ルナを励ますと、飛行速度が格段に上がった。
簡単に例えるならば旧型のパソコンを最新型のパソコンに替えたのと同じくらいだ。
「見えて来ましたよ」
くるくると旋回した後、軽やかに着陸する。まだ死体の転がっている庭は仕方なく無視して家のドアノブに手をかける。
扉の向こうからはアンナとコーディアの話し声が聞こえた。ちゃんと待っていてくれた事に安堵の溜息を漏らす。
「ただいま」
ノブを捻って中に入る。その後ろからルナも通った。
その巨体でよく入れたな、と内心で拍手を送る。極限まで体を細くして翼を折り畳めば入ってこれる模様。
「ユウスケ──!!」
椅子から降りたコーディアは物凄い速度で突進してきた。ダメージ覚悟でがっちり受け止める。コーディアが左の頬に擦り寄せてきた。その瞳には涙が浮かんでいた。
だいぶ心配をかけたんだな、と少々申し訳なくなって頭を撫でてやる。
椅子に座ってこちらに微笑みかけているアンナは風呂に入ったようで、全身が綺麗になっていた。
そして、着ている服にはどこか見覚えがある。黒無地のシャツに短パン。
──俺の服じゃん。
「ユウスケ、ありがとう」
開口一番、礼を言われた。
「いやぁ、何度も助けられたから借りを返しただけですよ」
「ふふ、そうだな。それで、二人が帰って来たということは、王を説得できたんだな?」
「あー……」
もう少し落ち着いてから話そうかと思ったのだが、いきなり突っ込まれるとは。俺とルナは目を合わせて、どう切り出すかを考える。
「あんまり、驚かないでくれよ」
場の緊張感が高まる。この状況で真実を話して驚かない方が無理だろう。しかし、ここは包み隠さずに語ってしまおう。
「ディアスが死んでアルデミアが陥落した」
「なんだと!?」
ガタッとアンナが立ち上がった。はらり、と金色の髪がたゆたう。
「待って待って、ちゃんと説明するから」
興奮しているアンナを宥めて一から順に説明する。
今回の救出作戦から始まり、リンシアとの決闘、ディアスとの和解、そしてディアスの死とかりそめの降伏。
話を聞いているときのアンナは立ち上がって、まっすぐに俺の目を見つめていた。それに応えるべく、嘘は交えずに本当の事だけをオブラートにも包まずに吐き出した。
「そうか……姉様は無事なんだな」
「ああ、犠牲になったのはディアスだけだ。国民は魔王軍の襲来に怯えているはずだ」
うーんと、中々に良い策が見つからずに唸る。
「で、ユウスケの言う倒す方法とはなんなんですか?」
今まで沈黙していたルナが口を開いた。憶測でしかないが、あながち間違ってはいないと思う推論。
これが当たれば、とは思うが俺が求めるものがどこにあるのかは検討もつかない。
「ルナ、覚えてるか? 脱走兵のゴブリン達の島を」
「ええ、覚えていますよ。お茶が美味しかったですね」
「ん、まあそうなんだけど。重要なのはそこの壁画だよ」
「壁画……あ、神殿に描かれていたものですね?」
ばっちり思い出したルナに頷く。
「そうそれ。あれはたぶん、魔王と勇者の戦いを描いたんじゃないかな。それに空には呪いがかけられてたしね」
俺の経験上──と言ってもゲームでの話だが──ああいう所は何かしら重要なヒントになっていて攻略の鍵になるのが定番だ。
「あの玉を使えば魔王の力を封じて普通に殺す事ができるんじゃないかな」
「ふむ、それで希望が見えたのは良しとして、その玉とやらはどこにあるんだ?」
アンナに痛いところを突かれる。ゴブリン達も見たことないと言っていたし、誰も知らないのではないか。そもそもただの落書きだったという可能性がある。
やっぱり俺に推理は向いていないようだ。
「それなら古代図書館に行こうよ」
不意にコーディアが口を開いた。
「古代図書館?」
ルナとアンナは納得の表情で頷いている。どうやら古代図書館について知らないのは俺だけのようだ。
