「ユウスケ、そろそろ起きて」
窓から暖かい光が射し込んできた。嫌がるように顔を背けると、コーディアに頬を軽く叩かれた。
「うーん……」
布団を剥がされ、気力で目を覚ます。大欠伸をしながら目を擦ってベッドに座る。
「お前、朝から元気だな……」
「日光を浴びるとね、自然に目が覚めるのよ」
「そりゃ羨ましいね」
ちらりとアンナに目を向けると、とんでもない状況になっていた。体が半分以上ベッドからはみ出していて今にも落ちそうだ。
綺麗な金髪もボサボサで所々跳ねている。
「なんとか直そうと試みたんだけどどうにも上手くいかなくてね。あのままなのよ」
「へぇ……しばらくしたら起きるだろうよ」
ぐいっと腕を天井に向けて伸ばす。腰や肩がポキポキと小気味良い音がした。
「さあ、顔を洗いに行こうか」
靴を履いてドアを開ける。一際強い日差しに目が眩んだ。それでもなんとか踏み留まって新鮮な空気を吸い込んだ。
ふぅ、と一息ついたのと同時に、背後でどすんと音がした。ドアを開けて中を覗くと、アンナがベッドから落っこちていた。
「むぅ……」
不機嫌そうな顔をしてぶつけた箇所を擦る。床に手をついて立ち上がると、のそのそと服を脱ぎ始めた。
脊髄反射で扉を閉める。コーディアに連れられて井戸まで歩く。
周辺には村人達がうろうろしていた。バケツで水を汲み取る。
冷たい地下水で顔を洗うと、途端に目が冴えた。
「おはよう、ユウスケ」
「おはようございます」
着替え終えたアンナが寝ぼけ眼で背後に立っていた。場所を譲ると、バケツの中に顔を突っ込んだ。
豪快な洗い方だ、と感心すること数分。大丈夫だろうかと、コーディアと顔を合わせる。
肩を叩こうと手を伸ばす寸前、大量の飛沫を上げながらアンナが顔を出した。
「はぁ……はぁ……」
呼吸は荒いが、とてもスッキリした顔をつきだ。
「ふぅ……おはようユウスケ、コーディア」
「おはようございます」
改めて挨拶を返す。アンナはポケットから取り出したゴムで髪を一本に束ねた。
「いやはや、見苦しいところを見せてしまったな」
持ってきたタオルで拭きながら言った。
「寝相が悪すぎてな、ベッドから落ちるんだ。だから普段は床に敷いているのだが……用意してもらってわがままは言えないしな」
タオルを首にかけて、苦笑する。髪を下ろしている姿もいいが、結っている姿も悪くはない。
むしろ、結んでいた方が好みだ、とは口には出さない。
「あ、あの……」
後ろから、肩を突つかれる。体の半分だけを捻ってそちらを向く。
赤毛の少女がモジモジとしながら何かを言いたそうにしている。
「えーっと……どうしたの?」
「朝食の準備ができたので、呼びに来たんです」
「ありがとう、助かるよ」
「いえ、命の恩人ですから」
赤毛の少女が微笑んだ。この世界に来て一週間程度だが、どこでも見たことがない。
「どっかで助けたっけ?」
朝故か、思考回路の鈍っている今はそのままの意味で受けたとってしまった。コーディアに足を叩かれる。
「これから、救う予定って事でしょ」
「ああ、イカの生け贄になるはずだった子か」
「はい、本当に感謝してもしきれないです」
「わかるよ、生け贄になる気持ち」
初めてこの世界に送り込まれた時の苦々しい思い出が件名に蘇る。
モンスターマスターというだけで王様に怒鳴られ、打ち首にされかける。果てにはクラスメートに蹴り飛ばされて銀竜の生け贄だ。
だが、助かったからよし、とすべきなのだが。
「何日も前から、ずっと怖くて……部屋でずっと泣いて……お母さんも泣いて、自分が代わりに生け贄になるからって……でも、イカは若い娘しかだめだって……」
俺のようにいきなり生け贄宣言された訳ではないから辛さはとてつもないだろう。
それに、親を悲しませるというのは許せない。何がなんでもイカは殺す。
「俺達が絶対に倒すから。安心してくれよ」
「はい!」
赤毛少女に案内され、彼女の家へ。開け放たれた窓から、良い香りがする。この感じは、シチューだろうか。
いや、漁村というくらいだから、魚介を使うクラムチャウダーだろうか。
