「ギルダ、頼みがあるんだ」
「ユウスケ、もう少し考えてルナに叫ばせてくれ。鼓膜が破れそうになったよ……」
顔をしかめてグリグリと手のひらで耳を弄っている。相当耳に響いたようだ。エルフだから人間の倍、ダメージを受けたのかもしれない。
「ああ……すまん。そんなことより、古代図書館に行けないか? できるだけけ早くに」
「古代図書館? それならこれを使うといい」
ギルダが指を鳴らすと、何もない空間からカードが出てきた。それは俺の手の上に乗った。
「これは?」
「私の会員証だ。床に叩きつければ自動的に送られる」
そう言ってギルダは城の中に入っていった。が、途中で立ち止まって振り返った。
「そうそう、迷子にはなるなよ」
「わかってるよ」
今度こそ彼女は壊れた壁から城の中へ進んでいった。
「よし、行こうか」
「今回、私は待っています」
「何でだよ」
「私のような巨体が入ったら本棚が崩れてしまうでしょう。それに国民の暴動も止めなければなりません。待っていますから、早めに帰ってきてくださいよ」
その場に横になったルナは尻尾を顔の近くまで持ってきて目を閉じた。これは彼女の睡眠の体勢だ。
下手に起こすと怒るから触れないでおく。触らぬ龍になんとやら、だ。
ともあれ人手が減ってしまったわけだ。コーディアは連れていくとして他に誰かいるか。
アンナはリンシアと話したいことがあるだろうし、ギルダはどこかへ行ってしまったし。
残りはユーリィとライジュだ。しかし彼らは墓用の穴を掘っているだろう。
やはり二人で探すしかないのだろうか。
向こうに検索機能とかあればいいのだか。
「コーディア、手伝ってくれるか?」
「うん!」
コーディアが元気よく肩に乗る。手に持っているカードを芝生に叩きつける。
すると、地面に複雑な魔法陣が描かれた。白いラインで丸や三角、四角等の図形とアルファベットに似た文字が浮かび上がる。その中央に立って転送を待つ。
魔法陣が強く発光した。たその眩しさに目を閉じる。
「…………」
しばらくすると、喧騒が止み、カビ臭さが鼻孔をついた。盛大なくしゃみをして目を開ける。
「ここは……」
ぐるりと周囲を見渡すと、本だらけだった。ルナよりも巨大な本棚がいくつも並んでいる。そして眼前には貸し出し用のカウンター。
「ようこそ、ギルダ様……」
ヤギの獣人がカウンターからのろのろとやって来た。俺の顔を見るなり、顎を撫でて首を傾げた。
「あら、変身魔法でも使ってらっしゃるんですか? 失敗してこんな情けない顔になってしまって」
じろじろと顔を眺めてけなしてくる。なんと無礼なやつだ。
「あの、俺はギルダじゃないです」
「カードを盗んだのかしら?」
ヤギさんの右の蹄に赤いオーラが出現する。薄暗い館内を照らす灯りが弱々しくなり、嫌でも蹄に目がいってしまう。
「か、借りたんですよ。なあ、コーディア?」
「そうそう、そうなのよ」
疑り深そうに俺を睨んでくる。もうじーっと。目力が半端じゃない。
「まあ、いいでしょう。ご用件は?」
「魔王関連の本ってありますか?」
「それなら一番通路の六十八から七十の棚にありますよ」
あっち、と蹄で示してくれる。軽く礼をしてカウンターから離れる。
「広いね……」
「ああ、迷子にはなるなって言われたけど……迷いそう」
「世界中の本が集められてるって言うけど……ホントかな?」
「中には絶版になった本もあるからね。過去の戦争で失われた本とかだってあるし。ここにはその複製品が一冊ずつ揃ってるって噂よ」
本棚に掛けられている番号札の数がだんだんと小さくなってくる。現在、十二番通路。
「こんな状況じゃなければ色々読み耽るんだけどな」
少し立ち止まって近くにある一冊手に取る。
「零から始める魔導学、か」
ページの真ん中辺りを開いてみると、興味深い魔法があった。敵に幻覚を見せて混乱させる魔法だ。意外と簡単そうな魔法だから俺にもできそうな気がする。ちょっとコーディアに掛けてみようとしたら、本を奪われた。
