「ごちそうさま」
簡単なスープとパンで昼食を済ませる。バケツに食器を詰めて外に出た。
ルナかコーディアが着いていくと言ったが、断った。俺にだって一人になりたい時があるのだ。
特にこれから魔王に挑むのだから。
圧倒的な力を持つ魔王に勝てるのだろうか。仮に光玉で力を封じ込めたとしても、素の戦闘力が違いすぎる。
真空刃で人の首を切り落とすのだから近づけるかすら怪しい。
加えてネロのいる場所は敵の本拠地。つまりキースとデラがいるのだ。
その他の魔物も、もちろん控えている。
彼らの攻撃を掻い潜れるかどうか。そこはルナを信じるしかない。
「あーあ……」
憂鬱だな、と溜息をつく。こんな気分なのに空は晴れ渡って夏の訪れを歓迎している。
海神の剣を川に突っ込むと、ふわふわと水が浮かんでバケツの中に入った。
洗濯機のように水を回転させると、油や汚れが落ちていく。ぼーっとそれを眺めて無心になる。
食器を取り出して、使った水はそばに生えている木の根本に流す。
「……ただいま」
皿をタオルで拭いて棚に戻す。二人の視線が背中に向けられているのを感じた。
「ユウスケ……大丈夫ですか?」
「何が?」
ルナが心配そうに尋ねる。彼女を不安にさせないように努めて明るく振る舞う。
「その……疲れているような感じがしますが……」
「平気平気! さっさと玉を取りに行こうぜ!」
剣を腰に納めて意気込む。先程よりも強い心配の目を向けてくるが、そんなにひどいのだろうか。
「私は家で待ってるよ。ご飯の準備とかしとくからさ」
椅子に座り直したコーディアが呟いた。もし俺に何かあった時、早急に対応できるように色々と準備するつもりだろうか。
「わかりました……では、行きましょうか……」
玄関まで見送ってくれたコーディア。笑顔で手を振っているが、その表情には陰りがある。
「なあ、コーディア。そんなに心配しなくても大丈夫だからさ」
「うん……」
「美味いものでも作っといてくれよな」
「うん……?」
ピクリと長い耳が動いた。左の方に顔を向けて藪の向こうを睨み付けている。
「どうした?」
「何か音がしたのよ。魔物でも動物でもない……人間みたいな……でも気のせいだったのかもしれないわ」
「そっか、とりあえず気を付けるんだぞ」
小さく頷いたコーディアの頭を撫でてからルナの背中に飛び乗る。それじゃ、と軽く手を上げて大空に向けて羽を広げた。
ふわりとルナが浮き、数回の羽ばたきで雲に手が届く。
「ユウスケ……無理に明るく振る舞わなくてもいいんですよ……」
「やっぱりバレてる?」
「当たり前です。昼食の時から態度が変でしたから。ここまで来て、ネロに怯えているんじゃありませんか?」
「まあ……当たりだな。光玉を手にした後、ネロの力を封じたとしても勝てるかわからないんだ。真空刃で首を落とすような奴だぜ?」
ルナの背中に俯せになる。硬くてひんやりとした鱗の上で揺られながら会話が続く。
「どうせなら玉を見つけたらリュミエルに渡せばいいんじゃないかな、って思うんだけど、どう?」
「おそらく……リュミエルは断ってくるでしょう。言い出したのはユウスケだから自分で決着をつけろと」
あんなボロボロの状態で俺の発言が聞こえたのだろうか。それとも後で誰かから聞いたのだろうか。
どうせなら聞いていなくて、任せてくれなんて言ってくれればいいんだけど。
「もし俺がネロと戦うことになったら確実に死ぬだろうな。あんな化け物相手に勝てるわけないよ」
「勝つ方法を見つけたと言っていませんでしたっけ?」
「見つけただけであって勝てるとは言ってないのさ……もっと時間があればネロに対抗できたんだろうけど」
あの時はルナを励ましたい一心で言っただけのことだった。先の事なんて微塵も考えてはいなかった。
ただ、ルナが元気になればいいと思っていたのだ。
「仮にですが、魔王を倒したらどうするのですか?」
「えー……わかんない。その時の気持ちで決めてるよ」
ルナが呆れたように溜息をついた。それからもっと先の事を見据えて考えた方がいいですよと付け加えた。
