クラス丸ごと召喚されたけど、モンスターマスターは嫌われものでした

だんご3
だんご3

17話 雷雨の中で

公開日時: 2020年9月4日(金) 18:00
文字数:3,748

日が落ちてきた頃、雲は低く垂れ込め、今にも一雨きそうな雰囲気だ。実際、ルナとデラが降ると言っているのだから間違いないだろう。

しかも、雷雨だそうだ。視界、足場共に最悪の状況で魔王海軍のトップと戦うと言うのだからたまったものではない。


しかし、やらなければならないのだ。マーサ親子のためにも。

「いいですか、まずは私達が説得に行きますから貴方達は岩影にでも隠れていてください」


「わかった。交渉決裂と見たら即刻戦闘に参加するからな」

コーディアを背中に括り付けたアンナが言った。剣と盾の調子を確認している。慌てて俺も太刀を取り出して服の裾で表面を拭いたりしておく。


「足を引っ張るなよ」

ドスの利いた声でキースが呟く。ムッときた俺は考えるより先に言い返してしまった。

「お前こそ足引っ張るなよ」

「何だと!?」

「やめなさい!」


ルナに一喝されて縮こまる。俺とキースの共通点は、互いが嫌いだという事とルナに弱いという事だ。舌打ちをして睨み合う。

キースのドラゴンであるデラは主人にすり寄っている。余程離れたくないのか。


このデラはエレクトロドラゴンという珍しい種族だ。【モンスターマスター】の効力で魔物に関する情報がすいすいでてくる。道具等には全く機能しないが、無いよりはマシだ。


そしてこのエレクトロドラゴン──別名は雷竜だが──ドラゴンの中で唯一、雷を体内で生成して吐き出せるそうだ。

まだ幼体なのでさほど大きくはないが、飛行能力は高い。口から吐かれる雷撃を喰らってまともに生きていられる生き物はそうそういない。


最初の対面で撃たれなくてよかった、と心底思う相手だ。繰り出された時点でお陀仏だ。今頃は天国で楽しく暮らしていた事だろう。

「小娘、俺はお前が気に入った。だからこれをやる」


「私にか?」

キースの手から小さな貝殻が落ちる。それをアンナが手で受け止めた。

「……これはなんだ?」

「テレパシェルだ。どれだけ離れていても俺の持っているもう一つの貝殻と会話することができる。タイミングを見計らって来い」


「わかった。活用させてもらう」

「それでは、行きましょうか」

キースがルナの背に乗った。アンナも輝く翼を生やし、飛翔する。


「よ、よろしく頼む」

「ふん、早く乗れば?」

おずおずとデラの背中に乗る。舌打ちした彼女は、勢いよく飛び立った。アンナを抜かし、ルナの斜め後ろを飛ぶ。

急に速度が落ち、上体がぐらついた。ふわりと尻が浮いて空中へ放り出されそうになる。


しかし、デラの尻尾が守ってくれた。

「貴方、どんくさいわね。しっかり掴まってなさいよ」

「お前がいきなり飛ぶからだろ!」

「キース様はこれぐらい難なく耐えるけど?」


「んだと、このくそドラゴンが。ルナの方が何倍も飛ぶのが上手いね」

「何よ! あんな女よりも私の方がキース様に合ってるんだから!」

さらに言い返そうと、息を吸い込むと、ルナが吼えた。

「やめなさい!」


デラは舌打ちし、俺は小さく返事をした。やはり俺はキースとデラとはどうも馬が合わないようだ。

太陽が完全に姿を消し、辺り一面闇に包まれる。ドラゴンの目は明るくとも暗くとも見える高性能なものなのだ。


しかし、アンナは人間でコーディアは獣人。見えるのかと思って振り返る。そこには光輝く翼が見えた。

小さな太陽の如く、行く先を照らしている。どうやら本人達も眩しいようで、半ば目を閉じていた。


「この辺りで待っていてください」

ゴツゴツとした岩場まで来ると、大きな岩の影に隠れてルナが降りた。それに続いて俺達も着陸する。


寄せては返す波のせいで靴の中がびしょびしょになってしまった。

こんな事になるなら出発前にサンダルを買っておけば良かったと歯噛みする。


ルナが飛び立つと、直ぐに闇へ溶け込み、見えなくなった。しばらくは誰も話さず、ただ波の音だけが辺りに響いた。

「アンナさん、翼、しまったらどうです?」

「む? 確かにバレてしまうかもしれないな」


すう、と彼女の翼が消えた。それと同時に辺りが闇一面と化した。何も見えない。

波の音、自分がここに立っている、周りにいる誰かの息遣い。これだけしかわからない。

「見えないね……」

ポツリとコーディアが呟いた。


「明るさって調節できないんですか?」

「やってみた事がないからわからないか……まあ、やるだけやってみるか」

再び翼が現れる。その光を直で受けた俺はふらりと傾いて後ろに倒れこんだ。通常ならドサッ、という効果音だが俺の後ろは陸ではなく、海。


重力に従って背面ダイブをきめる。バシャンと派手に水飛沫をあげた。

