「じゃ、アンナさん救出の作戦会議を始めるけど、何か案ある?」
「ガッと行ってバッと助けて逃げようぜ」
と、擬音語を多用した作戦だがユーリィの言わんとする事はわかる。
アルデミア城に向かい、並みいる兵士や魔導師を蹴散らし、アンナを助け出す。そしてとんずらするという至極単純な作戦だ。
「だめだ」
しかし、ギルダざばっさりと切り捨てる。少し拗ねたような顔をするユーリィをライジュが慰める。
「ダメ出しするならギルダの案を言ってみろよ」
「そうだな……まずはルナで撹乱してからライジュ、レイル、私で兵士達を蹴散らす。ユウスケ、コーディア、ユーリィでアンナを救出。残党を薙ぎ倒してルナに乗って脱出──以上」
「それ、俺と同じじゃね?」
言いたいことは殆ど同じと指摘するユーリィ。が、ギルダは頬杖をついて言い返す。
まるで教師が物分かりの悪い生徒に教えるときのように、簡潔に言った。
「私の案は具体的だ。ユーリィのは大雑把すぎる。分かりやすさは段違いだ。分かってくれたかな?」
言い返せないユーリィ。いくら転生者といえども、とてつもない年月を生きるエルフとの知恵比べには勝てないようだ。
いや、そもそも知恵比べと呼べるレベルのものではないが。
「口で言うのは簡単だけど、実行するのは難しくないかな。だってリュミエルもいるんでしょ?」
ライジュが言うまで忘れていたが、彼の存在があった。アンナ曰く、世界最強の騎士、リュミエル。
遠距離からの攻撃でクラーケンを分割してしまうのだから戦闘力は計り知れない。
「リュミエルは兄貴がなんとかするって言ってたぜ」
「ほう、レイルには策でもあるのかね」
ギルダが目を見張らせた。驚いているのだろう。しかしすぐに冷静な表情に戻る。
「……実際、リュミエルってどんぐらい強いの?」
みんなが強い強い言うから、そうなんだ程度にしか思っていなかったが、いかほどの強さなのか。
クラーケンを切断するくらいだから、それなりの力は持ち得ているのだろう。
「兄貴から聞いたんだが、ゴブリンの群れの近くを通っただけでゴブリンが死んだとか」
と、ユーリィ。
「アルデミアの兵士を素手のみで全員倒すらしいよ」
と、ライジュ。
「どんな大会に出ても余裕で一位なんだと」
と、ギルダ。
「えぇ……そんな化け物相手に勝てるの? ってか、リュミエルに魔王倒させればいいじゃん」
人の枠を外れたレベルの強さだ。対面で勝てる気がしない。むしろ闇討ちをかけたとしても負ける自信がある。
「何度か魔界に出向いているようだが、毎回収穫は無いそうだ」
なぜだろうな、とギルダが顎に手を添えて言った。
「あ、ルナが帰ってきたよ」
コーディアの耳が遠くから聞こえるルナの羽音を捉えたようだ。数秒後、家の前に銀竜が着陸していた。
「ルナ、どうだった?」
慌てて外に出て彼女のもとへ走る。
「上空から見てきたところ、処刑台は完成間近でした」
「他には?」
「リュミエルと目が合いました。雲の隙間から覗いていたのですが、見られてしまいましたね。彼は少し笑っていました」
「それ、やばくないか? ディアスに告げ口されて対策される気がする」
「そんな事よりリュミエルを直接送って来そうじゃないか?」
噂をすればなんとやら。
俺とユーリィが議論を交わしていると、突然、リュミエルが出現した。なんの前触れを無く、空間からひょこっと出てきたのだ。
色白で黒みがかった青色の髪をした青年が、口を開いた。
それだけの行為で場の空気が凍りつく。
「はじめまして、リュミエルです。みんな知ってるよね、僕のこと。そして、何をしに来たかも」
凄まじい殺気がリュミエルから放たれる。俺は反射的に剣の柄を握った。
「おっと、そう焦らないでよ」
抜こうとする前に、リュミエルが俺の手を掴んでいた。華奢な腕のくせにびくともしない。
「まずは、坂下ユウスケを差し出せば君達は見逃してくれるそうだ」
「俺が……行けばいいのか?」
「ああ、そうだ。君一人の犠牲で済む」
ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべている。ここで、俺が行かなければ皆殺し。俺が行けばみんなが助かる。
