「ユウスケ、あいつをキースと言ったな」
「ええ、魔王陸軍のお偉いさんでもあるそうですよ」
「なぜ、魔王軍がここにいる? それに姉御とは誰だ?」
「あー……この際言ってしまうと、俺の強い味方ってのはシルバードラゴンなんですよね」
「嘘だろ?」
「いや、ホントです。魔王を倒そうと持ち掛けてきて今に至ります」
「ありえない。銀竜が魔王を裏切るなど……」
「なんか、血を見るのとか無益な殺生が嫌になったそうで」
「……ふむ、そういう事にしておこう」
アンナが意味あり気に頷く。ルナが裏切る可能性を考えているのだろうか。
「それで、その獣人の子は?」
コーディアは意外と人見知りなのか、この部屋に入って以来ずっと俺の影に隠れていた。
「コーディアです。コボルトの群れに襲われているところを助けたんです」
「そうか、よろしく、コーディア」
コーディアに目線を合わせて手を差し出す。おずおずと小さな手で鉄の籠手がついたアンナの手を握る。
「もし、ユウスケに虐められたりしたら遠慮なく言うんだぞ」
「ちょっと、変なこと言わないでくださいよ」
「悪い悪い、ガラッと話が変わるんだが、今回の依頼の内容を知っているか?」
「さっき大イカを倒してくれって言われたぐらいですね」
「この村には数十日前に魔界の方から大きなイカが現れたそうだ。そいつが七日おきに村の娘を出せと言ったんだ」
「その話も聞きましたね。次の娘を差し出す日は何時なんですか?」
「明日の夕暮れだ。その時に、叩き潰す」
カシャンと籠手のついた手どうしをぶつけた。
「イカって事は海の上で戦う事になりますよね。俺とキースは乗せてくれるからいいけど……アンナさんはどうするんですか?」
「ふふ、その点は心配ない」
そう言うと、彼女は外に出た。俺達もついていく。晴天の下で何をしようというのか。
ぐっ、とアンナが両の拳を握り締めた。周囲の砂が少し浮く。じっと、見つめていると、背中から何かが突き出しているのが見えた。
だんだんとアンナの体が光始める。目が瞑れそうなほど光ると、僅かながらに宙に浮いた。
「ハァッ!!」
ボンッと小さく爆発が起きた。砂や貝殻、俺らもろとも吹き飛ばす。俺は尻餅程度ですんだが、コーディアは一回転して地面に突っ伏していた。
砂を払って起き上がる。砂塵がある程度収まると、アンナの姿が見てとれた。
水色のロングコートに盾と剣。ここまでは変わっていないのだが、背中に光輝く翼が出現していた。驚きのあまり、阿呆のように口を半開きにしてその翼を見詰める。
「なんすか……それ……」
ようやく口からでたのは数分経ってからだった。驚きように満足しているのか、アンナはくすくすと笑う。
「これはな、【光の翼】と言ってね。空を自在に飛べるのだ」
地面を蹴ると、軽やかに浮遊する。翼がはためくとアンナが高く高く昇っていく。
「どこでそんな凄いアビリティを身に付けたんですか?」
「この前、迷宮を踏破したら古文書があってな。それを読み解いて習得したんだ」
「それは……俺にもできますか?」
「無理だな。習得した瞬間に古文書は消えてなくなった。複雑な魔法陣だったから覚えてないんだ。すまないな」
「いえ……」
少々気まずい沈黙が流れる。何と切り出そうか迷っていると、後ろから突き飛ばされた。
「だ、誰だ!」
振り返ると、乳白色のドラゴンが俺を見下ろしていた。
「お前……キースのドラゴンか」
「ふん、あんたなんかキース様にかかれば一撃ね」
乳白色ドラゴンは鼻を鳴らして嘲笑する。ここまで言われて黙っている俺ではない。背負っていたリュックから斬馬刀を取り出す。
太陽の光を受けて刀身が煌めく。飛び掛かってきたドラゴンの鋭い爪による切り裂きをいなす。
着地の隙をついた突きを繰り出す。決まった、そう思っていたのだが、凄まじい速度で何かが刀にぶつかった。
右手から吹き飛び、近くの木に突き刺さる。
「少しは強くなったみたいだな……」
キースが貝殻を踏み潰してやって来た。
「キースさまぁ~」
甘えた猫なで声を出す乳白色ドラゴン。すり寄る彼女の頭をキースが撫でる。
「お前はもう下がっていろ、デラ」
「わかりました!」
キースは俺の前を横切り、太刀の突き刺さった木に近づく。自分の槍を地面から抜き、次に俺の刀を抜き出した。
「うわっ!!」
キースが太刀を上手投げした。放物線を描いた刀は見事俺の足元に突き立った。
「剣を取れ、この場で殺してやる」
