血で汚れた手を振り、横田の顔に飛ばす。顔を覆ってガードした瞬間に肩口から切り下ろす。
骨と肉を切り裂く。しかし、魔王の力を手に入れた横田はにやにやと笑っている。
「いてーじゃねえかよお!」
瞬時に細胞が結合して元通りになる。魔剣による一撃を回避し喉元を突き刺す。血が吹き出すが横田は笑う。
「お前は俺の腕を吹っ飛ばしたの覚えてるか?」
ユーリィがアラクネに連れ去られた日の事だった。真夜中に横田がやって来て戦うことになったのだが、その時俺は奴の腕を切ったのだ。
そして横田は腕を無理矢理くっつけた後、進化という名目で巨腕になったのだ。
すっかり忘れていたが、あいつの腕は元の人間の腕に戻っていた。
「あの後よぉ、何人か人間を食ったらよお、腕が治ったんだぜ? おまけに力はそのままでよ」
「お前にカニバリズムの趣味があったとはな。正直、驚きだぜ」
バカにしたように言いながら後退する。このまま横田と切り合うのはあまり良くない。
いかに俺の剣技が相手に上回っていようとも、すぐに再生されてしまっては意味がない。
「そうそう、こんなプレゼントがあるんだぜ」
パチン、と指を鳴らすと、目の前の空間が歪んだ。黒い渦巻きの中から人の手のようなものが伸びてきた。
だが俺は、それを人の手と呼んでいいのか分からなかった。ツギハギだらけの皮膚に、毛が絡まっているのだ。
「……なんだよ……これ」
その全貌が明らかになると俺は息を飲んだ。頭部と四肢が人間でできているのだ。
一パーツにつき一人といった具合でだ。しかも各パーツに見覚えがある。右足の脛の辺りに顔がついている。
こいつは横田の取り巻きの一人だ。
取り巻きが突然目を見開いた。瞳孔が閉じきった不気味な瞳だ。
「タス……ケ……テ」
幾度となく教室で聞いた、ばか騒ぎしている取り巻きの声だ。
他の部位にも目を向けていくと、全て彼の仲間達だった。どこかしらに顔を持ち、抑揚の無い声で助けてくれ、殺してくれと懇願している。
「どうだ? これが俺のヒューマノイド・ゴーレムだ。どいつもお前の顔見知りだ。殺すのに抵抗があるだろう? 優しい坂下くん?」
「この、腐れ外道が……!」
気味の悪い化け物と対峙し、これだけしか絞り出せなかった
取り巻きゴーレムは呻きながら巨大な腕を振り上げた。緩慢そうな見た目とは裏腹に、素早く振ってくる。
バックステップで躱す。だが、足が地面につく前に、取り巻きゴーレムがタックルをかましてきた。硬い肩が俺の胸にぶつかる。ミシミシと骨が悲鳴を上げて床を無様に転がる。
「ユウスケ!」
ルナの尾が取り巻きゴーレムのパンチを弾いた。コーディアに回復してもらい、なんとか立ち上がる。
「いったい何ですか、あれは……」
「人だった物だよ……早く倒そう」
「いいんですか?」
「うん、本人も死にたいみたいだし」
呻く四肢を見つめるルナが、頷いた。そしてゴーレムの後ろにいる横田に届きそうな勢いの火炎を吐き出した。
肉の焼ける音と匂いが風で運ばれてくる。少々嫌悪感を覚えながらも踏み出す。
炎で視界が遮られている今なら、ゴーレムに刃が届きそうな気がする。
ルナの背中を借り、大きく跳躍する。右肩から縦に一閃。
光玉を取りに行ってマオーレムと戦った時のあれが発動した。
時間差によって切れかかった右腕が地面に落ちる。
「アアアアアアッ!!」
取り巻きの悲鳴が辺り一帯に木霊する。床に落ちた腕は、切れたトカゲの尻尾のようにビチビチ動きだした。
その光景を見た横田は大爆笑している。
「イタイ……イタイ……」
痛みを訴えながらも、左腕で俺を潰そうと振り上げる。そうはさせまいとルナが左肩に噛みついた。
骨が砕ける音がして血が飛び散る。鋭い牙が腕を乱暴に引きちぎった。
切断面からは筋肉の繊維や肉の塊が露出している。
「最悪の味ですね……」
口の周りにべっとりとついた血液を拭いながら吐き捨てる。
両腕を失ったゴーレムは足を振り抜いた。床が抉れ、破片が飛び散る。
大粒の欠片が頭上に降り注ぐ。剣の腹で頭を隠して走り回る。
ようやくおさまったかと思えば、床には瓦礫が散らばり、足場が悪くなっていた。
とてもではないが、こんな所で戦えるほど俺は戦闘馴れはしていない。
「行きますよ!」
突然ルナに襟首を掴まれて崩落した壁から外に出る。まだ壊れていない壁に向けて火炎弾を吐き出した。
城が震動して壁が崩れる。落ちた瓦礫を蹴って飛ばしてくるが、尻尾の一振りで無効化される。
「どうするよ?」
「私がギリギリまで近づきますから、上手いこと首を切り落としてください」
「それは……ルナが危なくないか?」
「それはお互い様でしょう」
二、三度旋回してから崩壊した壁めがけて突っ込む。体勢を低くしていつでも斬りかかれるように構える。
──今だ!
