「兄貴、リュミエルと知り合いだったのかよ……」
ライジュの腰を支えながらユーリィが尋ねる。
「ああ、六年前、俺が十二歳の頃の事だ」
語り始めたレイルはその場に腰を下ろした。自然に全員レイルの周りに集まって真剣に話を聞く。
リュミエルと渡り合う人間なのだから、幼少期から凄い事をやっていたのだろう。
「十二歳の誕生日を過ぎて、俺は子供剣術大会に出たんだ。少年の部ってので」
「ちょっと待てよ。そんなの俺知らないぞ」
話を遮って、ユーリィが前に出る。
「お前、熱で寝込んでたろ」
レイルに軽くあしらわれて話が続く。
──そこでレイルはリュミエルと知り合ったそうだ。
西と東に別れたトーナメント式の対戦で使用可能な武器は支給される木剣のみ。
そこでレイルは強い相手と戦えるのだろうとわくわくしていた。
が、実際に戦ってみると何てことない奴らばかりだった。軽い連続攻撃にも耐えられない者、一突きで剣を弾かれて泣き出す者、その他諸々いただがどれもレイルの敵では無かった。
彼は生まれながらにして剣に秀でた子だった。《剣術A》を持って生まれてきたので剣を持たせてみるとあら不思議。
教官をつけずとも本を読んで知識をつけ、魔物との実戦を積み、着実に強くなっていった。八歳を過ぎる頃には《剣術S》に昇格しており、最年少記録だった。
向かうところ敵無しのレイル少年は剣だけでなく、他の分野においても優秀だった。
まず魔法。最難関の魔法でさえ苦もなく習得し、応用するようになった。
続いて古代語。現在解明されていない、最も難しい石板の解読に成功。
他にもいろいろと功績を残しているが、レイルは満足していなかった。
彼はもっと苦労したいと思うようになり始めていた。
わざと片腕を縛って崖を登ったり、重りをつけて激しい川を逆走したりと、とにかく誰もやらないような困難に立ち向かってきた。
そして、誕生日。その時にはレイルは頑張ることを諦めていた。いくらやっても簡単にできてしまう自分に嫌気がさしていた。
そんな時に父が大会に出てみないかと持ちかけてきたのだ。暇だったレイルは二つ返事で了承した。
汗一滴流すことなく、決勝戦を迎えた。東ブロックだったレイルは西ブロックの優勝者と戦うのだが、はっきり言って嘗めていた。
黒がかった青色の髪をした華奢な少年が入場したときには思わず溜息が出た。
流石少年の部。弱いガキしかいないのかと、鐘がなった瞬間、勝負をつけようと猛然と走る。大上段に振りかぶった強烈な一撃。
しかし、首筋へ吸い込まれる木剣は空切った。
観客席から動揺の声が上がる。今まで試合は一撃で終わらせてきたレイルの攻撃を躱したのだ。
「お前……やるな」
驚きを隠せないレイルがぎこちなく言った。相手もそれに応じて微笑する。
「僕はリュミエル。いい勝負にしよう」
「ああ、臨むところだ」
試合が仕切り直しされ、リュミエルが先に動いた。レイルは微動だにせず、リュミエルの攻撃を待つ。
胴体を狙った斬撃を剣で受け止める。
リュミエルの顔に驚きが浮かび、次に喜びが浮かぶ。初めて出会った強敵に心を踊らせ、美しい剣技を立て続けに繰り出す。
レイルも楽しくなりつつリュミエルの攻撃を弾く。もちろん反撃も忘れずに。
一合ごとに、衝撃波が観衆へと届く。その凄まじさに、観客の髪は逆立ち、熱狂は増していった。
大人顔負け──いや、大人よりも速く切り結ぶ二人の少年を目に、いつしか客達は気味悪がっていた。
そんな事を微塵も知らない本人達はただ、自らが満足するまで剣を振り続けた。
しかし、支給された木剣の耐久力にも限界があり、先にレイルの剣が砕けた。審判が止めに入ろうにも危なすぎて近寄れない。
そこからレイルは素手で応戦しだした。適切な角度で木の剣をガードする。命中したとしてもダメージを最小限に抑えるためだ。
痣だらけ傷だらけのレイルが遂にリュミエルの剣を吹き飛ばした。腕を狙った攻撃に対し、身を捩って飛び、無理矢理膝を当てたのだ。
