クラーケン討伐から翌日、ベッドから顔を洗うために出る。
ドアを開けると筋骨粒々の男達が立っていた。一度ドアを閉めて目を擦る。
疲れているのだ、そう疲れているのだ。そうでなければ朝っぱらからマッチョマンなんかに出会わないはずだ。
「おはようございます!」
「現実だった……」
こちらも挨拶を返し、用件を尋ねる。
「村長から家の間取りを訊いてこいと言われまして」
「ああ……えっと竜と一緒に住める家って、できますか?」
「それは……難しいですね。家の隣に小屋を作ってその中で寝てもらう、というのはどうでしょう?」
「ルナに訊いてみないとわからないですね……」
来るまで待ってて、と言おうと思ったのだが太陽を背景に黒い点がこちらに向かっているのが見えた。
「本人に訊いてください」
砂浜に降り立ったルナは、男達に囲まれてきょとんとしている。
「何事です?」
「昨日、マーサが村長に家を建ててもらえば、って言われて……今に至る」
「大事な孫娘の頼みなら聞かないわけにはいかないよなぁ」
簡単にはルナに説明すると、筋肉男達が頷きあう。
「孫? マーサって村長の孫なの?」
「おう、結構仲のいいお祖父ちゃんと孫だぜ」
なるほど、だからあんなにも簡単に建ててもらおうと言ったのか。
「それで、私に何のようです?」
「そうそう、ルナは家の隣に建つ小屋で寝ることになっても、いい? 嫌なら、もっと働いて何とかするけど……」
「全くもって構いませんよ。雨風をしのげる場所があるだけありがたいですから」
「よっしゃ! 早速取りかかろうぜ! どこに建てるんだ!?」
「イーリアの森に」
陽気だった男達の顔が曇った。まさかそんな遠くまで行かなければならないなんて予想していなかったのだろう。
「それなら、私が材料を運びましょう。その後に皆さんを乗せて家を建てる場所まで連れていきます」
「大丈夫かよ、ルナ? 昨日の今日でさ?」
「問題ありません」
自信満々の表情だが、往復で一日かかるこの距離を何度も行かせるのは少々心配だ。何か良い手は無いかと考えていると、デラが浜辺に着陸した。
お別れでも言いに来たのだろうか。
「姉御、俺達は戻る」
「待て待て、キース、お前にこんな事を言うのは癪だ……頼むデラを貸してくれ」
「何? なぜデラを貸さなければならないのだ」
「デラを貸してくれないと……ルナが死ぬかも」
かなり誇張した表現だが、ルナが大好きなキースなら引っかかる。引っかかるはずだ。
「……本当か?」
「さあ? 死にはしませんけど物凄く疲れるでしょうね」
「わかった、デラ。姉御に力を貸してやってくれ」
「えぇ……」
普段なら元気よく返事するはずだが、今日は──というか今回は気乗りしないようだ。おそらく、ルナと共同作業をさせられるからに違いない。
ルナも嫌そうな顔を見せている。
「なあ、二人がお互いを嫌ってるのは知ってるけどさぁ、今回ばっかりは頼むよ、な?」
ルナとデラは俺を見つめ、互いを見つめ合い、大きく溜息をついた。
「今回だけだからね」
「おお! デラ、マジでありがとう!」
渋々とだが、了承してくれたデラに深く頭を下げる。ルナも仕方なくといった顔をしている。
「昼ぐらいになったら倉庫まで来てくれ。材料を用意しておくから」
男達は村の外れを指差した。彼方にうっすらと小屋の輪郭が確認できた。
「わかりました、お昼になったら来ます」
「デラ、俺を魔界まで運べるか?」
「もちろん、できます」
ルナは森へ、デラはキースを乗せて魔界へ、男達は材料の準備へ。それぞれの居場所へと飛んでいった。
取り残された俺は二度寝をしようかとベッドに戻る。
ドアを開けて中に入ると、コーディアがまだ眠っていた。昨日、彼女は太陽の光が入れば目が覚めると豪語していたのだが。浄化魔法を使用した事で疲れがたまっているとか、あるのかもしれない。
アンナもぐっすり──いや、いびきをかいて爆睡している。年頃の女性がこんなので良いのだろうか。髪は乱れ、半分腹が出ている。
布団はめちゃくちゃ、枕は床に落ちている。この寝相の悪さは世界一だろう。
対するコーディアは枕を胸の前に抱え、小さく丸まって寝息をたてている。こちらは可愛いと表せる。
