「それでは、行ってきます」
「一人で行くのか?」
「え、まあ……」
「止めはしないが一緒に行った方が安全だろ?」
俺がハンマーを取りに行っている間にアンナも剣と盾を持ってきたようだ。しかし依然として水着のまま。
「剣と盾持ってるのに何で水着なんですか?」
「体を拭いたりするのが面倒でな。別に構わないだろう。回復役もいることだし」
「コーディアも連れてくんですか?」
「いいじゃない、私がいれば安心でしょ?」
俺の肩によじ登りながら言う。乾きかけの体に濡れた体毛が張り付く。
「うーん……危ないことはするなよ?」
「クラーケンに何度も飛びかかったユウスケに言われたくは無いわね」
それを言われたら、何も言い返せない。論破された、と溜息をつく。
「それじゃあ、行きますか」
アンナは、剣と盾を海水に浸けたくないから、と先に飛んでい行った。コーディアは俺の背中に乗りたいと言ってハンマーを持つ。
「誰かを乗せて泳ぐなんてできないんだよなぁ」
「大丈夫よ、できたらお腹触らせてあげるから」
二つ返事でオーケーしてしまった。
──ああ、俺は何で毛皮に弱いのだろう。あのふかふかで柔らかい毛に顔を埋められたら良いのに。
「ほら、さっさと進む!」
「はいはい」
肩に掴まったコーディアを落とさないように慎重に平泳ぎをする。そのため進み具合は先刻よりも遅い。
向こうに着く頃には、コーディアに気を遣いすぎてバテていた。それを見たアンナは何故か謝った。
「……ここからは私がコーディアの面倒を見よう」
「はい……お願いします……」
ハンマーを杖代わりによたよた洞窟を進む。一度ヒカリゴケに足をとられて派手に転んだ。
尻を打ち付け、数分間その場で悶えることになった。コーディアに回復魔法をかけてくれと頼んだら断られた。
「何で……」
「連続で使用すると魔法中毒になるからよ。打撲ならしばらくすれば治るわ。魔法に頼りすぎると身を滅ぼすわよ」
「ちくしょう……」
泣く泣く立ち上がって歩き出す。ひょこひょことした歩き方で恥ずかしいことこの上ない。
「大丈夫か?」
「まあまあ、ですかね……」
心配そうに横から覗き込む。彼女に心配をかけすぎるのも良くないと感じ、無理矢理笑顔を作る。
「そうか、後どれくらい進むんだ?」
「それなら、その辺に骸骨が転がってませんでした?」
「骸骨? 折れたサーベルしか無いぞ」
アンナが破片を拾い上げた途端、コーディアの鋭い悲鳴が洞窟内に響き渡った。
尻の痛みを忘れてアンナと共に駆け出す。角を曲がると、自身の肋骨を一本折って、尖った武器にしている骸骨がいた。
そいつはコーディアめがけて肋骨を振り下ろそうとしている。
「コーディアに触るなッ!!」
横凪ぎ本気のフルスイング。吸い込まれるように頭蓋骨に命中し、壁にぶつかった。頭部を失った骸骨は地に伏す。
「大丈夫か、コーディア?」
「う、うん……ありがとう」
「二度と起き上がれないように砕いてやる」
ハンマーで各部位を粉砕する。両手両足、胸骨、尾骶骨と重要そうな部分全部粉々にしてやる。
「俺のコーディアに手を出すからこうなるんだ」
最後に各方面へ残った骨を投げる。
「死者を粉々にするのはどうかと思うが……しかし俺のコーディアとはな」
「ゆ、ユウスケ……」
気がついた時にはもう後の祭りだ。こういった問題発言は他方に伝えられてみんなから弄くり回されるのだ。
「ちょっと恥ずかしいけど……嬉しい」
もじもじと頬を染めて照れるコーディア。人間以外を好きになるのはこの世界ではあり得る事なのだろうか。
現実世界にも犬猫その他動物に欲情する異常性癖者もいるくらいだ。人に近い獣人を好きになったって構わないのでは。
「何を悩んでいるんだ」
「人間と獣人、倫理的にどうかと……」
「む、そんな事を気にするのか。この世界じゃ人間と獣人の結婚は普通だぞ。人には無い魅力が多いからな。私もコーディアが大好きだ。友としてな」
