ゴブリン達が用意した茶からは、ほんのりと甘い香りがする。それもフルーツのようなものだ。
「こちらも如何ですか?」
石を削って作られたテーブルの上に干した果物が置かれる。
「ありがとうございます」
そう言ってルナが一つ食べた。もう片方の手には大きめの──と言ってもバケツ程度の──カップが握られている。
「私の顔に何かついていますか?」
「いや……カップ握れたんだなって」
「何のために手があると思っているのですか。飾りじゃないんですから」
「確かにそうだ」
頷きつつ、俺も干し果物を取る。見た目はリンゴだか、ここは異世界。
どんな味かは見当もつかない。ただ単にリンゴの味か、強烈な酸味か。
意を決して口に放り込む。
「普通だった……」
少々がっかりしながらももう一つ食べる。気分的には十時のおやつみたいなものだ。
「ルナ様はこれからどうするのですか?」
「私は……大王を倒します」
「その件なんだけどさ、考えてみたら共存も狙えるんじゃないか?」
「ユウスケの案、聞かせてください」
「人間を奴隷とするなら当然戦争が起きる。そうすれば負ける可能性だってあるし、勝っても死傷者が沢山でるだろ? だから魔物側と人間側で妥協点を見つけるんだよ。分担しあって生きるんだ」
「和解……ですか」
「あの頑固な大王様が乗りますかねぇ」
ゴブリンが小さく溜息を吐いた。言い方から察するに頑固度は相当なものなのだろう。
「そこは、こっちが対応すればさ」
「ディアスはどうするのですか」
「あいつかぁ……。【モンスターマスター】ってだけで殺されそうになったしな。あいつに交渉なんてさせたら戦争に発展するね」
「それ以前に、話し合いにすらならないでしょう」
「うーん……急病とか事故で死なないかな。殺されかけた恨みもあるし」
「滅多なことを言うんじゃありません」
もう一杯とカップを渡しておかわりを貰う。
「ま、その時その時ので考えればいいか」
温めのお茶を飲み干して席を立つ。
「そろそろ戻りますか?」
「うん、そうしよう。お茶と果物、ごちそうさま」
「いえいえ、こちらこそ。黙っていてくれれば何でもしますよ」
「私は軍と関わりを持ちませんからご心配なく」
「そんじゃ、お幸せに」
ルナの背に乗って翼の付け根に手をかける。雑草の生えた地面を蹴り、飛翔した。
呪いのかかった森を飛び出すと、来た時と同様に、隠されていた。
結局、あの壁画の意味は何だったのだろうか。いつか必要になるのだろうか。
「はぁ……」
「溜息なんて、どうしたんですか?」
「いやね、今さらだけど現実感がなくてさ」
「それはどういう事ですか?」
「俺はついこの間までただの高校生だったわけ。それなのに突然、この世界に喚ばれて殺されかけてさ。今や巨大な竜と共に漁村の危機を救うってんだから」
「転換期を迎える時は、大抵波乱に満ちていますよ。その時の行動によっていい方向に動くかもしれないし、悪い方向へ転がるかもしれない。一つ一つの選択が大事なんですよ」
「選択、か。俺はいっつも間違えるからなぁ……」
「失敗しても巻き返せますよ、きっと。私やコーディア、アンナだっているんですから頼ってもいいんです」
「女性に頼るのは男としてな……」
「別に恥ずかしい事じゃありません。現に今だって私に頼って空を飛んでるじゃないですか」
「う……確かに」
「だから、好きなだけ頼るといいです。快く助けてくれるはずですから」
「……ああ、そうするよ」
漁村に近づき、村人達を驚かせないように浜の端に着陸する。
「あ、ユウスケ。どこ行ってたの?」
「うん? おお、コーディア。ちょっと近くの島までな」
浅瀬で水遊びをしていたコーディアとアンナが駆け寄ってきた。俺がいない間に二人は随分と仲良くなったようだ。
「その島には何かあったのか?」
「脱走したゴブリンが三人と、妙な遺跡だけです。ユウスケは中を見たんですよね?」
「んー、まあな」
壁画について話すと、アンナは顎に手を当てて唸った。
「光の出る珠? 光を反射した水晶とかじゃなくてか?」
「さぁ、俺にはわからないです」
