魔剣の禍々しいオーラを全身に感じながらも懸命に向き合う。横田の両目は最早、人を辞めていた。
奴の背後に埋もれている光玉を手に取れれば、勝利だ。
横田の赤く光る瞳には俺しか写ってはいない。目の前に存在する俺を殺すために動いているようだ。
殺すことは出来ないが、なるべく細かく刻めば復活に時間がかかるだろう。
彼は魔王の力に飲まれたか、魔剣が乗っ取ったか、今の横田は警戒するに越したことはない。
「さっさと死んでくれ、坂下」
急接近してきた横田の突きを避けて、首に狙いを定める。
だが、左手で刀身を掴まれた。どれだけ力を込めてもびくともしない。
「くっ……」
「その腕、切り落としてやるよ!」
寸でのところで手を離し、斬撃を躱す。服の裾が千切られたが体へのダメージは今のところ無い。
しかし剣を盗られてしまったのは痛い。武器無しでどう戦えというのか。
「こんな安物の剣、要らねぇよな」
崩落した壁めがけて海神の剣を放り投げた。反射的に体が動き、濁った空へと吸い込まれる剣に手を伸ばす。
あと少しなのに届かない。自分の腕の短さを呪った。
そこで止まらずに城の外へと身を投げた。空中で剣をキャッチし、勝利の雄叫びをあげる。
そろそろルナが来る頃ではないか。落下しながら待つが、一向に助けが来ない。
上では横田が俺を罵って笑っている。地面に激突して死亡なんて、死んでも死にきれない。横田と切り合って相討ちならまだしも、関係の無いところで死ぬなんて、嫌だ。
切っ先を壁に向け、突き刺した。強い衝撃が腕を襲うが放さないようにしっかり握る。
ガリガリと耳障りな破砕音を響かせつつ、地上五メートル付近で停止した。
生身での着地でも死ぬことは無い。ただ足がジーンと痺れるだけだ。
意を決して壁から剣を外す──と同時に落下再開。
予定では格好よく両足着地をきめるはずが、右足が先について次に左足が着陸した。
妙な体勢で落ちた俺は思い切り仰向けに転倒した。足に痺れが拡がり、上では横田が喚いている。
寝転んだまま中指を立ててファックサインをする。激情した横田はふわりと飛び降りた。
重力を無視してゆっくりと降り立つ横田の顔は真っ赤に染まっていた。死んだと思って馬鹿にしていたのに、死なずに中指を立てられたからだろうか。
「殺す! お前は絶対に殺す!」
「結構結構、殺せるもんならどーぞ」
怒り狂う横田に対し、冷静沈着な俺。外の空気を吸った事で思考がリセットされてすっきりした模様。
今なら横田の行動がはっきりと分かるし、反撃する余裕さえもある。
単調な攻めをいなし、肩口に剣を滑らせる。肉が削げ落ちた程度だが、傷をつけられた事でさらに怒った。
過去の戦いで何度も切りつけているのに、何を今さらと呆れながら防御に徹する。
大方、魔王の力を手に入れて最強になった自分が傷つけられるとは思っていなかったのではないか。
「哀れだな……力に執着するあまり、力に呑まれてるぜ」
バトル系漫画でありそうな台詞を放ち、がら空きの脇腹へ蹴りを叩き込む。
体をくの字に曲げて呻いた。飛び膝蹴りを顔面に当てた。慣れない攻撃に膝を痛めたが我慢して城の中に駆け込む。
横田に追い付かれないように城内を走り回り、階段を探す。カツカツと靴底と床がぶつかる音が無人の城の中に響く。
いや、無人というのは語弊があるか。
死体が多いのだ。きっと横田が殺して回ったのだろう。特に罪のない魔物を殺すのは許せたものではない。
切っていいのは襲ってきた時だけだと、俺は心に誓っている。
少し足を止めて息を整える。周りは体に穴が空いていたり首が無かったりする魔物達で溢れかえっている。
「この戦いが終わったらちゃんと、供養するからな」
亡くなった魔物達に手を合わせて拝む。横田が来ないうちに階段探しに戻る。