「西の砂漠の中央にある図書館の事だよ。なんでもこの世界が誕生した時から存在している建物なんだって。それで新しい本が作られる度にあそこへ寄贈されるんだ。だからどんな書物もあるんだよ」
「距離は?」
確かに魅力的な建物ではあるが、距離の問題もある。往復で一日ならまだしも、数日かかるとなると少々まずい。
「片道だいたい三日ですね」
合計で六日間この場を離れることになる。仮に魔王を倒すアイテムがわかったとしてもそこに取りに行くのにどれ程の時間がかかるのか。
地の果てや海の底まで行かなければならないかもしれない。
「うーん……ギルダに頼んでみるか」
ルナの背に乗っかると、コーディアも搭乗した。
「コーディアも来るのか?」
「うん、一緒にね」
ああ、なんと可愛い笑顔だろうか。癒されることこの上ない。
「私は一度家に帰って着替えてくる。明日になったら服を返しに来るよ」
「わかりました」
【光の翼】を使って町の方へと飛んでいった。その後に続いてルナも飛び立った。コーディアが落ちないようにしっかりと胸の前に抱き抱える。
「ねえ、ユウスケ」
「ん?」
コーディアがそっと、俺の右頬に触れた。瞬間、接触箇所に激痛が走った。今の今まで忘れていたが、ここにはネロの真空派によって切られたのだった。
「あ、やっぱり痛いんだね」
「結構深い?」
「うーん……血は止まってるから何とも言えないけど……また開いたら大量に血が出るよ」
傷の下を爪で削ると、乾いて黒っぽくなった血液が風に連れ去られた。
「《ハイ・キュア》」
暖かな光が頬を包んだ。細胞どうしが互いを求め合ってくっついていく。自分からは見えないが、おそらくネロの体がくっついたのと同じような状態なのだろう。
ああいった、うにょうにょは俺の苦手なものの一つだ。映画でもアニメでも大量の触手が波のように押し寄せてくると、一斉に鳥肌がたつのだ。
もうぶわっと。背筋もぞくぞく気分が悪くなってくる。
だが、それでも、そういう系統の映画は止められない。怖いもの見たさというやつだろうか。
「ありがとうコーディア」
礼を述べて頭を撫でようとしたところ、コーディアの卵形の瞳が大きく見開かれて眼下に向けられている。
「どうした?」
ルナの翼越しに顔を覗かせてみると、ついさっきまでは至って普通だったアルデミア城下町が、変わり果てていた。
アルデミア城の周りを国民達が囲っていた。何か武器のような物を振りかざして叫んでいる。
「どうして……」
「どうしてもこうしても、当たり前の事だ。信じていた軍隊が呆気なく降伏したんだ。暴動が起きるのは当たり前なんだよ」
彼らは今にも城壁を破壊せんとする勢いで喚きたてている。耳のいいコーディアはその罵詈雑言に怯えて、長い両耳を折って遮断している。
「ルナ! おもいっきり吼えれるか!?」
「任せなさい!」
大きく息を吸い込んだルナの喉が膨らんだ。そしてアルデミア城の天辺に着陸すると、溜めていた咆哮を解き放った。
耳を塞いでいる俺の鼓膜が破れるかと思うほどの大音量。筆舌にしがたい音であった。
普段の透き通るような声と打って変わり、敵を脅すために用いられるのだろう。
そんな重低音で国民の暴動は停止し、城の裏庭にいたユーリィ達はこちらを見上げ、ライジュとコーディアの二人は気を失っている。
「落ち着きなさい」
ルナの凛とした声が国に響き渡る。反論を許さない威厳のある声だ。
「私達は七日以内に勝利を納めることを誓います」
世界が静まり返った。城の尖塔に掲げられた国旗が風になびく音しかしない。
「う……嘘つけ!」
一人の青年が叫んだのを皮切りに国民達が再び騒ぎ始めた。
「どうすんだよ、ルナ」
「もう放っておきましょう。行動で示せばよいのですから」
そう言ったルナはストンと裏庭に降り立った。
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