クラス丸ごと召喚されたけど、モンスターマスターは嫌われものでした

だんご3
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三章 終局に導かれて

42話 奇襲

公開日時: 2020年9月14日(月) 17:01
文字数:3,513

ルナが見つめる方向の先を、その場にいる全員が固唾を飲んで見つめる。俺達が見ている方角は住宅街があるだけで、別段珍しいものはない。

ただ、外では大量の兵士達が俺を殺そうと待っているはずだ。


「うおっ!?」

「何だあれ!?」

「魔物か!?」


壁の向こう側にいる兵士達が一斉に騒ぎ出した。ルナも何かに感づいたようで、瞳孔が開いている。

「やあやあ、人間の諸君」


快晴の空に、黒染めの綿のような雲を引き連れて、ネロが城壁の縁に立った。彼の後ろには多数のモンスター達が目に闘士をたぎらせている。

どいつもこいつも竜に乗って、今か今かと開戦の合図を待ちわびている。


「キース……」

デラとキースと視線が絡む。デラは微笑んでくれたが、キースの方は殺意のこもった瞳を向けてきた。

兜に包まれていて表情まではわからないが、そう感じた。目は口ほどにものを言う、というやつだ。


「ネロ! 何しに来た!」

「王都陥落作戦だ、ユウスケ。ちょうど人間どうしが争うって聞いたからやって来たんだ。あれ、リュミエルが倒れているじゃん」

ネロが高さ数メートルある城壁から飛び降りた。足への衝撃が存在しないようで、ゆったりとした足取りでリュミエルに近づく。


「ふーん……リュミエルには何回も殺されたけど、完敗だったよね。誰が、リュミエルにこんな酷いことをしたんだ?」

膝をついてリュミエルの背中に手を回して起き上がらせる。


「お前、リュミエルと知り合いなのか?」

「もちろんさ、リュミエルは俺を何回も殺しに来てるからな」

「ネロが生きているって事は……リュミエルに勝ったからか?」

腰の剣に手を当てながら訊く。


「いや、会うたびに殺されてる。でも、俺は寿命以外じゃ死なない」

あり得ないと呟いたリンシアに、ネロが歩み寄る。

「それじゃ、やってみるといい。ほら、首でも腹でも心臓でも、どこでも切ってみな」

「後悔するなよ!」


美しい、見事な抜刀切りが炸裂した。ネロの肉体が腹の辺りから右斜め下に滑り落ちる。

切断面からは骨や内蔵、その他諸々が丸見えである。初めてのスプラッターに胃がきゅっと締め付けられた。


今日明日は肉類はやめておこうと心に誓った。

どさり、と血を滴ながらネロは地面に落ちた。しかし、下半身の方は直立不動のである。


「あらら、結構ばっさりいったな」

溜息をついたネロは手だけで体によじ登ると、斜めに切断された部分を重ね合わせた。瞬間、細胞どうしがうにょうにょと結合を始めた。

その驚くべき光景はしばらく続き、やがて完全にくっついた。


「これでわかったろ?」

「町の人を殺すつもりか?」

ディアスが一歩前に出た。

「いやいや、人間は俺達の奴隷になって働いてもらうよ」


「そんなこ──」

ディアスはその先を紡げなかった。ネロがポケットから右手を抜いて横に振った。

恐るべき早さで繰り出された手刀は、俺の頬を掠めて後方へ飛んでいった。

ごとん、と何か重いものが芝生に転がる。次いで、ディアスの体が傾いた。


「お、お前……なんて事を……」

俺の足下には、虚ろな目をしたディアスの頭部が転がっていた。


「これで王は死んだ。後は城を破壊すれば俺達の勝ちだ。幸いにもリュミエルはボロボロだしな」

アルデミアの空を覆い尽くす魔物達から歓声が上がる。いよいよまずい状況になった。


俺は一抹の期待をかけて、ネロに提案を持ちかける。これが上手くいけば、多少の時間稼ぎになる。

ネロを倒す策が見つかるかもしれない。


「ネロ、敗けを認めよう」

一同、驚愕の表情で俺を見る。

「お? ユウスケにしては諦めが早いな」

「まあ、真ん中を潰されたらいろいろと崩れるからな。だから、七日だけ時間をくれ」 


「ふーん、理由は?」

「人間に、魔王軍に降伏するように言う。お前らがいきなり攻め込んだら混乱が起きる。こちらから降伏したと言えば被害は少なくなるだろ?」

ネロの双眸が、俺の顔を舐めるように見つめる。考えが見透かされていないか心配になるが、平常心を保てと、自身を叱咤する 。


「……いいぜ、その条件は受けてやる。七日間だからな。お前ら、引き上げだ」

腰に手を当てたネロが宣言した。そして手を差し出した。魔王から握手を求められて戸惑っていると彼は溜息をついた。


「契約、成立だな」

「ああ」

