背中がひんやりとした床にくっついている。死んでしまったのかと内心溜息をつく。
死んでいても意識があるようだ。それならば眠ってしまおうと、仰向けの状態からごろりと体を横に倒す。
アンナとコーディアには悪いことをしたと思う。自分の欲のために二人を連れていって、死なせてしまったのだ。
俺一人で行くと言っていれば被害は最小限に抑えられたのに。悔やんでも悔やみきれない。
それに、俺は死んでも構わない理由がある。運が良ければ両親に天国で会えるのだ。それだけで死ぬ価値はある──はずだ。
しかし二人はどうだ。まだまだ未来に希望を持ち、自身のやりたい事に挑戦できる年頃だった。
「はあ……奇跡的に二人とも生きてないかな……」
「生きてるぞ」
背後からアンナの声がした。驚きのあまり、脳と体がフリーズした。
「ついでにユウスケもね」
「ふ、二人とも生きてたのか!!」
「うん、渦潮に拐われたあと、気づいたらここにいたの」
コーディアに言われて気づいたが、俺達は妙な場所にいるようだ。
大理石の柱に大理石の壁と床。無数の壁に掛けられた燭台。
「どこかわかります?」
「全然わからない。一度も来たことがないよ」
通路をうろついていると、二股の槍を持った女性に出くわした。青い髪をしていて人間のようだが、下半身は魚だった
つまり、人魚。
「あの……ここってどこですか?」
いままで色々な物を見たおかげでさほど驚きもせずに話しかけることができた。
「あら、お目覚めですか。海神様が待っておりますわ。ささ、こちらへ」
槍女に案内されて巨大な扉の前に連れてこられる。三メートル近くある大扉は、勝手に開いた。この位置からでも奥に巨大な何かがいることが見てとれた。
体が太くて長い、何かが。
「よくぞ、来た。海神の剣を抜きし者よ」
「はぁ……どちら様で?」
荘厳な声が頭上から降りてくる。その巨大さに殺到されながらも尋ねる。
「私はリヴァイアサン。海を治めている。して、その三人のうち誰が剣を抜いたのかね?」
「あ、俺です」
名乗りあげると、リヴァイアサンは顔を俺に近づけた。群青色の瞳が俺の視線と絡む。銀と言うよりは白に近い鱗を持ったリヴァイアサンは首を傾げた。
「本当にお主か?」
「はい、俺です」
「おかしいの……一定以上の強さかつ、優しさ誠実さ海を愛する心と後は色々持っていないと抜けないんだが……どうやって抜いたんだ?」
優しさ誠実さ海を愛する心、どれを取っても俺には欠けている。特に一定以上の強さなんて持っているはずがない。
「えと……ハンマーで周りの岩を砕いて抜き取りました」
「なんと、そのような裏技的な方法があったとは……」
「抜けないってなったら、試行錯誤をして破壊に辿り着くでしょうよ」
「ネロ坊の言うとおりであったな。めんどくさいから障壁をかけなかったが……こんな適当そうな人間に取られるとは」
リヴァイアサンは心底残念そうに溜息をつく。自分の落ち度の癖に、俺が悪いみたいな言い方をしてきやがる。しかし、それよりも気になる事が。
「ネロ坊って……ネロ・アシュフォードの事か?」
「む、知り合いか?」
「ま、まあ……ちょっとな……」
「ネロ坊の知り合いが剣を取ったか……なるほど、これも運命かもしれないな」
「運命?」
「気にするな、いずれわかる」
はぐらかされるともやもやした気持ちになる。何とか吐かせようと思ったが、背後のドアが開け放たれた。
「リヴァイアサーン、剣が抜かれたって聞いたけど──」
颯爽と部屋に入ってきたのは、魔王だった。アンナとコーディアは固まり、俺は一歩後退った。
「あれ、ユウスケじゃん。もしかしてお前が抜いたのか!」
「まあ、一応……」
「そうかそうか! なら、俺と一戦交えてみようぜ!」
ネロの右手に、突然巨大な剣が現れた。刀身は太く、彼のウエストとほぼ変わらない。しかも、ネロはそれを軽々と振り回している。
