「着きましたよ」
ルナが軽やかな着地をきめる。その脇にアンナが降り立つ。
「へぇ……」
目の前には木製で二階建ての家がある。平屋タイプでその隣には大きめの小屋がある。
「こっちがユウスケ達の家で、その右隣が私の家です。二つは繋がっているので、いつでもこれますよ」
ドキドキしながら扉を開ける。日本では生まれた時から同じ家に住んでいたため引っ越しについて知らなかった。
しかし、新築の家に入るこの高揚感、他では味わえない特別なものだろう。自分の家だというのに、勝手にお邪魔しますと呟いてしまった。
正面玄関で靴を脱ぎ、棚に乗せる。玄関を真っ直ぐ進むとリビングだった。
木でできた丸テーブルと椅子が六つ。誰かを招き入れた時のためだろう。
そしてキッチンまでついている。棚には包丁や皿、器なんかが完備されている。
「あ、冷蔵庫だ」
「冷蔵庫?」
コーディアが扉を開けると冷たい空気が漂ってきた。電気もないのに、なぜ。
「うわっ、凄い大きい魔石だよ!」
「何それ」
「魔力を秘めた石よ。これ、天然物よ……」
三段のうち、中央の段の奥に鎮座している半透明の石ころから白い煙のようなものが吹き出ている。
如何ほどに冷たいのか、と手を伸ばすとコーディアに乱暴に止められた。
「な、なんだよ」
「あんな大きな魔石を素手で触るって、馬鹿なの!?」
「まあ、魔石に関する知識が無いからね」
「いい、魔石には人工魔石と天然魔石があるの。人工は文字通り人の手によって作られた一般的なもの。ランプとか料理の火種にしたりとか、結構使われてるものなの」
「それじゃ、あのランプの中にも魔石が入ってるのか?」
「そうよ。比較的安いものがね」
電球みたいなものか、と勝手に解釈する。エネルギーが尽きたら新しいのを購入すればいいだろう。
「それで、天然物はかつての戦争の地にあるんだけど、滅多に見つからないの。この大きさなんか特にね。買おうとすれば数百万テンはするわよ」
「何で、戦争のあった場所にあるんだ?」
「魔力を秘めた石だからよ。戦争になれば魔法が飛び交う。敵に当たらず、外れた魔法は大地に染み込み、結晶を作りだす。それが天然魔石よ。半永久的に尽きることの無い力を持っているのよ」
「いいのかな、こんな凄いもの貰って──」
言い終わる前に、コーディアがオレの口を塞いだ。
「貰えるものは貰っておかなきゃね」
魔石の件でさらに興奮したコーディアは各部屋のドアを開け回っている。彼女が開け放ったドアの奥を確認しつつ閉じていく。
収納スペースが満載の物置に、フィレッジ村と同じ五ェ門風呂。しかし、こちらの方がいくぶんか大きく、広い。
「……なんか、もっとこじんまりしたのを想像してたのに、申し訳ないな」
「貰えるものは貰っておかなきゃ!」
再び決め台詞のように言い放つ。
キャッキャッとウサギ特有の跳躍力で二階に飛び上がる。それを追って俺は階段を駆ける。
「二階は全部が寝室なのか」
八個設置されたベッド。どれも白いシーツが敷かれている。横になれば今すぐにでも昼寝できそうだ。
試しにぼふん、と飛び込んでみる。柔らかいベッドが俺を受け止めて深くへこむ。しかし、すぐに元の形に戻った。
「ルナの所に行ってみようか」
階段を下りて右方向に進む。突き当たりには、反対側に存在しないドアがあった。
ノブを回してゆっくりと中を覗き込む。
「おお……」
ルナサイズに特注された巨大ベッド。彼女が乗ったとしてもだいぶ余りそうだ。丸まれば尚更に。
他には水を飲むための樽やテーブル何かが置いてある。
縦横共に広く、ルナもしっかりと羽を伸ばせそうだ。
「いやぁ、ここ本当に凄いな」
「どうですか? 気に入りましたか?」
「気に入るどころか、大満足だよ!」
「それは良かったです」
目を細めてルナが笑う。頑張った甲斐があった、という表情だ。
