「ここは……」
崖下の洞窟からひんやりと、涼しい風が流れてきた。ヒカリゴケがそこかしこに生えているため、中は明るい。
「へぇ……お宝あるかな」
躊躇いも無しにずかずかと洞窟の奥へと進んでいく。赤褐色の壁を左手につける。こうしておけば分かれ道が出た時に間違えても帰れる。
「武器無し、防具無しの状態で魔物が出てきたらどうしよ……」
入る前に、一度戻ってアンナとコーディアを連れてくればよかったと歯噛みする。
しかし時すでに遅し。戻っている最中に出会っても嫌だし、挟み撃ちに合うなんて最悪としか言いようがない。
──かつん……からん……からん……。
「……ん?」
近くから何か軽い音がする。
勝手な妄想を拡げると、沈没船があって、その乗組員が怨霊となって骸骨を動かし侵入者である俺を追い出そうとしている説。
または、何か軽い物が風に揺られてそれっぽい音を出しているだけ説。
「ま、どっちにしろ行けばわかる事だ」
【度胸・根性】のスキルのおかげでビビることは無い。それでも慎重に曲がり角を覗き込む。
──からん……かつん……からん。
「近いな」
二つ目の角を曲がると、所々黄ばんではいるが、大部分が白い骸骨に出くわした。こちらに背を向けているため見つかってはいない。
「は?」
からんからんと骨が擦れあう音がする。先程の音源はこいつだったのだ。
しかし、筋肉の無い骨がひとりでに動くなどあっていいはずがない。何かしら裏があるはずだ。
「やっぱ、幽霊?」
尋ねた訳でもないのに、骸骨は振り返った。
「ナニモノダアアアアアッ!!」
カラカラと音をたてて走り寄ってくる。錆び付いたサーベルを高々と掲げている。
「落ち着け……」
自分に言い聞かせて身構える。雄叫びを放ちながら突っ込んできた。
振り下ろされたサーベルをバックステップで躱し、胸のど真ん中にタックルをかます。
予想以上に脆かった骸骨。敵もろとも吹き飛び、固い地面に脇腹を擦った。
「いってええ!」
結構深い擦り傷で血が流れ始めた。骸骨はバラバラになって動かなくなった。再び動き出して刺されたら嫌なのでサーベルを岩に叩きつける。
真ん中からポッキリ折れて背後のヒカリゴケの中に消えていった。
「なんだ……ここ」
骸骨を倒してから早数分、洞窟の床に血が滴る。
「なんだ……ここ」
とにかくまっすぐ歩いていると、潮風に晒されて劣化した扉が現れた。力いっぱい押し込むと、扉は軋みながら開いた。塞がりかけていた傷がぱっくりと開いた。
球状の部屋の天井には穴が空き、そこから太陽の光が降り注いでいる。その中心には岩に突き刺さった剣。
「剣……?」
アーサー王伝説のように、ぐっさりと刺さっている。確かアーサー王としての血筋のみが引き抜ける剣だったか。
「試してみるか」
ワクワクと好奇心を抑えきれずに剣の刺さっている岩まで小走りで近づく。
柄を握り、渾身の力を込めて上方向に引っ張る。しかし、剣はびくともしない。それどころか、力みすぎて出血量が増えただけだった。
「くっそー……覚えとけ、後で戻ってくるからな! この傷を治したらよ!」
傷が治って百パーセントの力を出してもあれが抜けるとは考えられない。
俺だって選ばれし者ってタイプではない事は自覚している。クラス召喚に巻き込まれた事は選ばれた、ということだが。
「となれば、破壊するしかないな」
周囲の岩をなんらかの方法で破壊して剣を手にいれる。武器もないしちょうどいい。それに、刺さっていた剣を抜いたとなればルナも感心するだろう。
「そういや……あの剣、錆びてなかったな」
鉄扉と同時期に設置されたものならば潮で錆び付いていてもおかしくはない。何故、太陽の光を反射するほどに輝き、研がれていたのだろうか。
そもそも敵を倒すための武器を固い岩に突き刺すか。
「やっぱ特別な武器なのかな」
破壊する手立てを考えながら洞窟の入り口へ戻る。
さあ、帰ろうと海に浸かった──瞬間、この上ない激痛が襲いかかってきた。