森の中で会った時とは桁違いの殺気が皮膚をチクチク刺す。さほど暑くもないのに汗が滴り落ちる。
睨みあうだけなのにも拘わらず、息をするのさえも辛い。脂汗が頬伝って砂浜に垂れる。
「下がってろ、ユウスケ」
肩を掴まれ、はっと我に返る。自分の膝が震えているのに気がつき、何とか止めようと踏ん張る。
「アンナさん、危ないですよ」
「心配するな。こう見えても私は強いんだ」
「で、でも……」
「いいから、従っときなさい!」
反論しようとしたところ、コーディアに腕を引っ張られる。
「何すんだよコーディア」
「ユウスケじゃ勝てない! わかるでしょ!?」
「やってみなきゃわかんないだろ!」
「無理よ! あいつの前に立つので精一杯じゃない!」
「い、痛いところを突いてくるね、お前」
「ふん、死にたいなら止めはしないけど」
言ったっきり、プイとそっぽを向いてしまった。
「コーディア、おいコーディア」
砂浜に腰をおろしてキース対アンナの戦いを見ている。何度か呼び掛けるが返事は返ってこない。頬をツンツンと突っついたら噛まれそうになる。
「さっき、俺が怒鳴ったから怒ってんのか?」
頬から脇腹を突っつく。ピクピクとコーディアの体が震える。効いてる効いてると、さらに続けた。
「っ……ぅ……止めなさいっ!!」
くすぐりに耐えかねたのか、顔を真っ赤にして怒鳴った。だが、彼女の顔はまったく恐くなかった。むしろ可愛い。
「集中して見てなさいよ」
「拗ねんなよ~」
もう一度やってやろうと手を伸ばす。しかし、両手でガッチリとガードされて手が出せない。
仕方がなく、というのもおかしいが絶賛繰り広げられる戦闘に目を向ける。
「小娘にしては……やるようだな」
アンナの剣を躱し、槍を突き出す。鋭い一閃を盾で受け止める。火花がちり、キースがよろめく。
「はあッ!!」
アンナの袈裟斬りをバックステップで回避し、がら空きの脇腹へ槍を突き出す。柔らかな皮膚を突き刺す寸前で無理矢理身を捩る。
完全な回避にはならず、服が少し破れる。
「おい、見ろよあれ」
おとなしく座って見ていると、背後から誰かが言った。
振り返ると、騒ぎを聞き付けた村人達が観戦に来ていた。女騎士対竜騎士の戦いは瞬く間に村中へ広まった。
ぞろぞろと見物人が増え、歓声が巻き起こる。
「危ないから下がっててください!」
必死になって群衆を宥めようと奮闘するが、村人達は凄まじい戦闘に熱狂するばかりだ。
こうなっては収集がつかない。今やアンナは盾も攻撃に使用している。
槍を受けると同時にタックルをかます。
よろけたキースの腹部へ蹴りを叩き込んだ。
殺し合いが二転三転するごとに観客達は大声を上げる。
「これで……終わりだな……」
肩で息をしながら脳天めがけて剣を振る。デラがキャッと息を飲んだ。
「まだ……終わらんよ……」
キースがニヤリと笑い、右手だけで剣を掴む。アンナは両手で柄を握り、渾身の力を込めて切り伏せようと踏ん張る。
「な……!?」
片手対両手のはずなのに、アンナが押され始めた。片膝をついて立ち上がり、槍を突き出す。
今度こそ腹を貫通すると思われたが、一つの大きな咆哮によってキースの手が止まった。
その正体は崖の方から飛来したルナだった。鶴の一声と言うより、竜の一声だ。
「何をしているのですか!」
「姉御、これは……」
「黙りなさい。コーディア、何があったのですか。嘘を交えずに正確に話してください」
キースを一喝したルナは、俺の方を向いた。とんでもない声量を発していた群衆も、ルナの登場によって散り散りに逃げていった。
「まず、キースの竜がユウスケに飛びかかってきたのよ。それで剣を抜いて戦ってたらキースが来て、アンナと戦い始めたのよ」
簡潔に説明すると、ルナは溜息をついた。そして失望した顔でキースを睨む。
「まったく、これからイカと戦うというのに仲間意識は無いのですか!」
ガーッとルナの説教が始まり、殆ど被害者の俺まで砂浜に正座させられた。説教中、キースと睨みあい、心中で呪いの言葉を口ずさんでやった。
「──いいですか? 今後一切、喧嘩をしてはいけませんからね!」
ようやく解放された時には正午を大分過ぎていた。
時計が無いので太陽の位置から大体で割り出したのだが、全員の腹が鳴っているのであながち間違ってはいないだろう。
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