剣全体から溢れる紫色のオーラが、怪しく不気味に床を這う。
「リヴァイアサン、剣を渡せ」
「私の居城で流血は許さぬぞ」
リヴァイアサンが鎌首をもたげた。その迫力たるや、例のアビリティが無ければ腰を抜かしていただろう。
その証拠、というのもおかしいがコーディアは完全にへたっている。アンナはギリギリ耐えたようだが、膝が震えていた。
「血は拭けば問題ない。それに、そこの獣人が回復させてくれるだろ?」
自分のことを示されたコーディアは異常なほどに震えだした。
「これ以上コーディアとアンナさんを脅すのはやめろ!」
リヴァイアサンとネロの間に立ちはだかる。これで何かが変わるとは思えないが、しないよりはましだろう。
「ネロ坊、ここは海の底だぞ。お前程度水圧で殺すことができる。剣を収めるのだ」
「ちっ、しゃあねえ。おい、ユウスケ! 地上に戻ったら始めるぞ!」
彼は初めて出会った時と同じように、空間を歪めて姿を消した。
「……どうする、さっさと戻って戦うか?」
「いや、遠慮したい」
「わかった、ならば食事といこう」
リヴァイアサンが尻尾を一打ちすると大量の白煙が発生した。吸い込んでもむせたりはしなかったが、視界が悪い。
「煙たかったな、すまないすまない」
煙が晴れると、そこに巨大な海竜はいなかった。代わりに、アロハシャツを着た四十代くらいの男が立っていた。
「り、リヴァイアサン?」
「そう、これが我のもう一つの姿。地上にでかける時にこの姿を使う。さあ、ついてきたまえ」
言われるがままにリヴァイアサンのあとへ続く。腰を抜かしたコーディアを背負い、放心状態のアンナの手を引く。
「その二人……大丈夫か?」
「いやぁ……わかんない」
「どれ、見せてみろ」
リヴァイアサンが顔を覗き込む。するとうーんと唸った。
どこか悪い状態なのか。不安が増すばかりだ。
「闇にあてられたな」
「闇に?」
「ネロ坊の持ってる剣、魔剣の類いでな。溢れ出る闇に触れて心が縛られているのだろう。それにしてもユウスケはよく耐えたな」
「まあ、アビリティのおかげでかな」
リヴァイアサンは二人を壁を背にして座らせる。数歩下がり、力強く手を叩いた。金色のリングが現れて急速に拡がる。
リングが二人を包んだ瞬間、ビクッと体が動いた。
「な、何をした!」
「安心しろ、《光の波導》と言ってな精神的状態異常を治す技だ」
アンナ達に目を向けると、目をしばたたかせてきょとんとしている。
「ユウスケ……私は……」
「アンナさんは闇にやられたそうですよ。コーディアもな」
「ユウスケが治してくれたの?」
「俺じゃない。リヴァイアサンだ」
二人は目を見張って驚いた。まさか敵に治されるとは思っていなかったのだろう。
「ご主人様、お食事の準備ができました」
人魚が空中浮遊しながらやって来た。アンナとコーディアを立たせ、人魚のあとを歩く。
通路のドアを開けると、食堂についた。縦長のテーブルに椅子が沢山配置されている。
そして卓上には大量の魚介料理が。見ているだけで腹が減ってくる。
「さあ、食べていてくれ。私はやることがある」
リヴァイアサンはさっさと出ていってしまった。人魚が椅子を引いてくれたのでお礼を言いつつ席につく。
「心行くまでお楽しみください」
人魚も出ていき、大きな部屋に三人だけとなってしまった。
「ホントに食べて大丈夫なのか?」
「大丈夫なんじゃないですか? 俺はリヴァイアサンを信用してますけど」
サラダを頬張りながら答える。アンナの隣に座るコーディアは美味しそうにスープを飲む。
「……いただきます」
恐る恐るアンナも刺身を一切れ口に入れる。その後、目を輝かせ、夢中で食べていた。
──刺身、か。ご飯があれば完璧なんだけどな。
無い物ねだりしてもしょうがないので、わさび醤油をつけて食べ進めるのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!