ふわり、とジャンプしたネロは重力を受けずに空へ昇っていく。一定の高さに来ると、振り返って笑った。


「これからは、たっぷり働いてもらうからな。あばよ!」

去っていた飛行部隊の後ろに続いてネロは飛んでいった。去っていく魔王軍からは勝利を讃えた歌声が響いていた。


「……なんて事をしてくれたんだ貴様は!」

リンシアに胸ぐらを両手で掴まれて持ち上げられた。そんな細い腕のどこから、と言いたくなる。


「これでよかったんだよ」

「何がだ! 命を賭して民を守るために戦うのではないのか!」

「ちょっとは考えろよこの脳筋がッ!!」


かっとなった俺はリンシアを突き飛ばしていた。よろめくだけで転倒には至らなかったが、ひどく傷ついた顔をしている。

「ああするしか無かったんだ……さもなきゃ皆殺しまであったかもしれないんだ……」


重い沈黙がその場に流れる。ディアスの死、同意の無い敗北宣言。いろんな物が重なって今の状況を作り出している。

俺も言い過ぎたと思って謝ろうかと口を開いたが、言い出せなかった。


「つまり、七日の猶予を得て、その内にネロを叩くって事だろ?」

ユーリィが流れを変えようと、俺に問いかけてきた。彼の瞳からは、日本人の底力を見せてくれよと言わんばかりの輝きに満ちている。


「そういうことだ……突き飛ばしてごめん」

さらっと、自然な形で謝る。

「こっちこそ、意図も聞かずに悪かった」


「さて、こっからどうするか考えていこうぜ」

パン、とユーリィが手を叩いた。各々がやるべき事を見いだしているが、俺は思い付かない。

何か俺に出来ることはないか。


リュミエルとレイルの救護はギルダが行っている。ディアスの死体処理はユーリィとライジュが庭に穴を掘っている。


「土葬でいいのかな……」

古墳だのピラミッドだの、王としての権力を示す建物とか作らなくていいのだろうか。しかし、この非常事態だ。仕方ないと割りきる。

自己完結してからルナの傍に向かう。城壁に乗ってネロ達が引いていった方向を見つめていた。


「ルナ」

「ユウスケ……」

芝生の上に着地すると、申し訳なさそうに目を伏せた。


「どうしたんだよ、ルナ」

「ずっと、黙っていましたけど……バレちゃいましたね」

大きく息を吸って一気に、隠し事を話した。俺が途中で口を挟む暇が無いほど早くに。


「ネロが……不死身だということにです……私はこのままゆるゆると生活していればいずれ誰かが倒すと思っていました。無作為に与えられたアビリティの中に不死身を打ち破る物があると思って」

でも、と口ごもった。言おうか言わないか迷っているようだ。 


「結局、倒されませんでした。ユウスケ……王都が陥落してネロが世界を変えるまでに倒す手段はありますか? 無いですよね……」

初めてみる、ルナのネガティブモード。いつもは母の如く全てを受け入れてきたというのに。


「正直、勝てる見込みは零です。今までの勇者はどうやって歴代の魔王と渡り合ってきたのでしょうね……」

一ヶ月に満たない異世界生活で、こんな急展開を迎えるなんて思ってもみなかった。もっとゆっくりと実力をつけてから、いざ魔王城へ行かんというものだと考えていたのだが。


「ルナ……」

「はい……」

「一度家に帰ろう。コーディアとアンナさんが気になるよ」

「わかりました……行きましょうか」


出発の前に、ユーリィに帰宅すると伝えてからルナの背に飛び乗る。ルナはいつもの力強い飛び方ではなく、頭を垂れて悲壮感漂う飛び方をしている。


「なあ、何でそんなに落ち込んでるの?」

「確実にユウスケが死んでしまいますから……ネロに申し出ればユウスケは助けてもらえるのではないでしょうか」


うじうじしているルナの相手に嫌気が差した俺は、背中から移動して首の方まで進む。独り言に忙しいルナは俺が首の上にいることに気がついていない。


「ルナ!」

ぱっと両手で目を塞ぐ。突如として視界を失ったルナの飛行姿勢が乱れた。

「何をするのですか!」


「いいかルナ! 俺は! 魔王を倒す! 答えが分かったかもしれない!」

「ほ、本当ですか!?」

「そうだ! だから今は元気をだして家に帰るぞ!」

「そんな事より手を離してください!」

「あ、すまん」


手を離し、ルナの視界が戻ると目の前には巨大な広葉樹がそびえ立っていた。ぶつかるかと思ったが、見事な切り返しで空高くへと飛翔する。


「ネロを倒す方法を思い付いたんですね!」

「ああ! そうさ!」

もちろん、これは出任せではない。俺には一つ心当たりがあるのだ。

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