ちらりと振り返ってルナやコーディアの表情を伺う。コーディアは俺の手を掴んで首を横に振った。
「やだよ……行かないで……」
「でもそうしないと、みんなが死ぬんだぞ?」
「ユウスケはいいの!? 自分が死んでも!」
「だって……だって……」
もごもごと言葉が紡げなくなる。何を言っても言い訳にしかならない。戦ったところで瞬殺されるだけだろう。
それならおとなしく捕まった方が被害も少ないのではないか。
「……わかった。お前の要求をの──」
「ダメです。ユウスケは渡しません」
ルナが俺とリュミエルの間に割って入る。怒りに燃えた瞳が敵を見据える。
「銀竜が人間の味方をするとは……やれやれ、せっかく生き残る道を与えたのに……残念だ」
リュミエルが剣を抜いた。ルナの尻尾が何よりも速く、彼を貫こうと鋭く伸びた。
「へぇ、銀竜の尻尾って堅いんだね」
空いている左手でルナの尻尾をがっちりと掴んでいる。呆気にとられたルナだが、負けじと炎を吐き出した。しかし、すでにリュミエルはそこにいなかった。
軽やかなジャンプでルナの背中に着地する。
「さて、これが最後の確認だ。坂下ユウスケを渡すか?」
「やれ、ライジュ」
ユーリィの一言でライジュが動いた。雷を身に纏い、リュミエルへ突撃する。残像が見えるほどの拳を見舞うが、あっさりと躱される。
続いて下段蹴り、中段突き、サマーソルトキック。どれもこれも素早く繰り出すのだが、全て避けられてしまう。
「くらえッ!!」
リュミエルと距離を詰めての指鉄砲。これは、と少々期待したが、発動するより前にリュミエルの拳がライジュの腹にめり込んでいた。
崩れ落ちるライジュを優しく抱き止め、地面に寝かせる。
ユーリィが駆け寄るのは止めず、俺の方へ歩いてくる。手の震えを押さえながら剣を抜く。
奴の何が不気味って、常に笑顔なことだ。戦っている時もニコニコと。
これは強さ故なのかもしれない。ルナ達が相手にならないから、優しく遊ぶように戦っているふりをしているのでは。
「《フレアスター》」
覚悟を決めた矢先、ギルダが叫んだ。声のした方を向くと杖を片手に魔法を放っていた。
赤と青の二つの球体がリュミエルへ高速で迫る。
片方は超高温。
片方は超低温。
その巨大な二球は複雑な動きをしながら、リュミエルを襲う。
「《スペルブレイク》!」
眩しい光が辺りに満ち、ギルダの放った二つの球が消えていた。
「ほう、やるな。これはどうだ?《サンダースコール》」
リュミエルの上空に雨雲が発生する。しかし彼は避けようともせず、ただ突っ立っている。表情は余裕たっぷりだ。
「それっ」
超局地的豪雨の中、リュミエルは自分の剣を空高く放り投げた。雨雲から落ちた雷は剣へと誘導される。それとほぼ同時に大地を揺るがす轟音が響く。
避雷針にされた剣には傷ひとつついていなかった。
そしてギルダとリュミエルは互いに涼しい顔をしている。
「やりますね」
「そっちこそ。子供のくせに中々やるな」
「僕は子供という年ではないのですが」
濡れた髪をかきあげて水を払う。
「私から見ればお前はまだまだ子供だ」
「そうですか……貴女との戦い、名残惜しいですが終わりにしましょう」
残念そうな顔をするが、先刻よりも殺気が強くなっている。
剣先が閃き、ギルダに迫る。魔法で対抗しようとしているが間に合わないだろう。
しかし、剣と剣がぶつかり合う、甲高い音がした。
「よお、リュミエル……久しぶりだな」
なんと、レイルがリュミエルの剣を受け止めたのだ。
「レイル! 君もこの人達の仲間なんだね!」
「ああ、そうだ」
二人の間には交遊関係があったようで、リュミエルはとても嬉しそうだ。剣を交えながらも楽しそうにお喋りをしている。
ひとしきり打ち合うと、両者の距離があいた。
「それじゃあレイル。三日後、来てよね。みんなに僕らの戦いを見せるんだ」
「おい、ちょっと待てよ!」
レイルが止めようと手を伸ばすが、するりと彼の手を抜けて消えてしまった。
俺を含め、全員がレイルに注目していた。誰も傷ひとつ負わせることができなかったリュミエルをたった一人で撃退したのだから。
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