「そ、その太刀はオデのだべ! 返せ!」
「やだね、お前は後頭部に刺さってる蛮刀でも使ってろよ」
自身の後頭部から蛮刀を抜き取った。どす黒い血が壁に飛び散る。出欠多量で死なないかな、何て思っていたら、流れ出ていた血液が止まった。
「げへへ……女には逃げられたけど、お前を殺して食ってやるぞ!」
奇声を発しながら大上段に振りかぶって切りかかってくる。
バックステップで距離を取るが、壁に掛かっていた鍋類にぶつかってやかましい音をたてながら落ちてきた。
「家を汚すなあああッ!!」
再び大上段。ミチルが拘束されていた台に飛び乗り、回避。三度目の攻撃で台が破壊される。
「狭くて……戦いづらいな」
敵の動きは遅いため、回避は余裕。しかし大きく回り込めないために横凪ぎの攻撃が来たらもろにくらってしまう。
とにかく、攻めにくいのだ。洞穴の外ならばもっと自由に戦えるだろうが。
「げへへへへへッ! 肉ッ! 食わせろッ!!」
右手に持った蛮刀を左右に振り回すオーク。錆びた刃を掻い潜って懐に飛び込む。
右から流れるような一閃。血が噴き出して俺の全身にかかる。
ぐらりとよろめいたオーク。膝をつき、呼吸は荒い。
「とどめだ!」
鼻っ柱目掛けてバッターの如く振り抜く。しかし、オークは蛮刀を弱々しく持ち上げた。
耳障りな金属音と微かな火花を散らして蛮刀が吹っ飛んだ。
「往生際が悪いな……」
「げふふ……お前にゃぁ……オデは殺せないぞ……!」
オークが唸り、腹に血からを込めた。ぐにぐにと傷口へ腹の肉が集まっていく。
傷は収縮し、ほぼ完全に埋まった。
「な、なんだよそれ……」
「言っただろ、殺せないって!」
クラウチングスタートからのタックルをもろにくらう。壁まで吹き飛ばされ激突。強く背中を打ち付け、呼吸が止まる。
それでも何とか剣を杖がわりに立ち上がる。
「中々しぶといなぁ」
にやにやと詰め寄ってくる。こんな狭い所で戦っていたら確実に負けるだろう。
裸足でもそろそろ洞窟の外に出ているはずだ。一本道だから迷うことはない。
小さく息を吐き、オークの正拳突きをしゃがんで避ける。近くに落ちている中華鍋を掴み、敵の顔面に打ち付ける。
鈍い音がしてオークが後退る。
隙を見計らって洞窟の外を目指す。先刻の激突が響くが、オークに捕まることはなさそうだ。
見かけ通り、歩みは遅い。外に出てから呼吸を調え、決戦に挑めるだろう。
脱出に成功すると、四人が両手を上げて喜びだした。
「喜ぶのはまだ早いぞ、すぐにオークが来るぞ」
「え、そうなの?」
「幸い動きは遅いみたいだからもう少し時間はあるはずだ。見たところ君達、魔法職だろ? 援護射撃してくれないか?」
持ち帰ったカバンを渡す。
「悪いけど、それは無理ね」
「何で? MP切れ?」
「あいつには魔法が効かないのよ」
ミチルがカバンから取り出したローブを羽織ながら答える。
「マジ?」
「だからあたし達が負けたの! 【黒魔法A】なのにね」
ユカリがグリモアを見せてきた。アビリティ欄には確かに【黒魔法A】と【魔力吸収】とある。
「魔力吸収ってなに?」
「周囲にいる生物から魔力を勝手に貰うことよ。人数が多いほど魔法の威力は強くなるの」
「ふうん、凄いじゃん。……おっと、来たな」
ドスドスと地面を揺らす音が近づいてくる。太陽の下に醜い肉体が曝される。
「肉が、一、二……たくさんだぁ!」
「コーディア達は下がっててくれ」
太刀を構えてオークと対峙する。鼓膜が破れるかと思うほどの声量で吠えたオークがノータイムで突進してきた。
「あぶなッ!」
横に飛んで上手いこと避ける。通り過ぎたオークは滑らかにターンして再び突撃してきた。それを避けると、もう一度。
このままでは埒が開かない。そう感じ、ここで決着をつけることにした。
太刀を顔の横に水平に構える。鉄の刃が太陽の光を反射して鈍く光る。
「……ッ!」
無声の気合いと共に地面を蹴った。互いの距離が縮まり、先に俺が右腕を突きだす。
スピードの乗った切っ先かオークの顔の中心を捉えた。柔らかい鼻を貫き、鼻骨を砕き、さらに奥へと進んでいく。
肉と神経を切断しながら反対側へと飛び出す。それでも敵の動きは止まらず、制御を失った馬のように暴れ始めた。
柄から手が離れ、後方に飛ばされる。尻からの着地で大したダメージは無いが、武器を失ってしまった。
「ゴロズウウウウッ!!」
満身創痍のオークは粘つく血液と唾液を垂らしながら迫ってくる。道連れにしようとでも言うのだろうか。
「ウグッ!?」
逃げる準備をしていた俺は、一瞬何が起きたのか理解できなかった。よく見るとオークの胸部から銀色に輝く、何かが飛び出ていた。
「坂下! 止めをさせッ!」
キヌエの絶叫に、体が反射的に動いた。猛スピードで走り、いまだ突き刺さったままの斬馬刀の柄を握る。
それをありったけの力を込め、空へ向けて切り上げる。脳漿を撒き散らしながら、悲鳴にもならない声をあげながらオークがもがく。
「おおおッ!!」
咆哮あげながら渾身の水平切りでオークの首を切る。
皮一枚で繋がった首は背後に傾き、ブチンと切れて地面に落下した。首とお別れをした胴体は噴水のように血を噴き出しながら、前方に倒れた。
「……ありがとう坂下」
肩で息をしているキヌエがナイフをしまって手を差し出した。ぎこちなくそれに応える。両者とも血を浴びているのでぬるぬるとした握手になる。
「君、ナイフ使えたの?」
「一応、私はシーフタイプなんだ。流石にこんな短いのじゃ倒せなくてね。坂下がいてくれて助かったよ」
「そりゃ、どうも……」
小さく溜息をついてその場に座り込む。
「二人とも血まみれじゃない。動かないでね……」
コーディアが浄化の魔法を唱えると、頭から被ったオークの血は風に乗って消えていった。
「ありがとう、コーディア」
ゆっくりと立ち上がり、尻を払う。突然、ミチルとユカリが同じ方向を向いた。
「どうした?」
「いや、誰かがこの辺にワープしてきたからさ」
キヌエの問いにユカリが魔力を察知した方に指を向ける。
「ふーん、誰かしら。このオークを倒しに来た別の人かしらね」
「たぶんね」
しばらく待っていると、五人組の男がやって来た。
「あれ、中島じゃん」
声を聞いた瞬間、俺は総毛たった。間違いない、この世界に送り込まれた初日に、ルナの生け贄に俺を選んだ人物。
「そこにいるのは……坂下?」
「横田……」
「なんだよお前、生きてたのか? どうやって生き延びた?」
「お前には関係ないだろ」
「まあ、な。でもお前の首を持ち帰れば王様はたんまりと金をくれるぜ? 人間の敵、モンスターマスターを退治したんだからな」
──さて、どうやって逃げるか。敵の勢力は剣士二人と槍使いが一人。それから魔法使いが二人。
走って逃げようにも魔法で殺される。彼女達を巻き込むのは申し訳ない。
「貰った金でな、北の方に住んでるドワーフに武器を作ってもらうんだ。あそこの武器はかつての勇者達も愛用したらしいぜ」
「それで? 俺を殺すわけ?」
「その通りだ。俺が殺してやりたいところだが、ミヤ、行ってこい」
槍使いがへへっ、と笑いながら前に出た。
このミヤ、とは宮島ダイスケのことである。横田の取り巻きの一人で下っぱのような奴だ。
「なんだよ、横田。俺に負けるのが怖いのか?」
「ミヤは戦いに慣れてないからお前を練習相手にするんだよ」
確かこいつは【槍術ss】を引き当てていた。上手く立ち回っても負ける可能性がでてきた。
「はッはッはッ! いくぜ!」
ダイスケの鋭い突きが襲いかかってきた。
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