「明日はどうぞ、よろしくお願いします」
夕飯をいただいた俺はしばらく浜辺をうろつき、やることもないのでベッドに潜り込んだ。体感的には八時頃だろうか。
キースとデラは森の方へ飛んで行ったしルナもそちらの方へ向かった。
今この部屋にいるのは俺とコーディア、アンナだけだ。
別に俺は遠足とかの前日に興奮して眠れないタイプではない。なのに眠れない。
ゴロゴロと寝返りをうってもますます目が冴えるだけだ。しばらくすると、コーディアの寝息が聞こえてきた。
仰向けになり、彼女の寝息に合わせて呼吸をしてみる。天井を見上げていたが次第にまどろみ、意識が闇へと落ちていく。
「眠れん……」
突然アンナが目を覚ました。布団を剥ぎ、革のブーツを履いたようだ。
「アンナさん?」
「む、ユウスケも眠れないか」
「ええ、もう少しで寝れそうでしたけどね」
「それはすまなかった。どうだ、散歩にでもいかないか?」
「いいですよ」
起き上がって靴を履く。爪先を二、三度床に打ち付ける。
念のために太刀を持ってドアノブに手をかけた。ちらりと背後に目をやり、可愛らしく丸まって眠るコーディアを一瞥する。
起こさないようにゆっくりとドアを閉めた。
「散歩って言ってもどこに行くんですか?」
「村の奥に森があるんだ。そこにある素材が必要でな」
「素材……ですか。何に使うんですか?」
「これだよ」
そう言ってポケットから取り出したのは小さなナイフだった。刀身にはなにやら文字が書かれているが、俺の知らない言葉だ。
「巨大な敵と戦うわけだから、何でも準備しといて損は無いだろう。これを媒介として私の魔法を炸裂させるんだ」
小型ナイフをポケットに落とし、さらに歩を進める。森に差し掛かった辺りで、アンナが口を開いた。
「ユウスケ、シルバードラゴンについてどう思う?」
「どうってなぁ……昼に話した通り、いい奴ですよ。優しいし、肉の捌き方を知ってるし」
「もしの話だが、あいつが裏切ったらどうする?」
「ルナが、裏切る?」
「無いとは言い切れないぞ。キースとか言うのにたぶらかされて戻りますー、何て最悪な展開じゃないか」
「う……確かにそうだけど。信じることも大切だと思います」
「まあ、ユウスケがそう言うなら信じておこう」
その後、小さく溜息をつくのが聞こえた。
「ここだ」
月の明かりしかない森の中で立ち止まる。周囲に生き物の気配は無く、奇妙な大型植物が何本も生えているだけだ。
「ここは?」
「シャドーテールの群生地帯だ」
「シャドーテールって何ですか?」
「食人植物、シャドーテールだ。普段はおとなしいのだが、秋の月になると蔦を振り回してと人を襲い始めるんだ。」
「怖いっすね……」
右の人差し指で突っつこうとしたしたら、アンナに制止された。
「触っちゃ駄目だ。触れた瞬間に苗木にされるぞ」
「苗木に?」
「そう、苗木だ。まず獲物を捕らえたら首に麻酔を撃ち込むんだ」
ちょうどこの辺、と自分の首筋を見せる。
「動けなくしたら、邪魔な服や装備品を剥ぎ取るんだ。それで大の字に体を広げ、口から蔦を一本捩じ込むんだ」
聞いてるだけで痛くなってくる話だ。それでも何故か聞き入ってしまう。
「胃の壁に種子を植え付けると、発芽するまで母体に栄養を送り続ける。三から五日後に発芽し、母体の股と脳天を突き破って姿を現すんだ」
「それ、アンナさんは見た事あるんですか?」
「ああ、何度かな……。何回見ても慣れるもんじゃないよ……」
「あれ……花の色が違う……」
月の下に晒されたシャドーテールは血のように紅い花を咲かせ、木の下や影に隠れて生えているものは純白の花が咲いている。
「シャドーテールはな、太陽の下では生きられないんだ。でも、人間を取り込むことで紫外線に耐性を持ってこういう所に生えてくるんだ。見分け方は花の色さ。赤か白か。赤は血の色を吸い上げたとか噂されてるよ」
「こんな危険な植物が増える時期になると大変そうですね」
綺麗だなぁ、と月と紅の花を仰ぎ見ながら呟く。
「そうでもないぞ。時期になれば群生地帯を立ち入り禁止にすればいいだけだ。それに人間無しでの増殖は一年に一度、一つだけ女王が種を蒔くんだ。それが世代交代の時に次の女王になる」
奥に生えている一際大きなシャドーテールを見つめた。
「で、これが必要な素材ってやつですか?」
「うむ、シャドーテールの魔力伝導率は凄いからな」
一番端に生えていたシャドーテールに近づくと、剣を抜いた。
「触っちゃ危ないんじゃないんですか?」
「シャドーテールの斬り倒しかたは二つだ。風系の魔法を使うか、武器で切断するかだ。並大抵の魔法じゃ切れないが、剣や斧だと簡単に切れるのだよ!」
