鳥の囀りが木霊する森の中心で対峙する。自信に満ち溢れるユーリィに対し、とてつもない不安を抱える俺。
「本気でかかってこいよ」
「後悔はしないよな?」
武器を持っていないユーリィに念のため尋ねる。すると彼は不敵に笑って頷いた。
「当たり前だ」
「わかった……いくぞ」
腰に手を当てて余裕をかましているユーリィにダッシュで接近する。右斜め下から切り上げる。血飛沫が舞い、俺を染める。
意外とあっけない、そう感じたのだが血が晴れると、ピンピンしているユーリィがそこにいた。
「なかなかいい剣筋だな。だけど、俺には勝てないぜ」
ユーリィが指鉄砲の構えを取る。直感でまずいと悟って左に飛び退く。凄まじい轟音が朝の森に響き渡る。
ギルダが弾いたおかげで被害は無かったが、あんなのをくらったらひとたまりもない。
彼は西部のガンマンよろしく指から立ち上る煙に息を吹き掛けている。
「ほら、攻撃しないと勝てないぜ?」
屈託のない笑顔を浮かべて一回転。どうにかして俺を挑発して一撃を入れようとしている風にしか見えない。
「なあ、何でもありだよな? 死ななければ」
「ああ、何でもいいぜ」
「よし……」
突っ込む、と見せかけて地面を蹴り上げる。湿った土が捲れてユーリィの顔に飛んでいく。しっかりと踏み込んで、再突撃。
彼が手で顔を覆った隙をついて柔らかい腹部に蹴りを叩き込む。
本人からの了承は得たし、ギルダが回復してくれると言っていたから大丈夫だろう。
ごろごろと泥まみれになって地面を転がるユーリィ。今度こそ勝負あった、と剣を納める。
だがしかし。
「いやぁ、今のはいい攻撃だったぜ。びっくりびっくり」
けたけたと笑う傷ひとつないユーリィが俺の目の前に立っている。目を疑うような光景だが、彼は転生者。
傷を無かった事にするなんて造作もないことなのだろう。
「さっきのさ、兄貴のアビリティでな。短時間なら巻き戻すことができるの。発動条件は指パッチン」
「そんな事俺に言っていいのかよ」
「全然問題ない。俺が勝つもの。で、これはギルダお得意の技、《ダークホール》」
ぺたり、と彼の小さな手が俺の胸に触れた。
ブーンと冷蔵庫から時折聞こえるような音と共にブラックホールのような黒い球が現れた。それはどんどん膨張して戸惑う俺を呑み込んだ。
上下左右どこを見ても闇。手を伸ばしても何も掴めない。自分がどのような情況に置かれているのか理解できない。
立っている? 座っている? 横になっている?
急速に視界が狭まり、走馬灯のようなものが巡る。
三歳ぐらいの記憶だろうか、テーブルの脚に掴まって歩き出している。
場面が飛んで幼稚園のお遊戯会だ。俺はナレーターの役をやっていた。幕の後ろでしっかりとした声で語っている。
さらに時が進んで六歳。白い車に揺られて家族でどこかへ出掛けている。
俺は後部座席に寝転んで天井を見つめていた。信号が青になり、車が渡り始める。そこへ一台のトラックが突っ込んできた。
耳をつんざく程の破砕音が少年の頃の俺に届く。後部座席から転がって床に激しく体を打ち付ける。
痛みと混乱で何が起きているのかわからないままふらふらと立ち上がる。額から血が流れだした。右目に掛かって顎から滴る。
「とーちゃん……かーちゃん?」
割れたフロントガラスは周囲に飛び散り、席を這い上がった俺の指を切った。
車体の下敷きになった父と母は目も当てられないほどに酷く、ユウスケ少年は口から本の少し息が漏れただけで言葉が出てこなかった。
赤黒い血とどこかの内蔵が辺りに散乱している。二人を揺すってみるが、反応は無い。
父母の死を受け入れられない彼は、救急車がやって来るまで、ずっと彼らを起こそうと頑張っていた。
幼い自分の記憶を覗いている俺は、自然と両目から涙が溢れていた。鼻をすすり、涙を拭くと、視界が戻り始めた。
