クラス丸ごと召喚されたけど、モンスターマスターは嫌われものでした

だんご3
だんご3

2話 登録

公開日時: 2020年9月2日(水) 16:00
文字数:3,509

「では、私はここで待っていますから」

ルナは町の入り口に近い森の出口に降りた。そこに寝そべり小さく欠伸をする。ここは拠点予定地からさほど離れていない場所だ。


拠点ができても町からさほど遠くはないので買い物などは簡単に行えるだろう。

「うん、行ってくる」

街道に沿って歩くと、町の門が見えてきた。

周囲をぐるりと見回すと色々な店が目に入った。酒場、武器防具屋、宿屋にカジノ。


町の人達も日本とは程遠い服装をしている。鎧男にローブ女。

わくわくしながらギルドを探す。大通りを抜けても見つからないし路地裏を覗いた先にもない。

「あの、すみません。ギルドってどこにありますか?」


近くにいた女騎士に尋ねる。金色の髪に青い瞳が美しい女性だ。今思えば、よくこんな美人に話しかけられたもんだ。 日本にいたらそんな機会は無かっただろう。


「君、ギルドに何の用だい?」

「え、えと……登録したくて」

「妙な服着てるけど、どこ出身?」

「えーっと……」


この場合なんて答えれば良いのだろうか。日本? それとも一番最初に訪れたアルデミア?

「自分の出身地も知らないのかい?」

「あ、アルデミア」


「変な見た目でアルデミア出身かい。もしかして召喚されたんだね?」

腰を曲げて俺に目線を合わせる。じーっと顔を近づけて学生服を見つめる。。

「はい、まあ、連れてこられました」

「そうかそうか。それじゃあ、ちゃんと案内してあげなきゃね」

彼女が一言発する度に甘い吐息が鼻をくすぐる。

「ほら、こっちだよ」


「あ、ありがとうございます」

「私はアンナ。君は?」

「坂下ユウスケです」

女騎士ことアンナに連れられてギルドへ。人混みに巻き込まれて離れそうになると、彼女が手を握ってくれた。

冷たい籠手の感触だが、俺の体温は上昇する一方だ。


「まったく、人混みに負けるような体で大丈夫なのかい?」

「たぶん……」

「やれやれ、先が思いやられるよ。なんて言ってる間に到着だ」

二階建てで木で建てられた建物だ。両開きの扉をくぐると冒険者達で賑わっていた。


「あそこで登録してきな」

「ありがとうございました」

一礼してカウンターに行く。三つあるカウンターの右端に進むと、栗毛のクールなお姉さんが無表情で対応してくれた。


「ようこそ、イーリア支部へ。グリモアを提示してください」

胸ポケットからグリモアを出して渡す。技巧欄を見て、彼女は片方の眉を釣り上げた。俺とグリモア、交互に目を向ける。

しかしすぐに視線を落として目当てのページを探し出した。


「宣誓書に名前を書いて血判をお願いします」

紙とペンと銀のナイフをカウンターに置く。 

取り敢えずささっと名前を書き上げる。日本語が読めるのだろうか、と不安になったが、その心配は杞憂に終わった。

特に何も言わずに彼女が名前を読み上げる。


「け、血判ってどこの指に……」

「薬指を切って名前の横に押してください」

包丁より少し軽いナイフを右手に持つ。リストカット等の自傷行為は一切やったことはない。

手が震えてとてつもなくみっともない。


「お手伝いしましょうか?」

「お願いします……」

小さな手が左手首を掴み、右手のナイフを近づける。切っ先が指に触れ、奥深くまで突っ込まれる。

ナイフを抜き取ると、赤い滴が紙にポタポタ垂れる。

「判を押してください」

ズキズキと痛むが気力で押す。随分と深くさしてくれたようでまったく血が止まらない。


「少し深く刺しすぎましたね。《キュア》」

緑色の光が薬指を包んだ。たちまち傷が塞がり、痛みも消える。

「今のは……」

「回復魔法です。ご存じでしょう?」

「え? ああ、まあね。うん」


「それでは早速業務の流れをご説明いたします」

クールお姉さんが引き出しから大きなファイルを取り出した。

「まず、貴方のグリモアにギルド情報が書き込まれました。貴方が依頼を受けると、そのページに目的と達成条件が記されます」

「グリモアって便利だな」


「次に危険度についてです。危険度とはF~SSまで存在し、危険度が高いほど報酬も豪華になります。まあ、貴方はFから始めるのをオススメします」

「どの危険度を受けてもいいの?」

「登録したてでも受けられますが、余程強くない限り止めておいた方が身のためです」


「大丈夫、仲間がやたら強いから」

「仲間の足を引っ張らないようにしてくださいね。最後に掟破りについてです。ギルドの掟はいたって簡単。法律違反を冒せば即刻死罪です。どんな小さな事にも関わらずですよ。うちは信用を売りにしてますから」


