「行ったか。兄貴、どうだ?」
「全然余裕。弱い弱い」
砂浜に座って兄の戦いを眺めているユーリィ。流れるように敵を捌くレイル。
少し物足りなさを感じている彼だが、隣でリュミエルも敵を屠っている。
負けられない、と勝手に燃えて群れの中心に飛び込む。
「レイル! 君は何体倒した!?」
「二十三! そっちは!」
「僕は二十六!」
「負けんぞ!」
子供のように競い合う二人を遠巻きに眺める弟。
「よく飽きないよなぁ」
隣に座るライジュの尻尾を弄くりながら呟く。リンシアとアンナは船に残って壊れた箇所を直している。
決してサボっている訳ではないのだが、リンシアが船酔いを発症してしまいこのまま魔界に降りると敵に狙われるという理由で船に残っているのだ。
レイル達の戦いを見ていて、懐に入っている短刀を使う機会は無いなと呟いた。
「おいおい、くつろいでんなぁ!」
「フラグ建てちまったか……」
醜い顔の蛙男がユーリィの背後に立つ。
苦笑するユーリィはライジュが攻撃しようとするのを制止して立ち上がる。
「なんだ小僧、お前が来るのか?」
「ああ、最近体が鈍っててね。ちょっち付き合ってくれよ」
「けっ、小僧が──」
一瞬にして短刀を取りだし、蛙男の懐に潜り込む。驚く隙すら与えずに、首の動脈を掻き切る。続いて心臓を突き刺した。
兄顔負けの連撃にギルダが感嘆の息を漏らし、ライジュが拍手する。
「まったく、準備運動にもならないぜ」
敵の服で短刀に付着した緑色の血液を拭き取る。浴びた返り血は魔法でぱぱっと消し去る。
「んだよ、フローギス殺られちまったのかよ」
ぞろぞろと列を成して新しい魔物がやって来た。狼型、竜人、巨大なスライム。
ライオンの体と毒蛇の尾、山羊の頭を持ったキマイラまでいる。どの魔物も目を悪意に煌めかせてユーリィ達を見据える。
「どうする? 一人で戦うか?」
ギルダが茶化すように尋ねる。
「さすがに厳しいかなー……手伝ってくれる?」
「仕方ないな」
ギルダが宙に杖を翳すと、黒い魔法陣が浮かぶ。そこから黒い火の玉が五つ飛び出した。
「危なくなったら助けてやる。存分に戦え」
火の玉を指先で弄びながら指示する。
「酷いねぇギルダ。ライジュは手伝ってくれるだろ?」
「もちろん!」
「じゃあ、始めようか」
二人が同時に地面を蹴った。ライジュの拳がキマイラの下顎を一撃で粉砕した。歯が抜け落ちて真っ赤な血が滴る。
キマイラの凶悪な爪をバックステップで避け、鼻っ柱に膝蹴りを叩き込む。ごきり、と顔面の骨が砕けた。
怯んだところで、潰れた顔を踏み台に飛び上がり、踵をキマイラの脊椎に当てる。
この踵落としによってキマイラは絶命した。巨体が崩れ落ちた時に砂塵が巻き上がり、視界が悪くなる。
最悪の視界の中で、ユーリィは機敏に動き回って竜人の背後に忍び寄った。
砂埃が消え、竜人が振り返った直後、下腹部から喉まで短刀を切り上げた。
紙を切るかのようにするりと裂けた。鮮血が噴水のように湧く。
「いっちょ上がり!」
「ユーリィ!」
意気揚々と短剣を回していると、ライジュが叫んだ。
「あ……」
「貰ったああああああッ!!」
狼男がハルバード振り上げてユーリィの首を狙う。短刀での防御も回避も間に合わない。
ユーリィの頭部に刃が突き刺さる直前、黒い塊が狼男を吹き飛ばした。続く火の玉で狼男の首を消し飛ばした。
「いつもそうだが、詰めが甘いぞ」
「悪いなギルダ」
ギリギリのところで死を回避したユーリィを見て、ライジュは胸を撫で下ろした。
「なんだよ、まだいんのか」
一息ついたかと思いきや新たな魔物の波が押し寄せてきた。その数は百をゆうに超える。
「兄貴達は何やってんだよ」
撃ち漏らしがあるぞと、舌打ちして短刀を構え直す。誰が最初に攻撃してくるか、慎重に見渡す。
しかし、群れの中央が裂けて一人の男が悠々と歩いてきた。人よりも発達した筋肉と鋭い犬歯を持ち、無精髭をはやした大男だ。
「……あんた誰だ?」
ゆっくりと後退しながらユーリィが尋ねる。ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、ライジュの指先に電撃がちらつく。