廊下を右に曲がり、先の通路を左へ曲がる。ようやく階段を見つけた頃には息が切れていた。
荒い呼吸のまま階段の一番下でで力尽きている魔物を飛び越えて目的地を目指す。
俺が落ちたのは城の中枢部。たぶん、三階か四階辺りだろう。
おびただしい量の血に足を滑らせながらも懸命に登る。
いったい横田は何が目的でこんなにしたのだろうか。
魔王になって人間界に攻め込むにはそれなりの兵力が必要だ。しかし自らの手で殺してしまっては戦力が落ちてしまう。
何か考えがあってやったのか、それとも単にイライラしていたからだろうか。
「……おかしいな」
いくら登っても玉座の間にたどり着かないのだ。階ごとに内装は変わるのだが、一向につかない。
無限ループまでとはいかないだろうが、それに近いものを感じる。
各階層をシャッフルして訪れる人々の目を欺くとか、魔物でなければ正しい道が開けないとか。
「厄介だな」
流石に柱までは変化しないだろうと予測をたてる。そして柱に海神の剣で大きなバツ印を書いておく。
ここが同じ階かどうか判断できる。しかし、もしもの事というのもある。
俺は念には念をいれて他の柱にも傷をつけておいた。
「さあ、勝負だ」
血の染み込んだ絨毯を踏みしめるたびに、ぬちゃりと靴裏に絡み付いてくる。
後ろを確認しながら一段一段足を動かす。踊り場に差し掛かると下の階が見えにくくなった。
「はてさて……」
次の階に来て一番近い柱に近づく。俺がつけた横に伸びる傷は無くなっていた。他の柱も同様に新品同様だった。
「…………?」
足早に下に降りて柱を見てみる。するとちゃんと引っ掻き傷がついていた。
「んん?」
ますます分からなくなってきた。いくら登っても目的の階にはつかない。
ループしているのではなく、城の外から見た大きさと、城の内部構造は違っているのではないか。
空間そのものがネジ曲がっていて外見から大きく外れたサイズになっているのではないだろうか。
「仕方ない……行くか」
息を調えて階段を大股で疾駆する。何度か血に足を取られたが派手に転んだりはしなかった。
生き残った魔物はいないようで、俺の荒い息遣いと血液を踏む音しかしない。
十階を越した辺りからだろうか。上の階から喧騒が聞こえてきた。
よし、とガッツポーズして足を早める。
ルナ達のいる階に横田がいたらどうするか。奴が光玉を忘れているとありがたい。
軽く挑発して切りかかってきたところを躱す。そして瓦礫に挟まった光玉を取って横田を殺す。
作戦は単純明快だが、やるとなると難しくなる。横田本体は無能──いや、あまり戦闘に関する構えがなっていないが、それを魔剣が補っている。
非常に厄介な相手だ。特に魔剣に作戦を感づかれたら最悪全滅の可能性さえある。
「考えてもしょうがないよな……」
自嘲気味に笑い、玉座の間へと戻ってくる。
「ユウスケ!」
真っ先にコーディアが飛び込んできた。ルナとデラが寄ってくる。ただ一人、キースだけが壁の穴を見つめている。
「あいつはどうなったの?」
「横田はまだ生きてる。たぶんそろそろ戻ってくるんじゃないかな」
デラの問に答えた瞬間、彼が壁から飛び込んできた。
「……坂下ぁ……」
「なんとか横田を食い止めてくれないか? そうだな……三十秒頼む」
横田を無視して彼女達に託す。キースも協力してくれるとありがたい。おそらくだが、ルナやデラが戦えば彼もやってくれるだろう。
「無視してんじゃねえぞ!!」
魔剣を振り上げた横田の胸に、デラの雷が突き刺さる。肋骨を貫通して心臓も破壊する。
ぽっかりと開いた穴からは肉の焼け焦げる音と臭いがする。
これで終わるならいいが、横田は魔王だ。いくらでも復活してくる。例え如何なる状況でも。