「それを破ると?」

「全ギルドに指名手配されて総力をあげて殺しにかかります。今までの掟破りで最長逃走時間は十五分です」

「ほんと?」


「はい、如何なる小さな悪事でも、です」

パタンとファイルを閉じて元の場所にしまう。

「これにて登録完了です。あちらの受付で依頼を受けてください」

クールお姉さんに促されて隣へ。クールお姉さんよりも背の高いオレンジ髪のお姉さんが対応してくれるようだ。

「登録お疲れ様です、貴方の初任務でお薦めなのは……」


これまた大きなファイルを開いて依頼書を一枚一枚確認する。

「例えば、お爺さんを隣町まで連れていくとか畑仕事を代わりにやるとかよ」

「魔物の討伐とか無いの?」

「あるにはあるけど……もっと実力をつけなきゃ死ぬわよ?」

「大丈夫大丈夫。仲間がめちゃくちゃ強いから」


「まあ、あんたが死んでも私は損しないし。ほら、危険度DからBの依頼書」

──流石にルナも魔物と戦うのは嫌がるだろうなぁ。

報酬が良くてなるべく簡単な依頼を探していると、擦りきれた依頼書を発掘した。


「あー!」

「え、何!?」

「これ、ずーっと前からある依頼書だ。さっさと片付けないと給料がぁ……」

カウンターに突っ伏して嘘泣きを始めた。時々視線を上げて俺が同情しているか確認している。


「この依頼、やってくれたら報酬倍で出そうかなぁ」

わざとらしい口調で言い、俺に視線を合わせる。

「できるの?」

「もちろん、依頼主に言えばいいのよ。この子は身寄りがなくて困ってるんです。こんな貧弱な少年がお腹を空かせた妹のために頑張っているんですー、とでも言えば大丈夫」


「絶対バレるだろ」

「いやいや、この依頼主は結構涙もろいからね。そういう系の話をすれば涙を流してくれるよ」

「うーん……これは酷い」


「あら、心外ね。あんたは手っ取り早く稼ぎたい。依頼主は早く解決してほしい。利害の一致って奴よ。行ってきなさーい」

胸元のグリモアが一瞬光った。


「それで依頼が記録されたわ。場所も書いてあるから頑張ってね」

「まったく……」

依頼内容を確認するべくそのページを開く。


内容:ゴブリンの討伐

場所:南アルデミア、金塊洞窟内

補足:大物が複数確認されたので注意されたし。


「ははーん……ゴブリンか」

スライムに次ぐファンタジー系定番のモンスターだ。低い知能の代わりに貪欲さと力強さを秘めている。

だが、ルナがいればなんとかなるだろうが、彼女もモンスター。殺すことを躊躇する可能性がある。


「おいユウスケ」

「アンナさん。連れてきてくれてありがとうございました」

「どういたしまして。なぁ、しばらく私と組まないか?」

「それは、一緒に戦うってことですか?」


「そうだな。どうだい? 色々教えてあげられるぞ?」

「いえ、大丈夫です」

「今さらだが君は武器を持っていないじゃないか」

「でも、なんとかなります」

「他に仲間がいるのか?」

「仲間……確かにいますね」

「そうか……ならいい。また、会おうじゃないか」

別れ際、アンナは少し悲しそうに微笑んだ。

──でも、俺といると迫害を受けるかもしれないから、関わらない方がいい。


「早く戻らないとルナが誰かに見つかりそうだしな」

駆け足で人混みの間を抜けて町を出る。人にぶつからないように器用に躱していく。通勤ラッシュの駅で

培った技術がこんなところで役に立つとは。

森の入り口の木陰で眠っていたルナの頭を撫でて起こす。


「ユウスケ……おはようございます」

「おはよう、ちゃんと登録してきたぞ」

「良かったです……それでは、最初の仕事に行きましょうか」

翼を大きく広げて伸びをする。鱗が太陽の光を反射してキラキラと煌めいている。


「場所はどこですか?」

「南アルデミアの金塊洞窟だって」

「わかりました」

地面を軽く蹴って飛び立った。人に見られないように雲の上まで昇っていく。


「なあ、ゴブリンを殺すことになるけど……できるか?」

「私は過去の事は気にしません。ただユウスケの為に戦います」

「そりゃあ、ありがたいね」


「おや、顔が赤くなってますよ。もしかして照れてます?」

「結構……女性にそういう事言われるの初めてだから」

「意外と可愛いところもあるんですね」

くすくすと目を細めて笑いながら目的地へと飛翔する。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート