クラス丸ごと召喚されたけど、モンスターマスターは嫌われものでした

だんご3
だんご3

26話 さらばフィレッジ村

公開日時: 2020年9月8日(火) 16:00
文字数:3,076

「ユウスケ、起きてください」

尻尾で背中をつつかれて目が覚める。まだ眠い目を擦って無理矢理覚醒する。

キョロキョロと周りに目を向けると、既に日は落ちていた。あの時眠ってからずっとルナの背中の上にいたのだろうか。


「いつまで私の背中にいるつもりですか。早く風呂に入ってきなさい」

「アンナさんとコーディアは?」

「先に入りましたよ」

「わかった」


七日ワープする前に窓枠に引っ掻けておいたシャツはきちんと畳まれてベッドの上に置いてあった。それと、パンツとズボンを持って風呂場に向かう。


「ユウスケ、おはよう」

「おはようございます」

風呂から上がってパジャマに着替えていたアンナとコーディア。牛乳片手に風呂場から去っていった。


「剣、置いてこなかったの?」

帯刀に気づいたコーディアが小首を傾げた。なんとも可愛らしい仕草で写真に保存したくなるが、残念ながらそんなものは存在しない。


「ちょっと試したい事があってな」

「あんまり危ない事しちゃダメよ?」

「分かってるって」

コーディアがいなくなったのを確認してから海パンを脱ぐ。潮でガビガビになった海パンはどうしたものか。


「お湯で洗えば落ちるかな」

淡い期待を込めて剣と俺と一緒に風呂へ。

「なんだっけ……」

風呂釜が二つあり、片方は蓋がしてある。蓋を取って中を覗くと高温の湯が入っている。


もう片方は蓋が無く、温度は標準より少し高い。そして隣より一回り大きい。

「ほんと何だっけ……この風呂……」

「五ェ門風呂では?」

ルナの一言で頭に閃きの電流が走る。それだ、と指を鳴らして喜ぶ。知っているのに何だかわからない、というのが一番モヤモヤする。

それが解決した時の喜びはもう異常だ。


「……ルナ?」

「何ですか?」

「いやいや、何でルナがいるんだ!?」

「コーディアが剣を持って何するかわからないから見てきてほしいと」

一つだけある窓の外からルナの声がしていた。そこから覗いているようで、彼女の目が光っている。


「余計な事を……」

後でくすぐり回してやろうかと少しばかり思う。やるならば降参するまで止めない、と心に誓う。


「それで、剣を持って何をしようとしていたのですか」

「これさ、海神の剣だって言ったろ? 水を操れるって言うから試そうと思ってね」

浴槽に手を突っ込んでお湯が動くことをイメージする。初めは目を瞑っていたが、ルナが感嘆の声を漏らしたので目を開けてみた。


「おお……」

そこにはイメージ通りに空中を動くお湯があった。ミミズのように細いお湯は窓を抜けてルナの顔にかかった。

「きゃ!」

「あ、ごめん。集中力が切れたら勝手に動いちまった……ルナも可愛い声出るんだな」


「焼き殺しますよ……!」

怒りの籠った声が降ってくる。桶にお湯と海パンを入れてかき混ぜる。

「悪かったって。わざとじゃないんだよ」

「湯をかけた事は怒っていません。可愛いと言われた事に怒っています」

「女性なんだから可愛いって言われて喜べよ」


「誇り高き竜が可愛いと言われて喜びますか? カッコいいならまだしも」

「んな事言われてもなぁ。可愛いもんは可愛いんだからしょうがねぇよ」

「まだ言いますか……」

「わかったわかった、今後一切可愛い系統の言葉は言わないよ。──覚えてたら」


これでルナの機嫌は戻ったようでひとまず安心。海パンを絞って浴槽の縁に掛けておく。自分の体を素早く洗って風呂に入る。

「温いな」

隣の浴槽から熱々のお湯を桶で掬って俺のいる浴槽に移す。五、六回ほど繰り返し、最後に混ぜる。ちょうどいいくらいになると、自然に溜息がでた。


「拠点ってさ、どんな感じなの?」

「見てからのお楽しみです」

「ふーん……」


それからしばらくルナと会話して、風呂から上がった。その頃には視界がぼやけて前が見えなくなったりした。

