「早く逃げないと……!!」
コーディアが言い終わるや否や、家の半分が崩れた。ベッドやランプ、ガラスが降り注いでくる。
冷蔵庫に立て掛けてある剣を握り、倒壊した部分から外に飛び出す。
「いたぞ!」
黒フードの集団が、森の奥からわらわらとやって来た。
「坂下ユウスケだな。貴様を排除する」
黒フードが手を前に突き出した。そこに複雑な魔法陣が浮かび上がる。
「ユウスケ!」
発射と同時に、コーディアが絶叫した。炎の豪速球を剣で突き刺した。
考えてやった事ではない。半ば勝手に体が動いたのだ。半分に割れた火球は背後の木へと衝突した。とたんに燃え上がる木。
「うわわ!」
焦った黒フードが水の呪文を唱え始めた。燃え盛る木の上空から大量の水が滝のように流れる。一瞬にして鎮火され、周囲に安堵の空気が流れる。
ただ、一人を除いて。
「雑魚一人に何を手こずっている」
「アレクシア様!」
黒フード達を掻き分けて現れたのは、レイピアを腰に携えた細身の男だった。紫色のさらさらとした髪に、少女のような顔立ち。しかし声は男のそれだ。
ただならぬ雰囲気を感じ取って剣を両手で構える。
「……何の用なんだよ!」
「アルデミア王国への反逆者を殺しに来た。それだけだ」
アレクシアがレイピアを抜いた。攻撃を受けるために極限まで集中する。
「いかほどの強さかは知らないが……手加減はせん」
滑るような動きでアレクシアが近づいてきた。音もなく、刺突を繰り出してきた。
最初の数撃こそ弾けたが、次第に速度が上がっている。遂にはいくつもの刺し傷を負う。
肩、太股、腕。血がどばどばと流れ始める。せっかくライジュが整地したのに、もう汚れてしまった。
「他愛もない。お前らが始末しておけ」
溜息をついてアレクシアが背を向けた。冷めたような奴の瞳に、猛烈に腹が立った。
「おい待てよ……」
剣を杖代わりに立ち上がる。戦えるように剣を構え直すが、刺された箇所がズキズキと痛む。
「なるべく痛まないように死なせてやろうかと思ったが……」
アレクシアが身を翻して飛びかかってきた。脳天目掛けた突きをしゃがんで躱す。
空を切ったレイピアを引き戻すより先に、その刀身を掴む。掌に血が滲むが歯を食い縛って強く握る。
アレクシアの顔に驚きと焦りが浮かぶ。
「お前、負けを知らないだろ」
「当たり前だ! 私に負けは許されていない!」
アレクシアの腕に力がこもる。それに対抗して俺も力を加える。傷口から血が噴き出す。
「くらえッ!」
脛を蹴りあげる。敵の顔が痛みに歪んだ。それでも体勢を崩さずにレイピアを引き抜こうとしてくる。
そうはさせじと、高く掲げた海神の剣をアレクシアの胸へ振り下ろす。銀の胸当てを貫通して肌を切り裂いた。
アレクシアの動きが鈍くなった。おそらく、初めての大きな傷に怯んだのだろう。
流石に殺人はよくない。剥き出しの腹へヤクザキックを叩き込む。連続で怯んだところに鼻っ柱へ右ストレート。
人を殴る経験が無かった俺は、指の骨が嫌な音をたてた気がした。
「らあッ!!」
とどめと言わんばかりの強烈な金的をおみまいする膝から崩れ落ちようとするアレクシスの顔面にインステップキックを命中させる。
綺麗な顔は泥と血にまみれ、涙が零れている。ここまで徹底的に痛め付けたのは初めてだ。
「なんか……ごめん」
「や……れ……」
膝を立てて座り、アレクシアに謝る。が、謝罪に応じるどころか、弱々しく手を上げた。
「総員!! 放てえッ!!」
リーダー格の黒フードが号令をかけた。それと同時に大量の魔法が飛んでくる。
火、水、風、雷──ありとあらゆる属性の魔法が空を駆け巡る。その大半が俺を狙い、残りがユーリィ達を狙う。
「ユウスケ!」
天空から、アイツの声が聞こえた。太陽に鱗を光らせ、俺を覆うように着陸する。
異常なほど大きな咆哮が全ての魔法をかき消した。
「ルナ!」
「いやはや、間に合いましたね」
「行け! 兄貴! ライジュ!」
