クラス丸ごと召喚されたけど、モンスターマスターは嫌われものでした

だんご3
だんご3

29話 真夜中の怪

公開日時: 2020年9月9日(水) 16:00
文字数:3,367

「いやはや、良い湯加減でした」

「そりゃどうも。ほら、牛乳」

ユーリィとライジュが風呂場から出てきた。やはり獣人というものは毛量が多く、入浴後は厄介そうだ。


「お、サンクス。ちょっと待っててくれな」

ちょこん、とライジュが椅子に座った。よくよく見れば全裸ではないか。

いや、毛があるからセーフと言えなくもないが、本人は気にしていないようだ。


ユーリィが服のポケットから取り出した櫛で、ライジュの毛をとかし始めた。

水が落ちるだけではないか、と首を傾げるが櫛が通った箇所が完全に乾いてふかふかになった。

「凄いだろ、この櫛」

「ああ……魔法でもかかってんのか?」

「ご名答。これは不死鳥の櫛って言ってどんなものでも瞬時に乾かす事ができる優れものさ」


性能を語りながらブラッシングを続けるものの五分で全身が干したての布団のようになった。

「はぇー、すげぇな」

「そうだろうそうだろう。ユウスケの濡れた髪でも、ほらこの通り」

ユーリィにささっと櫛をかけられる。自分の頭に手をやると、生乾きだった髪が乾いていた。


「晩飯は何がいい?」

「何でも構わないぜ」

「それが一番困るんだよなぁ」

よく祖母に言われていた、ご飯は何がいい? という問いに対して何でもいい、と答えていた。そして次に返ってくる言葉は決まってそれ一番困ると。


確かに今なら祖母の気持ちがわかる。指定されれば作るが、指定されないとなると悩んでしまう。これを作ったらあれが良かった、なんて言われたらイラッとしてしまう。


「ライジュは何か希望ある?」

「んー……肉がいいかなぁ」

「肉、ね。これでいいか?」

ドン、とテーブルの上に塊肉を乗せる。


「適当に焼いて木の実とかパンでよろしいかな?」

二人が頷くのを見て、調理に取りかかる。

日本では祖母から多少家事は習ってきた。掃除、洗濯、料理、裁縫。基本的な事なら大抵できる。


魔法が使えない俺は魔石が頼りだ。コンロに火の人工魔石を放り込んで着火。油を撒いてその上に肉を乗せる。

肉を焼いている間に皿に木の実を盛り付ける。ここからさほど離れていない場所に生えているカッシュという木の実が旨いのだ。


パンを切って皿の上に乗せる。こんがりと焼けた肉を三等分に切る。

パンと肉を二人の前に置く。

「先に食ってていいよ。あ、これがタレね」

ニンニクやら唐辛子やらを使った辛めのタレが入った小瓶をテーブルに置く。


「ユウスケはどうするの?」

「もう一人分作るんだよ」

待ちきれないといった様子のライジュが口の端に涎を溜めながら言った。

「ルナのは特大サイズだからな」


冷蔵庫から一際大きな肉を取り出す。これは数日前にルナが狩った鹿だ。

きっちりと捌いた状態で冷蔵してくれと頼まれた。血抜きまでされていたのだが、ルナ本人は全く汚れていなかった。


「さて、こんなもんか」

特大サイズの皿に乗っけて運ぶ。捌いたとはいえ、鹿丸々一頭だ。

この上なく重い。腕をぷるぷる震わせながら気合いでルナの部屋まで持っていく。

両手が塞がっているので、申し訳ないが足で扉を開ける。


「ルナ……」

「ユウスケ、ありがとうございます」

肉を渡すと、モゴモゴと咀嚼を始めた。


「どう? 上手く焼けたかな?」

「ちょうどいい焼き加減です。私の好みがわかってきましたね」

「何回も焼いてりゃ覚えるよ」

ルナはブルーがお好みなのだ。初めて聞いた時は驚かされたが、表面をちょこっと火で炙った程度の焼きが好きなんだと。


生とほとんど変わらないのに、味が違うと言っていた。

庶民の口にはわからない何かがあるのだろう。

「それじゃ、後で取りに来るから」

そう言ってルナの部屋から出る。


「どう? 旨い?」

「おいひーよ」

両頬をパンパンに膨らませたライジュが目を細めた。ユーリィも満足そうに頷いている。


「よかったよかった」

談笑しながら食事を取り、いよいよ片付けとなる。本来ならば油まみれの食器類で嫌になるが、俺は違う。

強力洗剤が無くても完璧に汚れを落とせる物があるのだ。

そう、海神の剣だ。リヴァイアサンに知られたら本来の使い方と違うと怒られてしまうかもしれない。


洗い物を持って川まで行く。