「いってえええぇぇぇええええッ!!」
思案に暮れていて脇腹の傷のことをすっかりと忘れていた。止めどなく流れる血は周囲の海水を赤く染めていく。
急いで海から上がり、近くの岩に腰かける。傷口はヒリヒリと痛み、海パンを血塗れにする。
「どうやって帰ろう……」
途方に暮れていれと空に一つ、点が見えた。ルナが助けに来てくれたのかと思っていたが、アンナだった。
──いや、別にアンナさんが嫌だって訳ではない。
「どうした、ユウスケ。悲鳴をあげて」
光の翼を畳ながら、俺の隣の岩に着陸する。
「いやぁ、ちょっと転んじゃって」
「全く、戻ってコーディアに治してもらえ」
「アンナさんが、治してくれても」
「私はな、回復魔法は専門外なんだ。だから、コーディアに治してもらえ。ほら、連れて帰るから立て」
どうやって連れ帰るのか気になるが、言われた通りに立ち上がる。アンナが後ろに回り込み、脇の下に手をいれた。
「ちょちょちょっ!!」
「なんだ? 飛んで帰るにはこれしかないだろう。傷に染みても少し我慢してくれ」
「いや、そうじゃなくて……」
言い終わる前に、アンナは地を蹴って飛び立った。背中がアンナの胸に押し付けられて幸せ──何て言っている場合ではない。
彼女の胸と俺の背中に挟まれ、絞られた水着から海水が染みだす。それが見事に傷口へ落ちてくる。
「痛い痛い! アンナさん! 痛いっす!」
「あともう少しだ! 我慢しろ!」
歯を食い縛って我慢する。喉の奥から唸り声を絞り出しつつ堪える。
それはもう、堪える。とにかく我慢。
そう言えば授業中に腹が猛烈に痛くなった時が昔あった。
三十分ちかくその激痛と戦っていたが──今はそれ以上だ。あの時は落ち着く瞬間もあったが、この痛みは常につづき、引くことはなかった。
「ほら、ついたぞ」
桟橋の上で足をぶらぶらさせているコーディアの近くに降り立つ。
「あ、ユウスケ。さっきの悲鳴──ってこれどうしたの!」
「ちょ、ちょっとね……」
「とりあえず水で洗ってから魔法で閉じるわよ」
「魔法だけで終わりじゃないの?」
「当たり前でしょ? 海水には雑菌が多いのよ、そんなの付着させた状態で傷を閉じたら病気にかかるわよ!」
「浄化魔法は?」
「綺麗にはなるけど……今の比じゃないぐらい痛いわよ?」
「遠慮しておく……」
井戸の所までコーディアに支えられながら歩く。水を汲んで傷口を洗う。
「いてててて……」
「男の子でしょ、ちょっとは我慢してよ」
「男でも痛いもんは痛いんだよ……」
綺麗に洗い終わり、コーディアが詠唱破棄した回復魔法をかける。傷口が緑色の光に包まれ、みるみるうちに塞がっていく。
肉がつき、神経が繋がり、最後に皮膚が覆う。見ていて気分の良いものでは無かったが、これで元通り。
「ありがとう、コーディア」
「どういたしまして」
「それで、あそこで何をしていたんだ?」
アンナが腕を組ながら言った。
泳いでいたら洞窟を見つけて中に入ったこと、骸骨と戦って怪我したこと、剣を見つけて抜けなかった事を手短に話した。
「洞窟の奥に剣、か」
「そうなんですよ。できればハンマーが欲しいです」
「倉庫に行けばあるんじゃないか?」
「ちょっと行ってきます」
そう言って反対方向にある倉庫へと駆けていった。
「すんませーん」
「あーい」
開け放たれた入り口から声をかけると、野太い声が帰ってきた。
「ハンマーを貸してくれませんか?」
「ハンマー? これでいいかい?」
近くにあったハンマーを渡される。持ち手が長く、頭が小さめのものだ。
「君ぐらいならこれが振りやすいだろう。終わったら返しに来てくれよな」
「はい、ありがとうございます!」
ハンマーを肩に担いで来た道を引き返す。
──待ってろよ、お前を俺のものにしてやるぜ。
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