「そう……ですか」
「大丈夫、ユウスケが他に好きな子ができたら……」
すっぱり諦めると言うのか、はたまた殺すと言うのか。どちらにしても問題である。前者は彼女に凄く失礼だし、後者は純粋にヤバイ。
そもそも俺のコーディア、という発言から好きと、捉えられるのはいささか早くはないか。
「いいか、コーディア。俺も友達として大好きだ。だけど、恋愛に発展するのは早くないか? これからコーディアは俺なんかよりもいい男に出会うはずだ。だから、俺は止めとけ」
彼女が口を開く前に勝負をかける。
「……そうね、早とちりしたわ。私も友達として大好きよ」
以外と素直なコーディア。言われて考えて、会って一週間程度の男と婚約を結ぼうとしていた事が如何に愚かであるという事が分かったのだろうか。
──まあ、コーディアならもっと良いお婿さんが見つかるさ。俺は独りの方が楽だしな。
「ほら、剣がある場所までもうすぐだ」
妙な空気を打ち破るように、一度手を叩く。全員が『剣』という目標に向けて気持ちを入れ直した。
「ここですよ」
「ほう……確かに剣が刺さっているな」
アンナが近づいて柄を握る。グッと力を込めたようだが、びくともしない。首を振ってダメだという表情をする。
「私はどうかしら」
続いてコーディアの挑戦。顔を真っ赤にして踏ん張るが微動だにせず。可愛いのだが、それだけでは駄目で抜けない。
「やっぱ壊すか」
ハンマーを振りかぶって付近の岩を叩く。どうやら魔法で障壁などは貼られていないようですんなりと砕ける。
どれだけ振り続けたかわからないが、剣の周りの岩がごっそりと削れた。ほぼ剥き出しの刀身が現れる。
「これなら、いけるか?」
再チャレンジを試みる。少しだけ、ほんの少しだけ動いたが抜き取るまでには至らなかった。
「はー……作業続行しまーす」
壁にもたれて俺の作業を見つめ続ける二人。時折黄色い声援を飛ばしてくれる。だが、それが力になったのは最初のうちだけで今となってはゲーム中の音楽とさほど変わりなかった。
それも、燃えるようなラスボス戦ではなく、飽きるほど聴かされるフィールドの音楽だ。しかし、そんなフィールド曲だが稀に良曲というのは存在する。
「これで……最後だッ!!」
剣の先を支えていた箇所を壊すと、剣が傾いた。倒れようとするそれを空いた左手で受け止める。
ずっしりと重い剣は、不思議な程手に馴染んだ。
柄は海のような青色で中央には真ん丸いサファイアが埋め込まれている。刀身には東洋の竜のような生き物が白い線で描かれていた。
「やったじゃないか」
「おめでとうユウスケ!」
三人でワイワイ喜びあう。仲間っていいなぁとしみじみ感じたのであった。
「さ、ここには用は無いし帰ろうか」
立派な剣を右手に。ハンマーはコーディアに持ってもらって来た道を引き返す。砕けた骸骨を通り、俺の尻の後がついたヒカリゴケを過ぎると洞窟の入り口に戻ってきた。
「剣は私が運ぼう」
「お願いします」
アンナに剣を渡し、海に浸かる。背中にコーディアを乗せて発進する。
すいすいと滑らかに泳いでいると、引っ張られている感覚に襲われた。海中にいるモンスターかと焦るが、正体は大きな渦潮だった。
「渦潮!?」
「は、速く! ユウスケ!」
バシバシと背中を叩かれるが、水泳が得意でない俺はなす術もなく渦潮に引き込まれていく。
「ユウスケ! コーディア!」
空を飛んでいたアンナが急降下してくるが、間に合うかどうか。
半分他人事のように手を伸ばし、彼女の手を掴もうとする。しかし、手をとった瞬間、俺は渦潮に到達していた。
強い回転に巻き込まれ、中心へと引き込まれる。アンナの翼でも浮上することは敵わず、俺達は剣もろとも渦潮に呑まれたのだった。
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