「あれ、ルナ。待ってればいいのに」

「たまには良いじゃないですか」

横にならんで森の中を歩く。時折、狸や狐などの動物が姿を現すが、ルナを見ただけで尻尾を巻いて逃げてしまう。


彼女は何度もここを通っているはずなのに、未だに動物達からは怖がらているようだ。

しかし逆に俺は好かれている。出会った時に何度か餌付けをしていたら自然と懐かれた。最初は狐だけだったが、噂を聞いた動物達が次々と現れるようになった。


ひどい時にはもう餌は無い、とアピールしているのにせがんでくる奴らもいるのだ。

「久しぶりですね。夜の森を一緒に歩くのは」

「……確かにそうだな。二人きりだったのは初日だけだったもんな」

「ええ、コーディアに出会って……本当に色々な事がありましたねぇ」

「ああ、今日だって新しく知り合いができたわけだし」


川に到着し、洗い物を入れたバケツに水を注ぐ。精神を研ぎ澄ませて、小さな渦を起こす。カチャカチャとバケツ内で食器どうしがぶつかり合う。

「上手くなったものです」

「そうかな、どうせなら一回で汚れを落としきれるようにしたいよ」

一度水を捨ててもう一度水を入れる──以下繰り返し。


空を見上げると、三日月がぽっかりと空に浮いていた。小さな雲が衝きにかかり、少しだけ暗くなる。たくさんの星々が煌めく中、一つだけ、大きくなっている星があった。


「ユウスケ~!」

「む……?」

聞き覚えのある声が天から降ってくる。

「デラ!?」

──と言うことは、キースがやって来たということだ。


「キース、どうしたのですか」

「大王が姉御に伝えることがあるとな」

「それは珍しいですね。なんと仰っていたのです?」

「この拠点の周りで人間が失踪している、ユウスケを守ってやれよ、と」


魔王に心配される勇者とはいったい。溜息がこぼれるが、ルナは至って真面目な顔をしている。

「人間が消えている?」

「ああ、恐らく誰かが食っているのだろう。俺ももう少し偵察をするが、気を付けてくれ」

「わかりました。情報提供感謝します」


「バイバイ、ユウスケ」

「じゃーな、デラ」

初めはもっとトゲのある口調だったデラだが、クラーケン戦以降、妙に優しかったりする。これもモンスターマスターの成せる技なのだろうか。

どんな魔物でも心を開かせるという。


「さ、拠点に戻ろうぜ」

バケツを片手に来た道を戻る。洗い物を外の篭に入れておく。

こうすれば風で勝手に乾くのだ。


「お、ユウスケお帰り。ルナちゃんも帰ってきたのか?」

「ルナにちゃんづけは止めとけ。怒られるぞ」

「そうなのか? 俺はライジュを貸すから、ルナは借りるぜ! おやすみ、ライジュ」


ユーリィはライジュをハグして、ルナの部屋に走り去っていった。ユーリィなら問題ないだろうが、ルナは受け入れてくれるのか。

「そろそろ寝るか?」

「うん、そうするよ。今日は抱き枕無しか……」

と、ライジュが残念そうに呟いた。

「抱き枕って……もしかして」

「そう、ユーリィだよ。毎日抱っこして寝てるのよ」

「ふうん……」


──代わりに俺が、何て言えないなぁ。

「ユウスケがいいなら、一緒に寝ない?」

「ぅえっ!?」

あまりにも驚きすぎて声が裏返ってしまった。

「え、いや、どうだろう……えぇー……」

とにかく焦りに焦って返答がおかしくなる。小声でゴニョゴニョと言い訳じみた事を言うがライジュには届かない。


「ほら、早く寝ようよ」

強引に手を引かれてベッドイン。部屋中のランプを消して辺りは闇に包まれた。


柔らかい胸と体毛が体に押し付けられ、幸せな反面緊張しすぎて眠れない。フィレッジ村でもこんな事があった。

しばらく横を向いてライジュに呼吸を合わせていれば睡魔がやって来るはず。


ふわふわと心地よい眠気がやって来る。さあ、おやすみなさい、というところで、ユーリィの断末魔の悲鳴が森に響き渡った。


──くそう、またかっ!


ライジュが跳ね起き、階段をすっ飛ばして外に飛び出す。俺も急いで起き上がって剣を持って外に出る。

眠そうな目のルナが部屋から顔を出した。状況が呑み込めておらず、キョロキョロと周りを見ている。


「何事ですか……」

「ユーリィが……拐われた」

その一言で俺とルナの目が覚めた。

キースが言っていた、人間が消える事件が目の前に現れたのだ。

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