ユーリィの掛け声で二人が飛び出した。レイルはシャベルを右手に、ライジュは雷鉄砲を放つ。
ものの数秒で黒フード集団は壊滅し、生き残りは逃げていった。
「な、何も殺すことはないだろ?」
シャベル一本で首を吹き飛ばし、胸骨ごと抉り取る。恐ろしい戦闘力だ。
「甘いことを言うな。こいつだけは生かしておく」
そう言ったレイルはアレクシアを縄で縛り上げた。
「誰か、回復魔法を使える奴はいないか?」
「任せて……《エクスキュア》」
黄金の輝きがアレクシアを包む。たちまち傷が塞がり、元の少女めいた顔になる。
「ありがとう……えーと」
「コーディアよ」
「ありがとう、コーディア。俺はレイル」
レイルが数回頬を叩くと、彼は目を覚ました。
キョロキョロと周りを見て、次に舌を噛み切った。口からどばっと血液が垂れる。
レイルが舌打ちして指を鳴らした。すると、重力に従っていた血が上方向へ昇り始めた。
「な!?」
もう一度舌を噛みきる前に、口の中へハンカチをぶちこむ。もがもがと話すことも喋ることもできなくなって、アレクシアは諦めた。
「こりゃ、強情だな」
「セリアに任せるか」
「いや、姉貴よりもギルダの方がよくないか?」
「それもそうだな」
ユーリィとレイルの会話だが、いまいちわからない。とりあえず、姉貴かギルダという人に頼んでアレクシアから情報を聞き出すというのだろう。
「俺と兄貴はギルダの所に行ってくるから。みんなは待っててくれ」
「ボクは?」
「ライジュはここでユウスケ達を守ってくれ」
「……わかった」
「そんじゃ」
「おっと、その前に」
ユーリィとレイルが去ろうとするが、数歩歩いてレイルが振り返った。
そしてアレクシアの時と同じ様に指を鳴らした。たちまち倒壊した家が新品同様に戻る。
「じゃ、今度こそ」
手を振って、レイル達は森の奥へと入っていった。
「それで、アンナさんが捕まったって言ってたけど、どういうことだ?」
「えと、朝ギルドで依頼を受けたの。外に出たらアルデミアの兵士がたくさんいて反逆罪で捕まっちゃったのよ。何とか私は逃げてきたけど……」
「反逆罪なら死刑ですね」
ぬっ、とルナが首を挟んできた。
「早いとこ助けないとな……」
舌打ち混じりに呟く。ここから、あの始まりの地へ戻らねばならぬというのだ。
ルナやライジュがいるからいいものの、クラーケン戦のラストで十字を放った奴がいる。
名を、確かリュミエルと言ったか。アンナ曰く、世界最強だとか。
「アンナの話の最中に悪いんだけどさ、貴女、誰?」
コーディアが自分の倍ほどの背丈のライジュに目を向ける。
「ああ、この娘はライジュ。一番強い獣人」
「よろしくね、コーディア」
「よろしく、ライジュ」
ふかふかの手で握手を交わす。両方の手で頬を挟まれてみたいという願望が俺の中に沸き上がるが、我慢。
「で、どうやって助けるかだ」
「それはユーリィとレイルが情報を持って帰ってきたらでいいんじゃないかな」
「んー……それもそうか」
敵の死体は残っているが、一応決着はついた。安心したら、アレクシアに突き刺された所が猛烈に痛み始めた。
「《ハイキュア》」
キラキラと温かい輝きが傷に触れる。すぐさま塞がって元通りの綺麗な肌となった。
「なぜ今になって、王国が攻めて来たのでしょうか」
「あー……思い当たる節が一つあるんだよね。たぶん、これが正解だと思う」
「何か……あったのですか?」
「昨日の夜、横田と戦ったんだ。ここでね。だーれも起きて助けてくれないから一人で戦ってさ。逃げられたわけで、その後にディアスに報告したんだと思う」
が、魔物や獣人といった人以外のものを極端に嫌うディアスによく近づくことができたな。進化した腕の能力はそのままで元の形に戻すことができたりするのだろうか。
様々な不安がよぎるが、今は流れに身を任せるしかない。
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