こういった状態になることは何度かあったが、いつまで経ってもなれないものだ。


大雑把にお湯を拭いて外に出る。涼しめの風が心地よい。

「……ふぅ」

部屋に戻るが、誰もいなかった。ランタンに火をつけてベッドに横になる。

天井を見つめていると、意識が朦朧としてくる。

浮遊感に身を任せて目を閉じる。



***



翌朝、コーディアが布団をバンバン叩いている。朝っぱらから騒々しいやつだ。

「ちょっと、朝だよ。ユウスケってば」

「んん……」


目だけ開けて周囲を確認する。カーテンを全開にしているため、眩しい太陽の光が直接顔にかかる。

布団を深く被って枕に顔を押し付ける。これで眩しさからは解放された。


「もう帰るんだよ!」

力任せに布団を剥ぎ取られる。しかし体を丸めてそれに対抗する。

「なぁ……もう少し寝てようぜ……」

彼女の腕を掴んで抱き寄せる。布団よりも温かく更なる深い眠りへ誘われてしまう。


「馬鹿言ってないで、起きるのよ!」

長い格闘の末、ボケッとした顔で表に引っ張り出される。もろに太陽光をくらってたたらを踏む。


「ようやく起きましたか」

「ああ……うん……おはよう」

「早く顔を洗って来なさい」

よろよろと井戸の所まで歩き、バケツに水を汲む。冷たい水で目が覚め、視界もはっきりとする。


「お待たせ」

「はい、朝ごはん」

みんなの所に小走りで戻ると、白無地の包装紙に包まれた温かいものをマーサに渡される。


「あ、ありがとう」

「こちらこそ、村を救ってくれて本当にありがとう!」


「いや、仕事だからさ。当たり前っちゃあ当たり前なんだよね」

「皆様、誠にありがとうございました。もし、再びこの村に立ち寄ることがあれば歓迎いたしますので」

村長が締めの言葉を言って、頭を下げた。それに呼応して村人全員が礼の言葉を述べた。


「それでは、行きますよ」

コーディアと俺が背中に乗ったのを確認してから、ルナが飛び立った。その隣にいるアンナも自前の翼で空へ昇る。

俺達が見えなくなるまで、フィレッジ村の人々は手を振っていた。


「お、サンドイッチじゃん」

野菜と肉が挟まれたサンドイッチを頬張る。肩越しにコーディアが物欲しそうに、サンドイッチを見ている。


「欲しいのか?」

「うん!」

「……ほれ」

一切れ渡すとものの三口で完食した。ペロリと唇を舐めて残りのサンドイッチに手を伸ばす。


「全部やるよ」

結局、一つしか食べれず、残りはコーディアの胃袋に納まった。満足したコーディアは俺のあぐらの上で仰向けに寝転がっている。

食べ過ぎたのか、コーディアの腹はぽっこりと膨れている。服越しに触れてみても、その張りがわかる。


「ねぇ、ユウスケ……」

「どうした」

「カバン、光ってるよ」

言われた通り、カバンが緑色の光を発している。グリモアが何か情報を更新したようだ。


奥の方に手を突っ込んでグリモアを引っ張り出す。アビリティ欄にはいつも通りのものが三つと知らないものが一つ記載されている。

「あ、【剣術B】になってるよ」

「おー、ホントだ。こっちの【海神の加護】ってなんだろうな」

「剣を持ってるから海で何かあるんじゃないの? デリピウスが来てくれたしさ」

「なるほどな」


他に新しく書かれた事が無いかとページを捲る。すると、今までの行動、というページが現れた。

「ユウスケって意外と良い事してるのね」

「意外ってなんだ意外って」

「私と会った時はヘタレそのものでしたがよく成長したものです」

ルナが口を挟んできた。


「そうだぞ、ギルドの場所も分からず人混みに負ける弱い奴だったな」

アンナまで参戦。少し前の事をほじくり返してくる。

「その話はいいじゃないですか」


「服屋とかにも色々連れてってやったなぁ」

アンナとルナの思出話──と言っても数週間のものだが──はまだまだ続くのであろう。

そして、それを知ったコーディアに色々言われるのだろう。

──ああ、嫌だ嫌だ。

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