ひんやりとした地面の上に倒れ込んでいた。どうやら気を失っていたのは一瞬のようで、ユーリィが俺の背中をつついている。
今はまだ、動かない方がいいだろう。限界まで待って奇襲をかける。のだ。
「ユウスケなら《ダークホール》耐えると思ったんだけどなぁ」
残念そうに溜息をついて立ち上がる。ギルダ達の方を向いて勝ったと宣言した。
──その隙を狙って闇に溶け込む蛇のように起き上がって組伏せる。
「とった!」
「やるじゃん」
指を鳴らされないように両手を封じる。あまり抵抗する様子は無く、ただ笑っているだけだ。
不気味すぎる。
「これで、諦めてくれるか?」
「やだね!」
爪先が鋭く、股間にめり込んだ。我が二つの玉が悲鳴をあげた。
横田にぶっ飛ばされた時の倍以上の痛みが全身に響く。脳内でエマージェンシーコールがガンガン鳴っている。
脂汗が大量にわき出る。玉を抑えてその場にうずくまる。ユーリィが立ち上がり、俺の背中に腰を下ろす。
「俺の勝ち。アビリティに気をとられすぎだ。ギルダ、治してやってくれ」
「《エクスキュア》」
光に包まれると、痛みが引いた。完全に引いた訳ではなく、断続的に痛んでいる。
「……ちょっとユウスケ! 何で負けちゃったの!」
ライジュに抱き起こされる。彼女の瞳には不安に満ちていた。ユーリィが怪我をしたらどうしようと、思っているのだろう。
機敏で賢いユーリィなら大丈夫そうに見えるが万が一ということもある。金的の痛みに負けずにもう少し頑張っていれば。
「なあ、ライジュ。そんなに俺が心配か?」
「そりゃそうだよ! ユーリィに何かあったらボクは……ボクを許せなくなる……」
「心配すんな。俺は大丈夫だから」
そう言ってライジュのお腹に顔を埋める。服越しではあるが、その柔らかさは見ている側にも伝わる。
二人きりにさせてやろうと、その場を離れる。と、コーディアが駆け寄ってきた。
「はい」
開口一番、それだけ言って両腕を広げた。ライジュの腹を羨ましそうに見ていたのがバレたか。
苦笑してその場にあぐらをかく。そしてコーディアの華奢な体を抱き締める。人よりも高い体温に癒されながら目を閉じる。
「ユウスケは強いから、大丈夫」
優しい口調で、耳元に囁きかけてくる。コーディアらしからぬ声で少々背筋がざわつく。
「あー……慰めてくれるのは嬉しいんだけどさ」
「何よ?」
「なんか怖いよ」
「な、何で怖いのよ!」
「だってコーディアが穏やかな口調で言うのって……ほら、珍しいからさ?」
「私だって優しくできますー!」
ぷくっと餅のように頬を膨らませて抗議する。
うん、こっちの方がコーディアらしい。
「ちょっとライジュにヤキモチ妬いてるだろ」
「そ、そんなことはないわ。別にユウスケがライジュの毛並みに見とれてるとかそんなんじゃないからね!」
絞め殺さんばかりの勢いで再度抱き締めてくる。
「悪かったよ。確かにライジュに惹かれてたけど、俺にはコーディアがいるもんな」
「わかればよろしい」
満足そうに頷いたコーディアは頬擦りをしてくれた。すべすべの柔らかい感触を楽しむ。
と、ギルダが咳払いをした。
「お取り込み中悪いんだが、これからどうするか考えないか? ユーリィが参加するなら計画も綿密に立てなければならないし」
「そ、そうだな。すまん」
コーディアを抱き上げて家に入る。すでに全員椅子に座っており、残っているのは俺とコーディアだけだった。
「早く席に着いてくれ。時間が無いんだから」
ギルダ、ユーリィ、ライジュ、コーディア、俺。ルナはアルデミアの視察に向かったそうだ。見つからなければいいのだが。
「レイルは?」
辺りを見回しても彼の姿が無い。今さらな気もするが、仕方ない。
「兄貴は親父に話つけてくるって。国に反旗を翻すから一応言っておくって」
「そうか……」
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