「お母さん、ただいまー」
「お帰り、マーサ」
「お邪魔します」
ぺこっと頭を下げて入る。
「ようこそ、我が家。狭いけどゆっくりしていってください」
席に案内され、朝食の登場を待つ──のだが、長方形のテーブルの向かい側にいる父親がだばだば号泣して気まずい。
俺をの右隣にいるコーディアとアンナは、マーサこと赤毛少女と楽しそうに話を広げている。いわゆるガールズトークというやつだろう。
そういうわけで号泣パパさんの相手は俺がすることに。
「む、娘の……ために! っ……ありがどう、ございまずっ!」
「あんた、いつまで泣いてるんだい。テーブルが汚れるからあっちで泣いてくれ」
嫁さんに一喝されて、しぶしぶ別の椅子に座り込む。
「娘と同い年くらいなのに、君は偉いなぁ……」
ハンカチで涙を拭きながら呟く。
「はい、クラムチャウダーです」
テーブルの上に白い深皿が乗せられる。
クラムチャウダーとは、確か二枚貝に野菜やベーコンをぶちこんで煮込んだ物だった気がする。各国様々な種類があり、味もまちまちだそうだ。
パンも貰って食べ始める。久し振りの母親の手料理だからか、とても美味しく感じた。
ただ一心不乱にスプーンで掬っては口に入れ、パンを齧る。そんなこんなで三杯ほどおかわりしてしまった。マーサの母は大変喜んでいた。
「ごちそうさまでした」
満腹になって帰ろうと、立ち上がる。マーサの両親に頭を下げ、家を出ようとする。
ドアノブに手を掛けたところでマーサ母に呼び止められた。
「もしよかったら、お昼も家においで」
「はい、よろしくお願いします」
少し張った腹を擦っていると、砂浜にルナが降り立った。
「おはよう」
「おはようございます。朝御飯は食べましたか?」
「クラムチャウダー貰ったぜ。ルナは?」
「私は猪を一頭です」
そう言う割には、血生臭さを感じない。歯を磨いたりしてるのだろうか。
「ユウスケ、私はコーディアを借りるぞ」
アンナがコーディアを小脇に抱えて言った。頷く前にさっさと二人は浜の奥へと去った。
「えぇ……」
「私と空の散歩にでも行きませんか?」
「いいね、色々聞きたい事もあるしさ」
軽やかにルナの背に乗る。ルナが地面を蹴り、翼をはためかせると砂埃が上がった。
口と目と鼻を腕で覆って砂塵から身を守る。
砂が落ち着いた頃には、漁村が小さく見えるくらい遠くに来ていた。
低空飛行のため、翼の先が波頭を掠める。
「しっかり掴まっててくださいね」
眼前の大岩に衝突する寸前、ルナが直角に舞い上がった。凄まじい風圧を受けて手を放しそうになるが、なんとか気力で持ちこたえた。
雲一つ無い青空を悠々飛び回る。こんなの、ヘリコプター何かでは到底できない。
「あそこに降りますよ」
海の上にポツンとう浮かぶ小さな島。人が住んでいる気配は無さそうだ。
第一に、集落のようなものが見当たらない。
ふわり、と波打ち際に着陸した。
「ユウスケ、前々から気になっていたのですが、元の世界に帰りたいと思っていますか?」
「元の世界、ね。心残りはあんまり無いかな。じいちゃんとばあちゃんも俺がいない方がゆっくりできるだろうし」
「ご両親はどうされたのですか?」
「んー、死んだ。俺が六歳の頃、車に乗っててね。前から居眠り運転してたトラックが突っ込んできたんだ。前の座席にいた父ちゃんと母ちゃんは即死。後部座席で寝てた俺は重症。そういう事さ」
俺の誕生日だったあの日。誕生日と同時に命日になってしまった。それ以来俺は自分の誕生を祝わず、父母の偲んだ。
「そう……ですか」
「だからさ、今日の生け贄のはずだったマーサを見て気合いが入ったよ。親と子供は別れさせちゃいけないなからね」
「嫌な事を思い出させてしまいましたね……すみません」
「気にしないくていいよ。もう、ふっ切れてるから」
短い沈黙を俺が破る。
「話変わるけどさ、イカについて教えてくれないか?」
湿っぽい話を打ち切り、今夜の討伐に必要な情報を尋ねてみた。
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