直感を信じて背中から滑り降りる。完璧なタイミングだと自負しているのだが、横田の邪魔により、首を切り損ねた。
取り巻きに体当たりしたルナは捕縛され、巨大な足で踏みつけられる。
「ルナ!」
急いで彼女のもとへ駆け寄ろうとすると、横田が襲いかかってきた。
軽く受け流して翼を踏まれているルナを助けようと走り出す。しかし魔剣がしつこく付きまとってきて思うように動けない。
「邪魔……すんなッ!」
「おいおい、あんなチート級の化け物を放置する馬鹿がどこにいる? ここで死んでもらうぜ」
がっちりと刃どうしが噛み合って離れない。充血した横田の瞳が狂喜に輝く。
「ほらほら、早くしないと大切な翼が折れちまうぜ?」
ギャリイン! と耳障りな音をたてて剣と剣が滑る。間髪入れずに横田の脛を蹴り上げ、鼻っ柱にパンチを叩き込む。
ふらついたところに金的を容赦なく繰り出す。うずくまる横田の顔に前蹴りを見舞う。
「ルナ!」
ぶっ倒れた横田を放っておき、未だ懸命に耐える銀竜に駆け寄る。足の付け根に一撃を加えようと振り上げると、再び魔剣が遮ったきた。
「お前……!!」
怒りに任せて闇雲に叩くが、魔剣はびくともしない。
「ああああッ!!」
遂にルナが悲鳴を上げた。助けたいのに助けられない。この状況がとてつもなくもどかしい。
「ルナ───!!」
絶叫した瞬間、一迅の風が場を駆け抜けた。ルナにのし掛かる取り巻きゴーレムの胸を槍が突き刺し、後方へ押しやる。
「キース……」
「お前に姉御は任せておけん」
槍を引き抜き、足払いをする。転倒するゴーレムの脳天を穂先が貫く。脳漿が吹き出し、ゴーレムが崩れ落ちた。
「デラ! 徹底的にとどめを刺せ!」
キースが呼ぶとすぐさま駆けつけた。体内に溜まった力を惜しみ無く発揮し、取り巻きゴーレムの肉体を破壊する。
「しっかりしろ、姉御。おい! そこの獣人! 来い!」
唐突に呼ばれたコーディアの体がビクッと跳ねる。何か痛め付けられのではないかと、恐れているようだ。
「安心しろ、お前を傷つけるつもりはない。ただ、姉御の回復を頼みたい」
「……わかった」
恐る恐る、キースとルナの元に向かう。横たわるルナの翼に回復魔法をかける。
「これで心置きなくお前を殺せるよ、横田」
「坂下、君は人を殺す覚悟はあるのかな?」
「無いね。でも、お前はもう人間を辞めたから殺しても問題ない」
横田が舌打ちして、魔剣を突き出した。姿勢を低くして躱し、剣を持つ腕を切り飛ばす。
空中で自身の腕を掴んだ横田は無理矢理くっつけて反撃してくる。
剣戟の合間に、瓦礫に埋もれて何かがキラキラと光っている。
光玉を見つけた俺は、半ば勝利を確信していた。気を抜かずにいれば、横田を倒せる。
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