再生するまでに多少の時間があると確信した俺は、奴の背後にある光玉目掛けてスタートを切っていた。
仰向けに倒れかけた横田の体を、魔剣が無理矢理起こす。俺目掛けた突きはルナの尻尾によって阻まれる。金属どうしがぶつかる耳障りな音を響かせた。
「サカシタアアアアア!!」
もはや人とは思えない咆哮を放ち、飛びかかってきた。ルナを食い止めていた魔剣は突然床に落ちる。
「坂下……我は……お前を……やめろ……俺の体を……」
がっつり腰を持っていかれた俺は床に押し倒される。馬乗りになった横田が笑みを浮かべるが、どこか様子が可笑しい。
頭がぐらぐらと揺れ、喋っている事も変だ。
逃げ出す絶好のチャンスだが、異常に力の強い横田の押さえ込みから逃げることは出来なかった。
ぶつぶつと独り言を続ける横田の股間に膝蹴りをぶちかます。しかし、全く持って気にする様子はない。
「殺してやる……お前らは動くな。動いたらこいつの首を落とす」
救助しようとするルナ達に横田が命令する。彼女らが助けに来ても来なくても俺は死ぬことになる。
汚れた両手が俺の首を掴む。強く締め付けられて呼吸ができなくなった。
手を剥がそうと引っ張ってもびくともしなかった。
「……かはっ……」
意識が朦朧としてくる。腕に力が入らない。
もうだめか、と思った矢先に鋭い閃光が走った。キースの槍が横田の腹を串刺しにした。
槍は床に深く突き刺さり、横田はそこに固定されてしまった。
「げほっ……」
「さっさと行け!」
喉を擦りながら光の漏れる瓦礫を目指す。魔剣に乗り移られた横田は自身で腹を引き裂いて脱出した。
反応の遅れたキースの胸当てを殴り付けた。装甲が凹み、床に殴り倒された。
内臓と血液を滴らせて奴が走ってくる。その異様な光景に寒気を覚えながらも必死に足を動かす。
四角い瓦礫を一枚取って横田の腹部に投げつける。再生を開始していた傷口にめり込んで吸収してしまった。
倒壊した破片の奥に見える光玉に手を伸ばし、掴み取った。
それと同時に右のふくらはぎに激痛が走る。振り返ると魔剣が貫通していた。
「ハハハハハッ!! 死ねえッ!」
横田の声と魔剣の声が混じりあった哄笑が辺りに響く。ザクザクと俺の足に剣を突き立てまくる。
「死ぬのは──お前だッ!」
挟まっていた光玉を抜き取り、横田の顔面にかざす。強烈な光が彼の顔面を焼き尽くす。
しゅうしゅうと音をたてて横田の体から闇色のオーラが抜けていく。
とどめを刺したいのだが、俺の両足では立つこともままならない。
至るところが傷だらけの横田、焼け爛ただれた顔は醜く、前髪は縮れている。
かつての好青年は消え去り、小汚ない人間がそこに立っていた。
「俺は……死にたくないっ!」
突然素に戻った横田が涙を流しだした。その表情に呆気にとられて思考が停止する。
「なあ、坂下許してくれよ! 謝るから!」
「何を……今さら……」
泣き崩れる横田を前に、俺は剣を振るうことはできなかった。
「早く殺せ! いつ戻るかわかったもんじゃないぞ!」
キースが罵声を飛ばした瞬間、横田の手が俺の胸に突き刺さった。自分の心臓が握られる感覚。
これ以上に不快な事はない。
「やっぱ馬鹿だよなぁお前は。俺は魔王だ、しばらくすれば力は戻る。そしてお前は心臓を潰されて死ぬんだ!」
俺は……最後の力を振り絞って、横田の首に剣を突きだした。緩やかな動きで横田は避ける必要すらない。
しかし、黒い物体が兼の側面を押し、加速させた。驚きに満ちた表情のまま首が切断された。
「……んで……だよ……」
首から下が灰になり、風に乗って消えていった。
そして、まもなく俺の命も尽きる。
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