突如として現れた魔導校、方舟の生徒シルバとスカーが去って、数日。特にこれといった事は起きず、ただ時が流れた。それはもう平和すぎて暇なほどに。
(平和っていいねぇ……全部忘れてぽかぽかできるぅ……)
「いやいや、そんなに平和だったら今すごく楽だよ!?」
てことは今、楽じゃない?いやいや、この状況を楽といわずして何というのか。こんなにも窓から差し込む日の光が暖かくて、自然と瞼が落ちそうになるほどだというのに。あぁ、このまま寝たい、でもって本当にもう何もかもどうでもよくなりそう。
「ねぇ!?現実逃避やめよ!?てかユイも参加してよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
(え、いやだ)
「なんでぇぇぇぇぇぇぇ!?お姉ちゃん泣くよぉぉぉお!?」
「だってお姉ちゃんのせいじゃん」
あ、補足。めっちゃ叫んでるお姉ちゃんは確かに平和じゃない。寧ろ修羅場だ。
「酷いっ!」
「……あのさ、こっちからしたら話し成り立ってないのに、一方的にミリシャが話してるようにしか見えない。というか……姉妹喧嘩の前に手を動かして。終わらない。帰れない」
(はぁ……きっと今頃は部活だーなんだーで楽しい日々を送ってるはずなのに。なんでこんなにも、狭苦しい生徒会室で学内の掲示物作りをやらなきゃならんのだ……)
こんな事になったのは、お姉ちゃんのせいで遅刻したのもあるけど、方舟の生徒二名が参加した……と言えるかは正直微妙だから、スカーとシルバが現れた入学式が終わって翌日の事。意外と学園内は穏やかに時が流れていた。
「食堂は多分込んでるだろうから、パンでいっか」
丁度その時はお昼、私は学食……ではなく購買のパンで昼を済ませようと廊下を歩いていた。勿論キリカに見つかりたくないのもあるから遠回りしつつ早歩き。でもその思いは一瞬で潰された。
「ユゥゥゥゥゥイィィィィ!」
「廊下で妹の名前を叫ぶな!恥ずかしい!」
私を廊下で見つけた途端、廊下を犬のように猛スピードで駆け抜けてくるミリシャ。今日に限ったことじゃないけど本当騒がしくて、妹ながら恥ずかしい。だから学園ではあまり会いたくないんだけど、今日はツイてなかった。
(にしたってそんな急いで何の用なのか……いや、この人のことだ、どうせ私とお昼食べたいとかでしょ)
「ピンポーン!でも教室に居なかったし、こんなに遠回りしてるんだもん!探すの簡単だったんだからね!あ、嫌だとは言わせないぜ?」
「チッ」
「舌打ちしたぁぁぁぁ!」
探すの簡単って、普通は逆だと思うが、お姉ちゃんはどこの犬なのか、私の匂いや、千里眼ならぬ千里耳で場所を突き止める謎の能力がある。とはいえ私だけだけど、逆に私だけだから妙にストーカーされてる気分で気持ち悪い。更には、これだけ探し回ったんだから、私に拒否権を与えようとはせず、キラッとした目で、にっこりと笑ってかっこつけるミリシャ。自然に舌打ちが出ちゃうほどもう嫌……
(だからといってお姉ちゃんが嫌ってわけじゃないし、変態行為もある意味慣れたからどうでもいいっちゃいいんだけど)
「――そいえば今日から食堂使えるのに売店なんだね?」
「だって混むじゃん。待たなきゃならないのは嫌だからね」
捉まってもなお早めに歩き売店にたどり着くと、不思議そうな顔で尋ねるミリシャ。確かに新入生は今日から学食が利用できる。だからこそ混雑すると考えて売店に来たんだけど。
ちなみに売店は経営部生徒が経営していて、パン以外にも、おにぎりや、お菓子、飲み物も扱っている。まあ余計なものを売ったって仕方ないし、何より経営を勉強する為の場所だから仕方ない。ただ難点なのは数に限りがあること。つまりは――
「売り切れ……だと」
「まぁ……そういう時もあるさ」
「あれ、会長……会長も売店で?」
売店に何も無くて落ち込んでると、後ろから慰めの言葉が聞こえる。振り返れば、凛々しく立つ生徒会長の姿。ただ会長も会長で、私と同じく売店に何も並んでなくて、凛々しい雰囲気とは裏腹に悲しそうな顔を浮かべていた。
「まぁ……新入生の食堂解禁初日は混むからね」
「ほほぅ、ユイと一緒だ」
「まあ無いものは仕方ないし……一緒に食堂でご飯食べないか?丁度話したい事もあったし。奢るよ」
「「食べます。というか食べさせてください」」
「あっはは……君たちは本当に仲がいいね。流石姉妹だ」
昼ご飯を食べれないのは流石に辛いし、せっかくの奢りの誘いを断る理由もなく。同じ言葉を同じタイミングでお姉ちゃんと被ったのは、なんか嫌だけど。まぁ今回は仕方ないって事で。
食堂は売店から歩いて五分ほど。経営部の生徒が売店活動終了時に、すぐご飯を食べれるようにと配慮されている。しかし考えてみればこんなに近いからこそ、競い合いも勃発するのではないだろうか……もしそうならば、売店の食べ物が売り切れるのはなんとなく納得がつく。
「さて、好きなもの選んでいいよ」
「じゃあ、ウルトラ級激辛タバスコッティ!」
「おいこら、限度を考えなよ……そもそもそんなの食べれるの?ネーミングからしてやばそうだけど……あ、私は幕の内定食で」
「こういう時遠慮して、後々後悔するんだよねー。本当にいいの?」
「は、はい。私お姉ちゃんより食べないので」
食堂に着けば、意外と列はなく、最初からここに来ればよかったと今更後悔する中、ふとっぱらなことを言う会長。お姉ちゃんは甘えきってて、一番高い『ウルトラ級激辛タバスコのレッドスパゲッティ』を頼んでいた。家でもそんないかにも辛そうなものなんて食べないのに……でも会長は気を使いつつわかったとだけ言って、本当に私たちの分まで食券を買ってカウンターに置く。なんて優しいんだこの会長は!くぅ……私の目には輝いて見えるよ……
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