クラス丸ごと召喚されたけど、モンスターマスターは嫌われものでした

だんご3
だんご3

32話 海神vs魔剣

公開日時: 2020年9月10日(木) 16:00
文字数:3,281

「行くぜ坂下……」

異形の者と化した右腕を振り回して走ってくる。その手には海神の剣よりも太く大きな剣が握られている。


「おらッ!!」

とんでもない太さの腕から放たれる一撃は地面を穿ち、大穴を開ける。たが、武器がめり込んで中々抜けないようだ。

チャンスと見て首を落としにかかるが、機敏なタックルで弾かれる。

横田があの体に慣れる前に決着をつけないと皆殺しにされる。慎重に剣を構えて深呼吸をする。


「ダアアアアアアッ!!」

魔剣を地面に突き刺し、大地を裂きながら突進してくる。人の力ではなし得ない行為を平然とやってくる。

もう、モンスターとして処理しても良いのではないか。俺の眼前で剣が振り上げられた。土や小石を撒き散らし、敵の姿が確認できなくなる。


「捕まえたぜ坂下……」

左手で胸ぐらを掴まれて宙にぶら下げられる。

間近でこいつの顔を見るのは初めてだが、前のいかした顔はどこへやら。

今は目の周りにクマができていて、眼球は充血している。肌もカサカサで、美容に気を付けていない俺の方が綺麗かもしれない。


「お前よぉ……どんな気分だ?」

「な……何がだよ」

「今から死ぬって気分だよお!!」

唾を飛ばしながら下品に笑う。優等生の仮面を脱ぎ捨てた、醜い一人の男が目の前にいる。


「お前は……憐れだよな」

「あ?」

「魔剣に頼って、そんな体にならなきゃ俺を掴むこともできない」

「うるさいッ!」


「そんでもって、お前は俺には勝てないしな。踏んだり蹴ったりだよな。ま、同情はしないけどよ!」

まったく警戒されていなかった蹴りが、横田の顎に突き刺さる。激しく悶えて、俺を取り落とす。


剣を握る異形の右腕に海神の剣を突き立てる。ガツンと骨にぶつかるが断ち切ることはできなかった。

腕の一振りで剣が抜ける。柔らかな着地をきめて構え直す。


「クソガアアアアッ!!」

豪腕から放たれるパンチをするりと避け、胸元へ鋭い一撃を見舞う。ヘドロのように汚い血が吹き出し、横田が膝をつく。


「立て! シロウ殿!」

今度こそ腕を落とす、と雄叫びを上げて振り下ろす。これでルナかライジュが起きてくれればいいのだが。

しかし、千切れかけの右腕が素早く持ち上がった。魔剣の鍔と海神の剣が交錯する。


「く……そ……!」

半分切れているというのにどこにそんな力があるのか。筋肉が膨張し、傷を塞いでいく。辺りに臭気が立ち込める。


「どこにそんな力があるんだよッ!」

両手の俺が再生した豪腕に押し返される。たたらを踏んだその瞬間に突きが繰り出された。


横っ飛びに回避するが、悪い体勢で崩れ落ちたため、左手首を捻る。

そろそろまずい事になってきた。横田の腕は回復し、俺は片方の手首が使えなくなった。ネロの助けは見込めない。


ルナとライジュを起こしに行く間に家が破壊される。

「…………」

ズキズキと痛む手首を庇い立てながら剣を振るうのは辛い。一振り毎に手首が一際強く痛む。


「こちらから行かせてもらうぞ」

「──!?」

──口調が変わった? わざと演じているのか、剣に意識を乗っ取られたか。


体を作り替えて傷を癒す程の力があるのだから意識を乗っ取ったとしてもなんら不思議ではない。というか、魔剣という時点で持ち主の精神が蝕まれているような気がする。


横田のような優等生ポジションならなおさらだ。

「オオオオッ!!」

人の枠から外れた巨腕に握られた魔剣が迫ってくる。真っ向から受けたら確実に負ける。


感覚に身を委ねて重心を左にスライドする。移動しきったタイミングで俺の横を刃が通過した。

振り向き様に、人の形を保っている左腕を切りつける。勢いの乗ったこの攻撃は彼の腕を吹き飛ばした。


だが、ここで横田は怯まずに痛烈な一発を放った。それをもろに腹に喰らった俺は凄まじい速度で吹き飛ばされて地面を転がる。剣は彼方へ吹き飛び、家の前に落ちた。

上手く呼吸ができずに喘ぐ事しかできない。吸おうとしても酸素は取り込めず、ただ出ていくだけ。


体をくの時に曲げて横田を睨み付ける。奴の目は爛々と煌めいており、そこには一欠片の慈悲も存在しなかった。