スパッと小気味良い音が夜の森に響いた。太い幹が前方に倒れ伏す。そのうちの細目の蔦だけを切り取った。
「ちょうどいいな」
「これだけしか使わないんですか?」
「ああ、後はこの辺に置いておけば他の個体が養分にするさ」
「ふぅん……」
「さて、と。帰るか?」
「アンナさんにお任せします」
「そうか……じゃあもう少し歩こうか」
二人並んで深夜の森の奥深くへ進む。風にざわめく木々の音が不気味だが、あまり気にならない。
やはり偉大だ。【度胸・根性】のアビリティ。
「ユウスケ……何か聞こえないか?」
立ち止まって闇の向こうへ耳を傾ける。と、北東の方から微かに、音がした。アンナと顔を見合わせてゆっくりと前進する。
しばらくすると、焚き火の光がぼんやりと見えた。
「野営でもしてるのか?」
小声でアンナが呟く。
「もう少し近づいてみます?」
「ああ、行ってみよう」
先刻よりもさらに足音を忍ばせる。獲物を狙う蛇のようにしなやかに、木の影に身を潜める。
「あれ……ルナじゃん」
開けた所で丸くなっていたのは、ルナだった。炎に照らされた銀の鱗がきらきらと光っている。キースとデラも木にもたれて眠っていた。
「ユウスケ、こんなところにまでどうしたんですか?」
鎌首をもたげたルナは小さく欠伸をした。
「それに……貴女は?」
「私はアンナ。よろしく頼む」
「これはご丁寧に、私はルナ。敵意はありません」
お互いに数秒間見つめ合った末、同時に言った。
「いい竜と知り合ったな」「いい人と知り合いましたね」
「え?」
あまりのシンクロ率に驚きながらも同意して頷く。
「本当ならば、明日の朝に話すつもりでしたが、まあいいでしょう」
「裏切るの?」
一抹の不安を感じながら尋ねる。
「裏切る? 何の話です?」
「いや、何でもない。続けてくれ」
訝りながらも、ルナは話を続けた。
「……明日の決戦には私とキースが最初に向かいます」
「えーっと……それは、キースとルナが一緒に行動するってこと?」
「ええ、そうです。まずは説得を試みて、駄目だったら二人も呼びます」
「説得なんかしなくても開幕早々に火力で叩き潰しちゃ駄目なの?」
「説得できれば敵軍の駒が残るが、村への被害は出ないはずだ。戦った場合、物を投げてきたりしたら民家に当たる可能性さえある」
アンナが顎に手を当てて唸った。認めたくは無いが、仕方がなくといった感じだ。
「それもそうか……コーディアはどうするんだ?」
「あの子には村で待っててもらいましょう。危険ですしね」
「わかった。それじゃあ、明日は頑張ろうな」
「ええ」
それじゃあ、とその場を後にする。
「ユウスケ、彼女が裏切ると言ってすまなかったな」
「まあ、敵の幹部ですからね。仕方ないと言えば仕方ないですよ」
「あの男、対人戦は大したことなかったが、竜に乗ると強くなるのか?」
「たぶん、ルナとかデラとかに騎乗したら敵わないんじゃないですか?」
「それは困るな……」
アンナが溜息混じりに苦笑する。
そこからしばらく歩くと森を出た。寝床に戻る道を辿っていると、砂浜に誰かがいた。長い耳をピコピコ動かし、辺りを見回している。
「コーディア……」
小さく名前を口にすると、彼女がこちらを向いた。すると物凄い勢いで走ってきて俺に飛び付く。
誰かを抱き止めるという行為に慣れていないため、派手に後ろへ倒れる。幸い、下が柔らかい砂だったので痛みは無かった。
「どうしたコーディア」
「もう……どこ行ってたのよ……」
胸に顔を押し付けて話しているせいで声がくぐもっている。
「ちょっと、散歩に」
「心配したんだから……」
顔を上げると、コーディアの大きな両目からは涙に溢れていた。
アンナに助けを求めようと視線を送るが、パチリとウィンクしただけだった。そしてアンナは部屋に戻った。
どうしたら良いのだろうかと戸惑う。取り敢えず頭を撫でてみる。
「悪かったよ。黙って出ていったのは」
「ちゃんと謝って……」
「す、すいませんでした」
涙を拭い、少し微笑むとぎゅっと首に手を回される。
「次からはちゃんと書き置きでも残しておいてよね」
人よりも温かいコーディアを抱え、部屋に戻る。
「今日は、一緒に寝ない?」
「狭いぞ?」
「私は構わないわ」
「潰れるかもよ?」
「大丈夫よ」
「寂しいのか?」
「そうね……少しだけよ」
「そうか、仕方ないな」
気の強いコーディアなら、別にと言うかと思ったのだが。兎は寂しいと死んでしまうというやつだろうか。
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