見ろ、七万五千テンだぜ!」
じゃらじゃらと袋を振ってルナに見せつける。
「最初の仕事で七万五千テンですか。まあまあですね」
「金が手に入って買い物に行く前に、貨幣の単位を教えてくれ。俺は円しかわからん」
「この世界の貨幣の単位はテン。十テン銅貨、百テン銀貨、千テン金貨となってます」
じゃらじゃらと袋から貨幣を取り出して一枚一枚説明してくれる。
「魔物も同じ金銭を使ってるのか?」
「それだけ?」
「はい、それだけです。早く宿を取りに行かなければ全部屋埋まってしまいますよ」
「宿? ルナと一緒に寝ればいいよ」
「私は外で寝るんですよ。風邪を引いてしまいます」
「夏前くらいの暑さだし、ルナが暖めてくれれば問題なし!」
ルナは呆れたように首を左右に振って溜息をつく。それでも、少しだけ嬉しそうに見えた。
「しょうがないですね……」
「よし、俺は買い物に行ってくるぜ」
金の入った袋を引っ提げて街道を戻る。町に再び入って服屋を探す。
看板があればいいのだが、酒場か宿屋のものしか見当たらない。ゴブリンの血でべたべただったズボンは乾き、カピカピに固まった。
道行く人々が俺の足を見てひそひそ話し合っている。こんな状況で服屋はどこですか、なんて訊いても答えてくれるかどうか。
「あー……道わかんねぇ」
「どうした、ユウスケ」
「うわっ!?」
肩を叩かれ、振り返るとアンナが笑顔で立っていた。
「なんだ……アンナさんか……」
「なんだとはご挨拶だな。どうした、困り事か?」
「ええ、まあ。服屋を探してまして」
「服屋か、それならこっちだ。……はぐれないように手を繋いでいくか?」
ちょっと微笑んで手を伸ばしてくる。半分からかって半分心配してくれているようだ。
だが、俺は高校生。幼稚園児ではない。
それに彼女みたいで物凄く恥ずかしい。
「大丈夫です」
「そうか、いつでも手を引いてやるからな」
クスクスと笑っていたアンナの心配は杞憂に終わった。というのも、すれ違う人皆俺から距離をとるのだ。
「ほら、ここが服屋だ。格安で良質な商品を扱っているぞ」
「二回もありがとうございました」
「いやいや、気にするな。私は人助けが好きなんだ」
「変わってますね」
「よく言われるよ」
「重ね重ねで申し訳ないんですけど……」
他の場所にも連れていってほしいと頼むのはいかがなものか。彼女にはだいぶ頼っているのだから。
いくら人助けが好きといっても一人の人間を何度も助けるのは嫌になってくるはずだ。
「遠慮せずに言ってみなよ」
「その……他の店にも連れていってくれませんか?」
「どこに行きたいんだ?」
「えと……食料品店とカバンが売ってる場所に」
「そうかそうか。とりあえず服を買おうじゃないか」
アンナが先に入店し、慌てて後を追いかける。
「日常の服でいいんだよな」
「じ、自分で服を選びますよ」
「任せておけ、ピッタリの物を探してやるから」
そう言って鼻唄混じりに棚を移動する。
俺はトランクス式のパンツを七枚ほど取って篭に入れた。
「半袖と半ズボンはどこだ……」
俺も棚を移動してTシャツも七枚取る。同様に半ズボンも。安いものは無地しか無かったので色とりどり揃える。追加で大きめのタオルをいくつか。
「靴下と、長袖かなぁ」
「ほら、ユウスケ。持ってきたぞ」
ぼすん、と篭に衣服が詰め込まれる。
「防寒用の雪獅子コートと、肌寒い時用の長袖」
「あと靴下も」
隣にあった棚からごっそり取って篭にぶちこむ。
「よし、こんなもんでいいだろう!」
満足そうに頷いてポケットから財布を取り出した。
「金くらい自分で払いますよ」
「初依頼達成のお祝いとして受け取ってくれ」
「いやいや、女性に金を払わせるのは良くないので」
衣服の詰まった篭をカウンターに乗せる。それを店員が計算して金額を出す。
「三万二千四百五十テンです」
「高いな……」
「ほら、私が払うと言っただろう」
「いや、遠慮します」
「ユウスケは強情な奴だな。貰えるものは貰っとけという言葉を知らんのか」
「知ってますけど……」
袋から指定された金額を出しながら答える。貰えるものは、というのはよく聞く話だ。だが、女性に払わせるのはなんだか気が進まない。
「まいど」
「か、篭も貰っていいすか?」
「三百テン」
追加料金を支払って店から出る。帰宅部の俺には少々──いや、だいぶ重い荷物に腕が悲鳴をあげている。
「か、カバンを買いに行きたいです……」
「よし、カバンはこっちだ」
スタスタと先に行くアンナをよたよたと危なっかしく追いかける。アンナの入った店に遅れて入店すると、すでに支払いを済ませたようだ。
「私からの選別だ!」
普通のリュックサックのようなものを渡される。ベージュで学校に行くときに使いそうなサイズだ。
「これ……全部入ります?」
「もちろん、中は空間拡張魔法がかけてあるから見た目よりも広いんだぞ」
ボタンで止められている蓋を開けると、底が遠くにあると視認できた。手を突っ込んでみると、肩はおろか、頭まで呑み込まれてしまう。
「なんか、高い品を買って貰って、すいません」
「いやいや、気にするな。それは景品で貰った物だからな」
「景品?」
「ああ、開店から私でちょうど五万人だったそうでな。それを貰った」
「ホントに……ありがとうございます」
「君はお礼か謝罪しかしないんだな」
「すいません」
「ほら、また」
「あ、すい──」
「もういい、次に行こう」
苦笑しながら俺の発言を遮る。目上の人と話すときはお礼か謝罪しかしていない。それと相槌。
この癖を改めるべきか否か。親しければ普通に会話もできる。
「どうした、食料を買いにいくんだろう?」
「すいま……いや、連れてってください」
「わかった、こっちだ」
心なしか、アンナの表情が緩んだように見えた。
「何が欲しいんだ?」
「えーと、肉とパンですかね」
「パン屋はそっち、肉屋はその反対側にあるぞ」
アンナが指差した方に目を向けると、フランスパンのようなものが篭に入って売られているのが確認できた。
その反対側に目をやると、様々な形に切られた肉が並んでいる。
「ちょっくら買ってきます」
まずはパン屋で俺の晩飯を購入する。バターロールモドキを五つとフランスパンモドキを一つ。向かいの肉屋ではなるべく大きな、なるべく質のいい肉を買う。
バスとほぼ同サイズのルナには足りないだろうが我慢してもらうしかない。
「野菜は買わないのか?」
「遠慮しときます」
「肉とパンだけでは体を壊すぞ」
「まあ、一日くらいは野菜をとらずとも死にませんよ」
「そう言っていると痛い目見るぞ。だが、それもいい経験になるだろう」
「はぁ……そうですか。それじゃあそろそろ仲間の所に戻りますよ」
「それにしても、そんなに金があるのになぜ野宿を選ぶ?」
「そ、それは……仲間が野宿したいって言ったからですね……はは」
口から出任せを言うが、果たして信じてくれるだろうか。
「変わったお仲間だな。こちらの世界に来て浮かれているのか、なんにせよ気を付けることだ」
そう言えば、彼女は俺と初めてあった時に喚ばれたと見抜いた。なぜ知っているのか。
「アンナさん、何で俺が召喚されたって知ってるんですか?」
「数日前に全ての地域にお触れが出されたんだ。異世界から救世主が現れると。それで、救世主には親切にしなさい、という内容でね」
「なるほど、今日はありがとうございました」
──救世主、ね。
心の内で溜息をつく。その救世主候補の俺は今日殺されかけたばかりなんだよ。なんと、王様にだ。
そんな事はアンナに言えず、ただ微笑み返すだけだ。
「うむ、また会おう」
アンナと別れ、ルナが休憩している場所まで走る。足に付着した血を見て、人々が避けてくれるから楽に町を出れた。
「おーい、ルナー」
「お帰りなさい」
「おう、ただいま」
「何を買ってきたのですか?」
カバンを開けて買ってきたものを全て外に出す。食料は夜のお楽しみだ。
それまでは彼女に内緒にしておくのだ。
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