アラクネの洞窟から帰宅して布団に潜り込む。ユーリィはルナと一緒に寝ている。
俺は、蜘蛛飴を食べてから妙に目が冴えて眠れない。椅子に座って何とか眠くならないかとホットミルクを飲む。
「甘くて美味しいね」
「そりゃよかった……」
目の前には美味そうにミルクを飲むライジュ。彼女も雷指鉄砲を売ってから眠気が消し飛んだそうだ。
「ライジュってホントに強かったんだな。正直、嘗めてた」
「よく言われるよ。見た目はそうでもないのに、って」
エメラルドカラーの瞳が見つめ返してくる。その美しさに少しドキッとしてしまう。
「どう? 寝れないなら、一回戦おうよ。そうすればお互いの実力がわかるし」
ポキポキとストレッチしながら言う。それだけの行為でライジュの強さがひしひしと伝わってくる。
「……やめとくよ。俺、強くないし」
「自分に自信が無いの?」
「誰だって自分に自信なんか持てないよ。世界で一番嫌いな人って言ったら……自分自身だもん」
「ユーリィとは違うね。ユーリィは常に自分に自信を持ってるよ。俺についてくれば大丈夫、って言ってるし」
それは彼が転生者でとてつもないアビリティを持っているからそう言えるだけである。
どんなアビリティかは知らないが、確実に俺の持つアビリティなんかよりも上位のものだろう。
「俺は……人よりも欠点が多いんだ。自分でも数えられないくらいにね。それと、傷つくのが怖い。何か行動を起こして、その結果俺が責められる事になったら、たぶん耐えられない」
「そう……ボクはもう寝るよ」
二階に上がる前に、ライジュが言った。
「自信を持たなくちゃ、変われないし、欠点も直らないよ」
その言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。
彼女が眠ってからも、俺は椅子に座って思考を続けていた。
──何でこんなネガティブなんだ? こっちの世界に来てからこんな事は一度も無かったのに。寝れないことも無かったし。
もしや、アラクネから貰った飴のせいだろうか。もはやそれ以外に理由が考えられない。
必死にアラクネの情報を思い浮かべる。すると、さらさらと脳内に文字が浮かび上がる。
アラクネは母性が強く、どんな種族の子供でも育てる。彼女の母乳から作られる飴は栄養満点だいたいの症状が完治する。
「なんちゅーもん食わせんだあのクソババァ……」
副作用として、異常な幸福感、または消極的思考に陥ることも。眠れなくなることも多々ある。
「……まじかよ」
いよいよ笑うしかなくなってくる。日本にいた時は完徹を何度もしたことがある。ただ、それは次の日が休みである事が条件だった。
ここは異世界、明日になればギルドまで行って依頼を受けなければ成らなくなる。
「あー……どーしよ……」
外に出て月明かりに身を晒す。ついには溜息しか出なくなり、溜息以外のものがでなくなる。
「寝れない上に溜息しか出ないって……」
もう一つ大きな溜息。
ガサガサと近くの茂みが揺れた。狐か狸かスライムか。暇潰しの相手になればいいのだが。
「お……坂下」
「お前、横田……!?」
可愛らしい動物を想像していたのだが、現れたのは俺が出会ったなかで史上最悪の男だった。
「やっぱりお前か」
「何でお前が……」
「ディアスがな、この辺りに変な建物ができたって言うから調べに来たんだ。報酬もたんまりでたぜ」
「今日は取り巻きはいないのか?」
腰に携えた剣に手をかけながら後ずさる。ぐっすり眠っているルナ達の増援は望めないだろう。
「あいつらはこの件に関して知らない。報酬は俺一人のもんだ」
言いつつ、横田は刀身が紫色の、毒々しい剣を抜いた。おそらく、あれは魔剣というやつだろう。
こちらも海神の剣を抜いて構える。
「お前を殺せば、追加で金が入るんだぜ!」
横田が飛びかかってきた。バックステップで避ける。