「これ発売禁止の魔導書じゃない! しかも永久に幻覚を掛ける術よ!」
「こんな危ない本、置いといても平気なのか?」
「まあ、許可のある人しかここには入れないからね。大丈夫なのよ」
零から始める魔導学を棚に戻して魔王関連の書物探しに戻る。
「ここかな」
一番通路の六十八棚にやって来た。ずらりと並んだ本と近くにはとても高い脚立がある。
「それじゃ、手分けして探すぞ」
「うん、私は六十九の棚にいるよ」
隣の棚にコーディアが向かったのを見届けてから、本探しに集中する。
「……トロルでもわかる魔王学。最高の魔王になるには……部下のやる気の出させ方……」
下の段から順番に見ていく。
そもそも、《魔王の倒し方》なんて大々的に書かれた本があるのだろうか。それこそ一般人に分からないように隠してあるのではないか。
「魔王の呪いとその解放……? これか?」
他の薄汚れた本とは違って、妙に綺麗なものが一冊刺さっていた。ちょっと気になって手に取った。
脚立を引っ張ってきてそこに腰掛ける。赤いハードカバーの表紙を手のひらで撫でる。
ネロを倒す手段が乗っている事を願ってページをめくる。
──この本を開いたという事は魔王の危機に曝されているということかな。魔王の力を撃ち破る玉を探しているのだろう。
玉の在処を教えるが、一つ約束してほしい。絶対に玉については他人に言いふらさないこと。
この本を手にしている君と仲間の間の秘密にしておいてほしい。そしてそのまま墓場まで持っていってくれたまえ。
ではさっそく玉の場所を教えよう。
三十八番通路の九十八棚目に移動したまえ。そこにある『ひ』から始まる背表紙を探すんだ。
これは安全のためだ。我慢してくれ。それでは二巻で会おう。
かなり分厚い本だったのにこれだけしか書いていない。しかも中央のページしか開けない仕様になっている。
なんて紙の無駄遣いなんだ。いや、魔法で複製とかできそうだから無駄とは言わないのだろうか。
「コーディア!」
「なーにー?」
熱心に本を探す彼女に声をかけると、顔だけこちらに向けた。
「三十八番通路の九十八棚目に行くぞ」
「魔王についての本はこの辺でしょ?」
「いや、ヒントを見つけた。そこにあるらしい」
本の内容をコーディアに教えながら話すこと数分、俺達は最初に訪れたカウンターに戻ってきた。
「歩くのもめんどくさいな……ねぇ、なんか高速で移動できる乗り物なんかない?」
柔らかそうなソファに寝転がっているヤギ司書に尋ねる。眼鏡の奥の冷たい眼差しが俺の視線と絡み合う。
「無いです」
「あー……そう……おーけー」
これ以上追求したら殺されかねない気がしたのでおとなしく退く。仕方なく歩くか、と踵を返すとコーディアが何かを持ってきた。
ガラガラとけたましい音を館内に響かせたそれは、台車だった。
「これに乗ろうよ!」
「お! でかした!」
コーディアを真ん中に乗せ、キックボードの要領で赤い絨毯の床を蹴る。ヤギ司書がこちらを睨んだが、気づかないふりをして出発。
埃や塵の舞う図書館の中をすいすいと駆け抜ける。通路番号がどんどん過ぎて行く。
「三十六……三十七……」
目的地が近づいた来たところで足でブレーキをかける。あまりにもスピードを出すと止まれなくなるし、仮に止まったとしても何かに激突した場合だけだろう。
「完璧!」
台車が三十八番通路の棚の前で停車する。絨毯を傷つけてしまったので、心の中でしっかり謝っておく。
「九十八棚にある『ひ』から始まる本を探してくれ。背表紙に書いてあるっぽいからさ」
「任せてよ」
コーディアが下段担当、俺が脚立に乗って上段を担当する。
早いところ見つかってくれるといいのだが。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!