「お初にお目にかかる。俺は魔王陸軍大将、ジェイス。魔界に現れた珍客を排除しに来た」
「それで?」
構えは崩さずさらに訊く周囲の敵に気を配りながらライジュの隣に立つ。
「俺は貴様らの実力が気になる。よって俺とサシで戦え!」
ジェイスが吼えると、彼の部下から歓声が上がる。スポーツ観戦程度の気分で見に来ているようだ。
「誰がそんな条件を飲むんだ? 俺達は戦争をしに来たんだ。甘ったれた事言ってると頭が消えるぜ?」
「主のような童は初めて見たぞ。どこでそのような修羅場を潜り抜けたような形相を手に入れた?」
「あ? 何言ってんだよ」
「その瞳の奥には無数の骸が蠢いている。主は子供ながらにして数多の敵を屠ったと見える。……気に入ったぞ!」
「ユーリィ……」
「気にするなライジュ。こっちから乗ってやる必要は無い。ギルダの広範囲呪文で殲滅しよう」
遠目からユーリィとライジュの会話を盗聴していたギルダはすぐさま術を唱え始めた。しかしジェイスがにやりと笑ったのを彼らは気づかなかった。
「離れていろ!」
ギルダの声が赤い砂浜に響くと同時に、ライジュがユーリィを抱えて伏せた。
「《マリンストーム》!」
ボスッと、砂浜に杖を 叩きつけた。しかし、不可思議な現象は何も起こらない。そよ風の一つさえも吹かない。
「む……」
自身の術が失敗した事に気がついたギルダはジェイスに目を向ける。
「何だ、そういうことか」
彼の手に握られているプレートを見てその場に座った。
「何してんだよ!」
「すまんな、ユーリィ。今回の私はお荷物だ。魔封じの石板がある限りこの辺りで魔法は使えない」
「……まじ?」
「ハッハッハッ! そういう事だ! 諦めて俺と戦え!」
「どうするよライジュ」
「ボクが行く」
「頼んだぞ」
腕を組んで待っているジェイスの前にライジュが向かう。長い毛が魔界の生ぬるい風になびく。
「悪いけどお嬢ちゃん。俺がだけ戦いたいのは奥の少年だ。下がってくれるかな?」
「ボクじゃ不満かな? ユーリィより強い自信あるよ?」
「不満って訳じゃないんだけどな……仕方ない、しばらくおとなしくしててくれ」
「ボクがそう簡単に退くとでも?」
「いや、退かせるんだ」
どこからともなく飛来したロープを巻き付けられたライジュは地面に叩きつけられた。
さらに幾重にも巻き付けられ、完全に身動きがとれなくなる。
「ライジュ!」
「この獣人を助けたければ、お前が戦うんだ」
ユーリィはちらりと後方を確認した。レイルとリュミエルは浜辺からだいぶ離れた場所で数を競いあっている。
「くそが……」
救援を望めないユーリィは心を決めてジェイスに短刀を向ける。
「かかってこいよ」
──【模倣】で溜め込んだアビリティを見せてやるぜ。
短刀の先端に青白い火花が散る。オゾンの匂いが辺りに立ち込める。
「喰らえッ!!」
剣の先から電撃が放たれた。淀んだ空気を切り裂いてジェイスの胸のど真ん中に命中する。大きく仰け反ったが、ほとんどダメージは無かったようだ。
「まあまあだな。次は威力を上げていくぞ」
もう一度電力を溜める。ユーリィの金髪から黒い煙が上がりだした。
元々ライジュの特技であるこれは、彼女の体内にある器官から発生する雷を使って発射している。
それをユーリィは雷系の魔法をその身に宿して発射している。その危険性は計り知れないが、彼はかっこいいという理由で結構気に入っている。
当たり前だが、威力と危険性は比例関係にあり、今現在の彼は自身の持てる最高火力の雷銃を放とうとしている。
「……ッ」
矛先をジェイスに向け、二度目の砲撃。先刻よりも素早く、鋭い雷撃は真っ直ぐに腹部を貫いた。
本当ならば心臓を狙ったつもりだが、強すぎる力故に反動が大きく、ズレてしまった。
「ぐ……中々やるではないか……」
ジェイスが全身に力を込めるようなしぐさを行った。すると下腹部の傷に、腹の肉が集まって治した。
「だが、効かぬ」
「化け物が……」
だいぶ力を消費したユーリィは頬に一筋の汗を垂らして悪態をついた。
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