが


オレはこの笑顔が凶器であることを知っている


なぜならこの笑顔は横にいるあなたの娘さんとよく似ていらっしゃるからだ


嫌な予感しかしない。



「今晩、泊まっていかないかしら?」









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