我に返り、空気のある水面を目指す。アンナが翼の明るさ調節に成功したようで、向かうべき場所がわかる。岩場の縁に手をかけて這い上がる。ポタポタと海水が滴り落ちる。


──水も滴るいい男、ってね。

心の中でくだらないギャグを呟く。少しだけ気持ちが軽くなった。


「ユウスケ、大丈夫か?」

「え? ああ、びっくりして落ちただけですから」

海水が気管に入ってしまったようで激しく咳き込む。アンナに背中を擦ってもらってようやく落ち着く。


「あー……ちくしょう」

上着を脱いで水を絞る。流石にズボンを脱ぐのはどうかと思って我慢する。顔を拭い、一息つく。

デラに鼻で笑われた気がしたが、無視無視。


「……来ました」

アンナの服のポケットから、ルナの声が聞こえた。

「テレパシェルからだ」

ポケットから通信型貝殻を取り出して手のひらに乗せる。そこに集まって陸海空軍トップの対話を聞く。


見えるはずもないのに俺は背後を見た。闇の中に、何か盛り上がるものが見えた時には目を疑った。

山のように大きな何かが海を裂いて現れたのだ。それは何本もある触手をくねらせている。あれがクラーケンだ。


「あらぁ、ルナはんにキースはん。お二人揃ってどないしたん?」

エセ関西弁を話すクラーケン。どこか陽気な雰囲気だが騙されてはいけない。


「久し振りですね。今夜、若い娘は来ませんよ」

「なんやて!? あの村潰しにいかな」

ルナが移動しようとするクラーケンの前に立ちはだかり、制止をかける。


「待て、お前は大王が方針を変えたのは知ってるよな?」

「ああ、人間奴隷計画でっしゃろ? 知ってまっせ。あんな村一つ消したぐらいで変わりませんで」


「確かにそうだが……」

返答にキースは困っている。俺達は顔を見合わせるが、まだその時ではなかった。

話を聞いているうちにポツリポツリと小雨が降り始めた。


「それに、ルナはん、軍を辞めたんやろ? そこにキースはんがいるってなると、どこか怪しいんやなぁ」

「なんとでも言え。姉御は悪くない」


事の成り行きを見守る──否、聞き守る俺らはそろそろ頃合いと見て助太刀の準備に入る。

「それに、人間のガキと仲良しって聞いてますぜぇ? 大王様の殺害も企てているとか」

「どこでそれを……!」


ルナの言葉に同様が浮かぶ。これを聞き取り、漆黒の中へ飛び立った。雨足は強まり、遠方から雷が見えた。

「海の情報網、なめたらあきまへんでぇ?」


一本の触手が、ルナ達に襲いかかる。寸でのところで回避。しかし、続けざまの二本目は躱しきれない。

「デラ! 雷を吐け!」

「言われなくてもわかってるわッ!」

濃縮された電気エネルギーが直撃間近の触手に命中した。雷撃はクラーケンの腕を貫通し、彼方まで飛んでいった。

イカ特有の十本の腕がゆらりゆらりとこちらへ向いた。

「なんやぁ? ゴミがうようよしてますわなぁ?」


一本一本が独立した生き物のように、こちらへ襲いかかってくる。その姿は蛇のようだ。大蛇と言っても差し支えはない。

恐ろしく速い攻撃を、デラは見事に躱す。糸を針に通すかの如き正確さで逃げ回る。合間合間に雷を吐き、着実にダメージを与える。


アンナとコーディアも応戦しているが、いかんせん火力が足りない。何度もたたき落とされそうになるがギリギリアンナが避ける。

「キース様!!」

突然デラが絶叫した。何事かとそちらへ目を向けると、キースがルナの背から飛び降りていた。鋭く尖った槍を垂直に構え、自身を狙う腕を一本縦に切り裂く。


ヌメヌメとしたイカの足を軽やかに踏んで頭部へ移動する。それにしても彼はどうやって滑る足を跳んだというのか。

幾度か攻撃し、ルナが近くを通りかかったタイミングでクラーケンの頭からルナの元へ戻った。


「さっすがキース様ですわ!! まあ、貴方にはできないでしょうけど」

ふふん、と鼻を鳴らしてキースの戦いに感嘆の溜息を漏らした。

「だったら俺もやってやるよ」

「貴方のような凡人が? 無理に決まってるじゃない」


今度は雷雨に負けない程の笑い声を彼女は出した。カチンと来た俺は太刀を右手に、クラーケンの上空を飛ぶデラの背中に立った。

「行け! 降下しろ!」

体勢を低くし、翼の付け根に手をかける。彼我の距離、およそ五メートル。


意を決してクラーケンの頭部へ飛び移る。予定ではかっこよく斬撃を与えてデラの背へ戻る、というものだった。

しかし踏み締めようとした瞬間に滑りに足をとられ、前のめりに倒れる。そのままずるずると頭を滑り落ちていく。


そうはさせじと太刀を突き立てた。柔らかい表面に深く突き刺さり、その身を裂いていく。落下速度はしだいに緩やかになり、三メートル程の傷をつけて停止した。


「ギィャアアアアアアアアアアッ!!」

雷よりも大きな苦痛の悲鳴が、辺り一帯に轟いた。

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