「終わりだ……よくぞ我輩の進化に協力してくれた。ささやかな礼として、苦しまないように殺してやろう」


──詰んだ。


そう頭によぎった瞬間、闇夜を切り裂いて閃光が着弾した。地面が捲れて砂埃が巻き上がる。

「ようやく見つけた。お前か、人を食い漁っているのは」

聞き覚えのある声に、降ってきた雷。こいつは──キースだ。


「なぜ魔物が人を助ける?」

「人間? なんだ、いたのか。不様だな」

嫌味のこもった笑顔を向けてくる。いつか絶対叩き潰してやる。


「それと、俺はこいつを助けに来たわけではない。お前を殺しに来た」

「我輩を殺すということは人間を守ることと同義ではないのかね?」

「そうかもな。だが、人間は全て大王の配下に加わるのだ。お前ごときが食って良いものではない」


「言わせておけば……」

「やれ、デラ」

夜の澄んだ空気を震わせるほどの轟音が辺りに響いた。レーザー状の雷は魔剣に直撃。

眩い光を放ち、静寂が訪れる。横田の肉体はなんとか耐えたようだが、右腕はほとんど使い物にならなくなっている。


彼の肉体を乗っ取っている魔剣にも焦りが見え始めた。

「意外と頑丈なのね。もう少し力を出そうかしら」

デラが電気をチャージし始める。次の光線は耐えきれないと悟った魔剣は、海神の剣を拾って投げてきた。


プロの野球選手を凌駕する速度で剣が飛んでくる。デラを守るためにキースが彼女の前に躍り出る。

自慢の槍で上方向に弾き飛ばす。彼方まで上昇する剣は、遂に見えなくなった。


「キース様、逃げられちゃいましたよ」

「む、まあ……仕方ないか」

「何しに来た……キース」


「任務の遂行だ。お前こそ何をしている」

「見てわかんだろ……満身創痍のボロボロだ、ボケ」

だいぶ痛みは引いたが、まだ呼吸し辛い。ぜーぜー、と風邪でも引いたかのような苦しそうな音が喉からする。


「ってか、剣どうしてくれんだよ」

「あんな安そうな剣、いらんだろう」

「アホか。ありゃ、リヴァイアサンに貰った海神の剣だぞ! 失くすなって言われたのに!」


バレたら何と言われるか。クラゲにされて海の中をプカプカ流されるだけの存在になってしまうのか。それとも不老不死にされて永遠の苦しみを味わわされるのか。


「とっと! 探して! こい!」

「お探しものはこれかな」

さくっ、と俺の傍らに剣が突き刺さる。


「あ……ネロ」

「まあまあ、強くなったみたいだな。安心したよ。それからキース、よくやった。デラもな」

安心したら体から力が抜けた。膝から崩れ落ちそうになるところをデラに支えられる。

そして肋骨の辺りが痛んできた。


「あー……こりゃ折れてるな。二、三本逝ってるけど、肺には刺さってないぞ。運のいい奴め」

ネロが俺の胸に手をかざした。太陽のように暖かい緑色の光が全身を包み込む。光が消えると同時に、体が嘘のように軽くなった。


「大王、いいのですか?」

「ユウスケは俺の勇者だ。俺を殺しに来る存在。ま、お前が負けたら魔物にしてやってもいいぜ」

「遠慮しとくよ。そこの奴みたいに心は弱くないから」

「なんだと!?」

怒ったキースが胸ぐらを掴んでくる。しかしネロに制止されて渋々と引き下がった。


「なあ、キース。人を食ってるのって、アラクネじゃないのか?」

「アラクネ? ああ、あの子育て女か。あんな気のいい女が人を喰らうか」

「んだよ……」


始めの頃はユーリィが食われると思って焦っていたのだが、実際に会うと悪い人ではなく、普通にいい人だったので驚いた。


「それじゃ、俺はそろそろ帰る。抜け出したのがバレると面倒だからな」

「お供しますよ」

キースがデラに跨がりながら言う。


「そんじゃな、ユウスケ。殺しに来るのを楽しみにしてるぜ」

そう言って、彼らは月を背景に、闇の中へと飛び去っていった。

彼らが去ってから数分後、程よく眠くなった俺はベッドに入ろうと思った。


しかし、微かに残った理性がそれを留める。

俺は血まみれの状態だ。しかも生乾き。これでベッドに潜り込んだりしたら血がついて取れなくなる。

仕方なしに下に降りて椅子に座る。そして、テーブルに突っ伏して眠りについた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート