クラス丸ごと召喚されたけど、モンスターマスターは嫌われものでした

だんご3
だんご3

終話 過ぎ去った日々

公開日時: 2020年9月22日(火) 17:03
文字数:4,346

横田との決戦から十年の時が過ぎた。人間と和平交渉を結び、俺が生きている間は戦争が起こらなくなった。

何事もなく月日が過ぎ去り、今に至る。


ふわりと、爽やかな風が俺の髪を揺らす。魔界の空は人間界同様に晴れ渡っている。

俺が魔王になった次の年辺りに変えたのだ。最初は反感を買ったが、洗濯物のの乾きが良いだの、気分が良いだのと結局感謝された。

城の天辺にいる俺はあの時から全く成長していない。中身ではなく、外見が、だ。


本来ならば髭も生えてがっしりとした体つきになるはずだか、現在の俺は十五歳の少年のままだ。

ユーリィやレイル達は二十歳を過ぎ、コーディアも大人になった。


永遠に子供でいられるのはありがたいが、置いていかれている感はある。

屋根に座り直すと、空の彼方から一羽の鳥が飛んできていた。そいつは俺の周囲をちゅんちゅん鳴きながら飛び回る。


「おい、落ち着けよ」

手を差し出すとその上に止まり、咥えていた手紙を落とした。

「手紙……?」

白い封筒の箋を切って開ける。一枚の紙切れに魔法陣が描かれている。


「おーっす! おひさー」

青く輝く魔法陣から大人になったユーリィが現れた。

「これを見てる頃には準備も終わってるだろうし早く来いよな!」

「ちょっと、それだけじゃ何かわからないでしょ!」

ホログラムのライジュがやって来てこちらに手を振った。思わず俺も振り返す。


「ボク達ね結婚する事にしたんだ!」

唐突な告白に脳がフリーズする。しかし間を置かずにユーリィが続ける。

「結婚式の準備も終わりそうだから早く来いよな! ルナとコーディアも連れてこいよ! んじゃな!」


最後に二人は幸せそうなキスをして、ホログラムが消えた。まだ頭が混乱していて話が呑み込めない。

「ご友人の結婚式ですか」


「ぬわッ!?」

「驚かせてしまいましたか? 申し訳ありませんでした」

悪びれる様子もなく、ライアーは頭を下げた。


「すぐに転移魔法を用意させます。しばしお待ちを。ルナ様やコーディア様も集めておいてください」

「あ、ああ……」

ライアーはいつもこうだ。現れたと思ったらすぐにいなくなる。出現の度に俺を驚かす。


「おーい、ルナー!」

大声で叫ぶと、庭の方から返事をした。屋根の縁から覗くと、彼女が上を見上げていた。

「ルナ! 結婚式に行くぞ」

「何ですか!?」

「だから──」


強い風が吹いた。半分以上体を前に突き出していた俺は風に煽られて屋根から落ちた。

落ちて死ぬわけではないが、痛みは残る。しかし、タイミングよくルナが襟首を掴んでくれた。


「まったく……私がいないと駄目ですねぇ。それで、結婚式がなんです?」

「ああ、ユーリィの結婚式に呼ばれたからさ。コーディアがどこにいるか知らない?」

「コーディアなら、書庫にでもいるのでは?」


「また? あいつ最近書庫に籠りっきりじゃん?」

書庫に一番近い窓で下ろしてもらい、城の中に入る。右に直進して木製の大扉を押し開ける。


高く積まれた本の中で、中央の椅子に座ったコーディアがこちらに目を向けた。膝の上に乗せていた本を閉じて駆け寄ってくる。

「なあに?」

「結婚式に行くぞ」


驚くコーディアを宥めてつい先程起きたことを語る。長い耳を興奮させて揺らしながら頷く。

「へぇ……あの二人が結婚かぁ。種族の壁を越えたんだねぇ」

「ユーリィ達なら末永くやっていけそうだよな」


うんうんと勝手に納得していると、背後にライアーの気配を感じた。

「もう驚かんぞ!」

「見事です。準備ができましたのでこちらへどうぞ。ルナ様もいますよ」

足早に階段を下りる。地下室の扉を開けると、フードを被った魔術師達が魔法陣を描いていた。


「結婚式に行くのですからふさわしい格好をしていってくださいね」

ライアーが手を叩くと、俺とコーディアの服が変化した。

きっちりとした正装を身に纏うとなんだか息苦しい。


「それでは、行ってらっしゃいませ」

全員が枠に収まったのを確認すると、リーダー格の魔術師が転移魔法を発動させた。世界がぐるぐる回り始める。

三半規管が狂って酔っ払った親父のような足取りになった。ルナとコーディアに支えられて何とかた立つ。


「……つきましたよ」

目に写るもの全てがぐにゃぐにゃと歪んで見える。コーディアの耳なんか三回転半ぐらい捻られている。


「お待ちしておりました」

ユーリィが住んでいる屋敷の目の前にワープしたようだ。エルフの女性が頭を下げた。

「どうも……ユウスケです。後ろにいるのはコーディアとルナ。ユーリィに招待されて来ました。この度はおめでとうございます」

服の内ポケットに入っていた封筒を渡す。


「有難うございます。式が始まるまで中でお待ち下さい」

会場には俺達専用のスペースが用意されていた。ルナがいても楽々座れる場所だ。


しばらくすると、人が場内に人が集まってきた。ルナを一目見ると驚くが、敵意が無いことがわかるとあまり気にしていなかった。

アンナやリンシア、ギルダにリュミエルも招待されているようだ。


「久しぶりだな、ユウスケ」

「どうもアンナさん、お久し振りです」

「あの二人が結婚すると聞いた時は驚いたよ。ユウスケに相手はいないのか?」


「いませんね。まあ、数千年生きる訳ですから、そのうちね」

軽いブザー音と共に、司会が話し始めた。全員が静まり、式が始まる。

「新郎新婦の入場です」

背後のドアが開き、白いウェディングドレスを着たライジュと黒いタキシードを身につけたユーリィが入場した。


二人がゆっくりと壇上まで登ると、牧師が長い長い説教を始めた。しばらく抑揚の無い声で読み上げた牧師。

終盤まで来ると、少々ドキドキしてくる。


「病めるときも健やかなるときも、新郎ユーリィを愛することを誓いますか?」

「はい、誓います」


ライジュが答えると、牧師はユーリィに尋ねた。

「病めるときも健やかなるときも、新婦ライジュを愛することを誓いますか?」


「はい、誓います」

「それでは、誓いのキスを」

ユーリィがライジュを抱き寄せ、口づけをした。ぎゅっと、ライジュも彼を抱き締める。


「おめでとう、これであなた方は夫婦です」

会場から盛大な拍手が上がった。

「では──」


結婚式が終わると、来客達は魔法で帰っていった。残ったのは、俺達とギルダとリュミエルだった。

アンナは酔い潰れたリンシアを介抱するために先に帰宅した。

外はすでに日が落ちかけていた。橙色の夕日が影を遠くまで伸ばす。


「本当におめでとう」

赤い顔をしたギルダがユーリィの肩を叩く。

「どうもどうも。これから俺達は暖かい家庭を築きたいと思う所存でございます」

演技じみたお辞儀をしてにやける。なんだかんだで嬉し恥ずかしといったところだろう。


「じゃあ、私も帰るよ。今日は飲みすぎた……」

「僕はこの後レイルと用があるから」

「コーディアが眠そうだし、俺達も帰るよ」

それぞれが理由を言うと、ユーリィとライジュは頷いた。

「ん、また来いよ。待ってるから」


こくこくと頭を揺らすコーディアを抱き上げて門をくぐる。設置された魔法陣に足を乗せると、転移が始まった。

「ねえ、ユウスケ……」

「どうしたコーディア。吐きそうか?」


「ううん……私、ライジュを見て決めたよ」

「何を決めたんだ?」

「自分に素直になるよ。今までは色々と考え込んできたけど、伝えるよ」

ルナはそっぽを向いて聞こえないふりをしてくれている。一拍間を開けたコーディアが口を開いた。


「私は……ユウスケの事が大好き……」

「……コーディア……」

返事をしようと思ったが、眠ってしまったようだ。口の端からは涎が落ちた。

「ルナ……俺はどうしたらいいんだ?」


「私は知りません。自分の気持ちを尊重しなさい」

転移が終わって地下室に戻ってくる。ルナは足早に部屋から出て窓から飛び去った。


「お帰りなさいませ」

「うん、ただいま」

「おや、コーディア様は酔い潰れてしまったのですか。私が部屋までお運びいたしますよ」


「いや、俺がやるよ」

「さようでございますか」

すっ、とライアーは影に溶け込んで消えた。人よりも温かいコーディアを抱えて俺の部屋に戻る。


彼女をベッドに寝かせてその傍らに座る。


──ユウスケの事が大好き。


この言葉が俺の胸にずっしりとのし掛かって中々寝付けなかった。結局月が沈み始めた辺りで浅い眠りについた。

「ユウスケ、おはよう」

「コーディア、昨日の話だけどさ」

「あ、あれは……酔ってたからで……気にしないで……」


もじもじと恥ずかしそうに顔を赤らめ、部屋から出ようとする。去り際の腕を掴んでベッドに引き戻す。

「俺でよければ……よろしくお願いします」


「ユウスケ……こちらこそ、よろしくお願いします」

ぎゅっと、抱き合い、初めてのキスをした。唇どうしが触れあう瞬間、特別な味がするかと思ったが、彼女の口からは酒の味がした。


「これからもよろしくね、アナタ」

「うん、よろしく頼むよ」

が、ここでふと疑問が生まれた。彼女はいつまで生き続けられるのか。

「コーディア、寿命の方は……」

「心配要らないわ。闇の秘術で寿命を引き伸ばしたから」


「だから図書館にこもってたのか」

「正解。あ、ルナが見てる」

窓に目を向けるとルナがニヤニヤ笑いながらこちらを見ていた。

「おめでとうございます。しばらくしたら式をあげましょうね」


からかうように飛び回り、彼女は去っていった。

これで俺達三人の死期は当分やってこないことがわかった。

コーディアとは、ゆっくりと愛を築き上げていこう。


夜、眠るとき、たまに高校生だった頃の夢を見る。ルナと出会った事、コーディアを助けた事。いろんな事があった。

しかし年を重ねるごとに夢は薄れ、何も感じなくなってしまった。しかし、日記にはしっかりと残っているので、いつでも思い出すことが可能だ。


幾千の年がすぎても、末永く幸せでいられますように。

千歳を越えた辺りからそう思うようになった。ユーリィ達はとっくに亡くなり、彼らの子孫が時々遊びに来る。


ただ、ギルダはまだ健在でコーディアと同じ術を用いて不老不死となったそうだ。なんでも、研究したいことが残っているとか。


「おとーさん!」

「ん?」

「いつになったら僕に王座を譲ってくれるの?」

「お前が、俺より強くなったらだな。エリス」


コーディアと俺の間に生まれた半獣人の頭を撫でてやる。ぴょこっと伸びた耳が特徴的だ。

「ふん! ルナと遊びにいってくる!」

エリスはさっさと走り去ってしまった。お祖母ちゃんのような立ち位置になったルナは毎日毎日エリスと遊んでくれている。

彼らを過去の自分と重ねているときがある。


「どうしたの? ユウスケ」

「過去は良いものだなって悟ったんだよ」

「何よそれ」


くすくすとコーディアが笑い、それにつられて俺も笑う。庭からはルナがエリスのちゃんばらの相手になっている音がする。

まだまだ終わりそうにない俺の人生。これから先、エリスの成長が楽しみだ。

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