「そんな変な珠の事よりイカをなんとかしなきゃいけないんじゃないの?」
腰に手を当てたコーディアが言う。確かに、と全員が頷いた。
「アンナさんは雷系統の魔法使えますか?」
「雷か、私は炎系統専門なんだ。すまない」
指先に炎を灯して申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、頭下げないでくださいよ」
「雷なら、私が使えるわよ」
まさか本当に使えるとは。ほら、また選択を間違えた。
そんな都合の良いことなんて無いだろうと思っていたのに。
「何よ、雷使っちゃ駄目なわけ?」
嫌そうな顔をしている俺の太ももへ、静電気の蓄えられたコーディアの指が触れた。
その瞬間にかなり大きな音が響いた。同時に針で刺されたかのような激痛が襲いかかってきた。片膝をついて感電した場所をさする。
「コーディア……お前はここで待ってるんだぞ?」
「大丈夫、みんなと戦うから!」
自信満々に笑顔を作る。ここまで満面の笑みを繰り出されると断り辛くなってしまう。
「いや、駄目だ」
そうなる前にキッパリとした口調で止める。
「どうして?」
「それは……危ないからだ。もし、お前が怪我をしたらどうする?」
「回復魔法かけるわよ」
「その暇なく追撃を喰らったら?」
「う……」
怒濤の口撃にコーディアは黙りこくった。あともう少しで圧しきれる、というところで思いがけない一言が放たれた。
「アンナとかキースとかは強いけどユウスケはどうなのよ!」
「え、俺? 俺は……まあ、中程度さ」
「それでも戦いに行くんでしょ?」
「もちろん」
「なら私もいいじゃない。ユウスケだって弱いのに行くのよ? 近接よりも魔法を重宝する時だってあるから」
勝ち誇ったかのようにふふん、と鼻を鳴らす。
「それじゃあ、ついてくると仮定して、コーディアはどうやって空を飛ぶんですか?」
決定的な一打。ルナはキースが乗るし、デラには俺が乗る事になっている。嫌々だが。
「ならば私が運ぼう」
「ちょ、アンナさん……」
「なんだ? コーディアも必要な戦力なんだろう?」
「そうですけど……危ないから戦いには遠ざけておきたかったのに」
「私だってみんなの役にたちたいわ!」
「ユウスケ、私に任せておけ。コーディアは無傷で返そう」
大きく溜息をついてコーディアに目を向ける。どーよ、と言わんばかりに俺を見てニヤニヤしている。
アンナになら任せられる気がするが、あの羽でコーディアを連れて飛べるのだろうか。
しかしアンナが大丈夫と言えば大丈夫なのだろう。彼女の力を信じていないわけではないし。むしろ、頼りにしている。俺なんかよりも断然強いのだから。
「ルナ……一個聞いてもいいか?」
「なんでしょうか?」
コーディアを抱えたアンナがルナに話し掛けた。コーディアも安心そうに首筋に腕を回している。
──ちくしょう、俺がいない間に二人はどんだけ仲良くなってるんだ? 二日一緒にいた俺よりも数時間のアンナさんの方が懐いているじゃないか!
いったいどんな手を使ってコーディアを落としたというのか。
「あの男──キースはなぜここに来たんだ? 魔王の目的は人間を滅ぼすことだろう?」
「ああ、その事ですか」
ルナは手短に軍の内政を語った。俺に話した時よりも難解な言葉が飛び交う。それでも頷いて理解した表情のアンナ。疑問は一切無さそうだ。
「つまり、クラーケンは現在の軍の規則を破っているからキースが制裁に来たと」
「ええ、そういう事です」
アンナは地面に視線を向けて何やら頭の中で情報を整理している。時折独り言を呟いたりしていて、意外な一面を見た。
「あ、みなさーん! お昼の準備ができましたよー!」
マーサが民家の方から走ってきた。こちらも手を振り返し、彼女のもとへ小走りで向かう。
「ルナはどうする?」
「私は森で狩りをしてきます。それでは、また午後に」
優雅に飛び立ち、森の方へと去っていった。
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