二人を起こすのも申し訳なく思ってもう一度外に出る。
「そういや太刀失くしたな」
蛮刀に続き、敵からぶんどった武器だが早々に失ってしまった。また新しい敵から奪うか、しかしそう簡単に武器を持った敵が現れるか、だ。
「いや、奪うよりも買った方が早くないか?」
波打ち際をうろつきながら独りごちる。海鳥が鳴きながら沖の方へと去っていく。
「平和なもんだ……」
浜辺から離れ、石造りの桟橋へ歩を進める。潮風が髪を撫で、波の音が耳を癒す。
「釣りできっかなぁ」
膝をついて海を覗き込む。日本の海とは違い、底が見えるほどに澄んでいる。中くらいの魚がそこかしこに泳いでいた。
「へぇ……お前がユウスケか」
「へっ!? おわッ!! あ、ああ!!」
いきなり背後から声をかけられ、体がビクッと反応する。手が滑って縁から離れ、眼下の海目掛けて落ちていく。
「おっと、危ねえ」
襟首を掴まれて事なきを得る。そのまま引っ張り上げられて桟橋に尻餅をつく。
「……だ、誰?」
「俺は……誰だと思う?」
「質問を質問で返すなよ」
お気楽そうな少年は鼻の頭を掻いて声高々に宣言した。
「みんな大好き魔王様だ!」
目の前の少年は、黒無地のノースリーブとラフな短パンを着用意していた。肌は浅黒く、髪は金色でツンツン跳ねている。
釣り上がった瞳は、美しい水色で、空をそっくりそのまま詰めたような感じ。
ここまでくればただのイケメン少年だが、たった一つ人間と違う場所があった。
角だ。
彼の額から二本の角が生えているのだ。
「……本当に魔王なのか?」
「そう言ってるだろ。俺は魔王。第十八代魔王ネロ・アシュフォード、さ」
「な、何のようだ……」
いつでも海に飛び込めるように身構える。足を開き、魔王と距離を開ける。
「そう、身構えんなって。今日は殺さねえから」
「ルナを連れ戻しに来たのか?」
「いんや、お前の視察だ。うちの軍師が勝ちしか無いゲームは面白くないと言っていてな。ルナはそっち側でいいぜ」
「あっそう……俺が今ここで殺すかもしれないぜ?」
「はっ、武器も無いのにか? 素手で殺されるほど、この魔王は弱くないぜ?」
ネロは笑顔だが、握られた右の拳には紫色のオーラが灯っていた。あの拳で殴られでもしたら即死だろう。
「冗談だ。王都陥落を狙ってるらしいけど、ホントか?」
「キースから聞いたんだな?」
「キースから聞いたルナから聞いた。──なあ、魔物と人間で共存できないのか?」
一縷の望みにかけて尋ねてみる。が、ネロは即答だった。
「無理だな。お前とならできるかも知れねぇが、全員となると無理だろうよ。特にあのディアス。獣人並びに魔物を嫌ってやがるぜ」
ま、そういうことだ、と言って俺の肩を叩いた。
#本気__まじ__#
「いずれ大戦争になる。その時、俺はお前と戦ってみたい。その日まで、腕を磨け、勇者さんよ」
「おう、いつかお前と戦えるぐらい強くなってやるぜ」
ネロが手を差し出した。呆気にとられたが、彼の手を握り返す。
「それじゃ、俺は帰る」
パチン、と指を鳴らすとネロの周囲の空間が歪み始めた。しばらくすると、彼自身も歪んで消えた。
後に残ったのは潮の香りと海鳥の鳴く声、それから頬を撫でる微風だけだった。
「…………」
「ユウスケ、さっきのは?」
桟橋の陰から兎の耳がピョコンと飛び出していた。恐る恐るといった感じでコーディアが顔を出した。
「コーディア……さっきのは魔王だよ」
「嘘でしょ!?」
「よくわからんけど、俺の視察だってよ」
「何でまた……?」
「さあな、魔王様の考える事はわからんよ」
「怪我してない?」
ペタペタと触診しながら訊かれる。箇所によってはまあまあ痛むが、これは昨夜のクラーケンと戦った時に捻ったたりしたものだろう。
「大丈夫さ。朝飯、貰いに行こうぜ」
コーディアを抱え上げ、桟橋を戻る。もちもちの頬が首筋に当たる。
暖かさを感じながら、コーディアの後頭部を撫でてやる。
──そうでもしなければ手の震えが収まらないからだ。
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