「私も見てきていいか?」
「いいですよ」
最後にアンナが家に足を踏み入れた。
「ほんと、凄いな」
「ええ、こんなにも大きな建物を六日で完成させるんですから」
「七日じゃないの?」
「最終日は色々と点検をしてました」
この家を建てた時の事を訊いていると、アンナが戻ってきた。右手に装着された鉄の籠手からポタポタと垂らしている。
そんなアンナの顔には苦笑いが張り付いている。
「アンナさん……」
「すまない……興味本位だったんだ」
「ちゃんと動く?」
コーディアが心配そうに腕に触れる。
「ああ、何とかね。魔法をかけて無理矢理溶かしたから。火の上級魔法だったのに、あの魔石には傷一つつけられなかったよ」
「そろそろ行ってきたらどうです?」
「どこに?」
「ギルドですよ。報酬を貰うんでしょう?」
「あ……」
ルナとコーディアは拠点に残り、俺とアンナがギルドへ向かう。森の中心を抜けて街道に出る。
門を潜って久し振りのイーリアの町へ。相変わらず人でごった返している。うまいこと人混みを躱して目的地を目指す。
「いらっしゃーい」
ギルドの中にはやる気無しの受付嬢、クリアしかいなかった。他にも冒険者がちらほらいるが、みんな一様に疲れきっている。
「いやーいやいや、お帰りお帰り!」
「あ、どうも」
「君達が帰ってきたって事はクラーケンを倒すことができたんだね」
「グリモアには一切不明と書いてあったが、知っていたのか?」
「もちろん、君達は偵察役だったんだから、怖じ気づいて逃げられたら困るしね」
屈託の無い笑顔で淡々と話す。良い人かと思っていたが、とても腹黒だったようだ。
「俺達が帰って来なかったらどうしてたんだ? 」
「そりゃあ、王国の精鋭達を集めて向かわせたさ。まさか、クラーケンが二人に倒されるとは……ま、いいでしょう」
クリアは俺の方をちらりと見て微笑んだ。キースの事がバレてしまったのだろうか。
「はい、お二人への報酬よ。村からのものと、国からのもの。二百五十万テンずつ入ってるので」
「どうも……」
「続けて受けていく?」
「いや、また明日来るよ」
じゃらじゃらと重い袋を両手いっぱいに抱えてギルドから出る。
「噂には聞いていたが……まさか本当だったとは」
「何がですか?」
「ギルドは冒険者の命を何とも思っていないことだ。よく噂されている事だが、使い捨ての駒とでも思っているのだろう。誰かが死んでも新しい冒険者がやってくる」
「……世知辛いですね」
「それでも私達は稼ぐために危険の中へ飛び込まねばならないんだ」
「そうですねぇ……」
「そこでだ、今日はユウスケの家に泊まらせてくれないか?」
「か、構いませんけど」
「ありがとう、いろいろと準備するから一度家に帰るよ」
それじゃ、と言ってアンナは翼で飛んでいった。町中の人が驚きの声をあげて空を見上げている。
見慣れている俺はさっさと人の間をすり抜ける。森の中に入り、拠点のある中央を目指して歩く。
普段なら難なく拠点に着くのだが、重い金貨袋を抱え、足下が見えない状況だと雑草に足をとられて思うように進めない。
「う……くそ……」
おまけにほとんど運動をしてこなかったため、辛い。剣を振り回せるといっても半分以上アビリティのおかげだから、金貨袋とは違うのだ。
やっとこさっとこ拠点に帰った時には、アンナが先についていた。
「遅かったじゃないか」
「袋が……重くて……」
その場に袋を投げ出して倒れ込む。続きはアンナが請け負ってくれたようで、家の中まで運んでくれた。
「まったく、情けないですね」
「しょうがないだろ……もとはただの高校生だったんだから……」
日が暮れるのを見ながら、芝生に転がってルナに言い返した。
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