それから、お互いに胸の内に溜めていた、色々なものを全て吐き出した。主にこれから起こる事への不安だったが。
「あ、ルナの両親ってどこに住んでるの?」
「両親は最北の雪山で静かに暮らしてますよ」
「元気?」
「はい、とっても。私より元気かもしれません」
家族の事を嬉しそうに話すルナ。親がいるのはいいものだな、と思わず口角が上がる。
「昔、ルナは人間に会った事があるだろ? それもモンスターマスターにさ」
「あら、それをどこで?」
「古代図書館に置いてあった日記に書いてあったんだ。家族と南に来た時にモンスターマスターに出会ったんだろ?」
「そうですねぇ……リンクスはいい人でしたよ。魔物の気持ちを理解して接してくれましたから」
しみじみとした口調で語る。かなり思い出深い出来事のようだ。
「もしかしてさ、俺を殺さなかった理由ってこの件が含まれる?」
「それもありますね。リンクスとユウスケも似てるところありますよ」
「一回会っただけじゃないの?」
「しばらくはリンクスと暮らしてました。人間の知識も取り入れた方がいいと母上も言ってましたから。それで、どこが似てるかと言うとですね……」
ここからは怒濤の語りだった。熱の入ったルナは時折危なっかしい飛行をしながらもフィレッジ村まで飛んだ。
彼女の話をまとめると、物腰や話し方、後ろ姿も似ているそうだ。
「一旦休憩しようか」
村民に迷惑が掛からないように村外れの波打ち際に着陸する。砂浜に腰を下ろして太陽を反射している海に目を細める。
「どうしたんですかー!!」
無言で海を見つめていると、聞き覚えのある声が飛んできた。たしか、マーサだったか。
小走りでやってくる赤毛の少女は大きく手を振っている。俺もそれに応えて振り返す。
「お久しぶりです。今日はどうしたんですか?」
「んー……ちょっと依頼がてらね」
本当の事は彼女に言うまい。魔王に降伏しましたなんて言ったら村が大混乱になるだろう。
「そうなんですか、頑張ってくださいね」
「ああ、もちろん」
傾きかけた日に背を向けて、マーサは小走りで帰っていった。ここから光玉を取って家に戻る頃には夜中になっているだろう。
「もう行ける?」
「いつでも大丈夫です」
よっこいせ、と親父のような掛け声と共に乗っかる。ルナが飛び立つと、太陽の光が鱗に反射して眩しい。
当の本人は気にならないようで、ぐんぐん進む。やがてゴブリン達の住んでいる島の上空に到着した。
「この上ですか?」
旋回しながら上を見上げる。雲一つない綺麗な夕焼けがあるだけだ。
「ああ、とにかく上に行こう」
羽を広げて更なる高みを目指す。生温い風が頬を掠めていく。雲を突き抜けても止まらずに、飛翔する。
雲が遥か遠くに見えるほどの高所まで来ると、遂に目的地へ辿り着いた。
巨大な建物が浮いているのだ。剥き出しの地殻の上に遺跡のような建物が乗っている。
島の端からは水が流れて滝のようになっていた。周囲に何もない島の水がよく枯れないな、と感心する。
太陽を背景にそびえ立つ遺跡は荘厳な雰囲気を醸し出している。近づくだけで胸が高鳴る。
金や銀といった宝石をふんだんに使った外壁は、まさに金持ちの道楽。並大抵の人間ができる芸当ではない。
ましてやこんなにも巨大な物体を浮かせているのだから。
「とりあえず、上陸してみよう……」
近くで見るとさらに驚く。散りばめられた宝石類はどれも俺の拳と同じぐらいのサイズなのだ。アメジストやエメラルド、いくつか剥がして持ち帰りたいものだ。
「ユウスケ、これは何でしょうか」
建物の周りをうろうろしていると、ルナが何かに気がついたようだ。駆け足で彼女の傍に寄る。
「扉が開かなくて、妙な穴があるのですが……」
白塗りのシンプルな壁の中央には何かを嵌めるような穴がぽっかり空いていた。
「何か道具が必要とか……なのか?」
「さあ……わかりませんね……」
──これはまずい。そんなものを探していたら約束の日が来てしまうではないか。
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