「ディアスが俺を殺したがっているなら、なんで全国的な指名手配にしない」
「馬鹿かお前、こっちの世界の都合で喚んだ勇者を殺すなんて、信頼がた落ちだろ? お前が抹殺対象だと知っているのは人間軍の中でも上層部のやつらだけだぜ」
「ペラペラと喋ってくれてありがとうよ」
「まあ、言っても差し支えないしな。ここでお前は死ぬんだからな!」
鋭い切っ先が猛スピードで迫ってくる。腹部めがけた刺突をいなし、斜め右へ切り下ろす。
入った、と確信を得た。右肩に刃がめり込み、ガッと骨に当たる。
躊躇すれば負けると、感じていた俺は力任せに振り切る。
凄まじい量の血が吹き出し、周囲を赤く染める。
「横田、もう帰れ。腕はやるから」
「はっ、バカ言ってんじゃねえよ……」
ふらふらと自分の腕を取る横田。このタイミングで首を落としてしまえばいいのに、なぜかできなかった。奴の行動に目を奪われていたからだ。
「ぐっ……ふぐっ……ガアッ!!」
ぐちゅぐちゅと気味の悪い音が辺りに響く。次に横田が手を離した時には腕がくっついていた。
「んだよそれ……」
「魔剣の効果……とでも言っておこうか……」
息も絶え絶えに横田が呟いた。
「ぐうッ……アアアアッ!!」
横田が膝をつき、腕を押さえて呻き始めた。どす黒いオーラが横田を包み込む。
「な、なんだ……」
「オ……ウガアアアアアッ!」
闇が、弾けた。横田の右腕はもはや人のそれではなかった。
あり得ないほどに膨張した筋肉。魔物のような鋭い爪、極めつけは青い体の色である。
「……なんだよごれええええッ!!」
「我輩と契約したではないか」
横田の剣が浮遊した。さらに持ち主へ話しかけている。一言発する度に、剣が紫色の光をまとう。
「我輩との契約では、敗北は許されない。これは敗北ではなく、失敗である。失敗の次は反省し、それを踏まえて進化するのだ。先程の失敗は腕が貧弱であったということ」
「お前……何をしたッ!!」
「雑魚は引っ込んでいろ。受講の邪魔だ」
海神の剣が触れる寸前、魔剣の中央にギョロ目が出現した。そいつ発したオーラによって弾き飛ばされる。
「シロウ殿、わかっておられるな。進化は苦痛を伴う。故に、失敗もあまりよろしくはないぞ。我輩もそなたの腕のために進化しようではないか。彼奴の弱点はどこかな? 新鮮な血が必要だ」
ぼそぼそと横田が耳打ちする。どこに耳があるのかはさておき。
「魔剣、ジャランド……参る!」
闇の軌跡を描きながら直進してくる。何が弱点だ、と半分馬鹿にしながら弾こうと剣を振る。
しかし、突然直角に飛翔し、背後へ回られた。
「貰った!」
「ッ……!?」
終わった、こう思うのは何度目だろうか。いつもは何かしらの奇跡が起きて助かってきたが、今回ばかりはどうにもならない。
ざっくりと、背後から一突き。腹から血が抜けていくのがわかる。傷口が燃えるように痛い。
「おっと、まだ死んでもらっては困る」
剣が引き抜かれ、血を大量噴出するかと、待ち構えていたが、その時は訪れない。
「試し切りの相手がいなくては、進化は完成しない。さあ、立て」
俺は、半ば心が折れていた。ただの高校生が血を吸って進化する化け物と戦えるものか。それに腹を突き刺された痛みがまだ残っている。
傷は無くとも、激痛は続いている。
「おい、こんな所で死ぬつもりかよ」
「ね、ネロ……?」
「お前の家が完成したから見に来たってーのに、んだその様は」
月の綺麗な夜空に浮かんでいるネロは腕を組んで見下ろしている。
「魔王だと……? ジャランド! 魔王を狙うぞ!」
「待たれよ、シロウ殿。進化の具合を確かめてからの方がよかろう」
「ユウスケが死んだら相手してやってもいいぜ」
ネロが挑発的な口調で言った。
「俺を殺したけりゃ、そんな雑魚に手こずってちゃあ駄目だな」
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