その時、膝の皿が割れたそうだが、アドレナリンのせいで終わるまで気がつかなかったらしい。手から吹き飛んだ剣は会場の端まで飛び、素手での戦闘が始まった。
武術は学んでいなかったレイルだが、実践で培った体捌きでリュミエルを圧倒する。対するリュミエルはきっちりと型にはまった技を繰り出す。
お互いの拳が顔にめり込む。足を踏ん張り、反対の拳で殴る。
もはや、これは試合ではなく喧嘩だ。
「ぐ……オオオッ!!」
「……ッ!!」
有声と無声の気合いがぶつかり合う。
一泊速いリュミエルのパンチをしゃがんで躱し、飛び上がりながらアッパーカットをかます。
顎にクリーンヒットし、ふらつくリュミエル。着地と同時に側頭部にハイキックを叩き込んだ。
派手に地面を転がるリュミエルの体。ピクリとも動かなくなり、ほとんど空気だった審判が確認する。
「リュミエル、気絶!」
審判の判定でレイルが雄叫びを上げた──と思ったらぶっ倒れた。
「そんで、魔法で治してもらったんだけどさ。親父に怒られたよ、やりすぎだって」
リュミエルとの出会いを懐かしそうに話す。
「そんで、その後も何回もリュミエルと遊び回ったな」
「俺一回も会った事ないんだけど」
「だって、遊ぶ時は毎度遠出してたからな。北のドワーフの村とか。南の海底遺跡とか、とにかくいろんな所に行ったな」
しみじみと頷く、レイルに、ギルダが尋ねた。
「何の目的で行ったんだ?」
「知的好奇心を満たすため、かな。同年代でようやく分かりあえる相手に出会ったんだから、ずーっと遊んでたな」
「もちろん、何回も試合とかしたでしょ? 戦績は?」
話に引き込まれた俺は、もっと知りたいと質問してみる。
「その通り、何回も戦ったな。確か、百回中、七十五勝二十五敗。三分の二、俺が勝った。でも、ここ最近剣を交えてないからなぁ」
はは、と笑って頭を掻く。彼の表情からは今戦って、勝てるかわからないという表情をしている。
レイルの知らない間に、リュミエルは鍛練を積んで負けないように頑張ってきたのだろう。
「どうして、リュミエルは帰ったのかしら」
「お、ライジュ。いいとこに気がついたな。あいつはみんなの前で俺と戦いたいんだ。お互いの強さを魅せあうのが目的だ」
「目立ちたがり屋?」
なんとなく口にしてみたが、レイルに否定された。
「あいつは……どう言えばいいかな。認められたいのかな、親に。あいつの両親は厳しくて、何かにつけては先祖と比較する。もちろん、両親もリュミエルが凄いって事はわかってるんだが、さらに上を求めている」
「で、兄貴を倒して認めてもらおうってか」
「そゆこと、あいつの親の前で戦った事あるけど、緊張しすぎて弱かったな。たぶん、処刑にもあいつの両親が立ち会うんだろうよ」
「勝つ自信はあるのですか?」
「わからない……正直、さっきの打ち合いで押されてたからな……」
俺の目では互角に戦っているように感じたが、本人が言うのだから間違いないのだろう。
「とにかく今日はゆっくり休んで、明日考え直そう」
レイルが立ち上がり、ズボンの尻を叩いた。そのまま森の方へと足を運ぶ。
「どこ行くんだよ」
ユーリィが背後から訊く。罰が悪そうに振り返った。
「ちょっとな……襲撃の日までには戻ってくるから、待ってろよ」
「あ、おい!」
地面を蹴って跳躍する。直後、ポン、と軽快な音をたててレイルが消えた。
「ちっ、くそ兄貴が」
「あーあ……俺のせいだなぁ」
「そんな落ち込むなよ」
「だってよぉ……」
「気にしてたら前に進めないぜ。未来を見て生きていこうじゃないか」
真っ昼間の空に指を向けて言い切る。こういう事を言う場合、夜の方が向いているのだろう。
「未来ね、次の戦いで生き残ればの話だけどな」
俺は大きく溜息をついた。
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