「正式にはクラーケンといいます。魔王海軍のトップです」
「陸海空揃ってんのか」
「クラーケンは十本の太い腕で攻撃してきます。威力、速さ、範囲、共に最高級です。避けるのは難しいです」
「そんな敵、どう倒すんだよ」
「そこで、私とキースが出向くのです。最近の大王は人間殲滅よりも王都陥落を狙っているそうです」
「何で切り替えたんだ? 魔物の理想郷を作るんだろ?」
「大王はちょっと──いえ、だいぶ頭が足りません。人間に換算すればユウスケと同年齢でしょう」
ルナが口ごもって、慎重に言葉を選んで続けた。バカ、と言わなかったのは元上司への配慮だろうか。
魔物の十歳を人間の一歳と仮定すると、だいたい百五十歳だということになる。
「この若さで魔王になるのですから、実力は相当高いです。でも知能が足りないので、軍師を連れています。この軍師が中々のやり手で大王のやりたいことを明確にするのです」
「つまり、言葉足らずの魔王の代弁をするってことか?」
「いえ、大王に質問を重ねて、彼の考える計画を分かりやすくする、というものです。加筆修正もお手のものだったりします」
「それで、王都陥落に変わった理由は?」
近くに落ちていた貝殻を海に投げ込みながら尋ねる。海鳥達が頭上で鳴いている。気温が上がり始め、汗が頬を伝う。
「以前言った、魔物の理想郷を築くことが目的です。具体的な事を訊くと、誰も働かず、自由な暮らしができるように、だそうです。でも人間を全滅させて魔物のみの世界になったら誰が働くのか、と投げ掛けると、大王は固まったそうです」
くつくつとルナが喉を鳴らして笑う。
魔物のみの世界を作り、自由な生活をさせたい。でも、誰も働かなくなったら餓死だったりしてしまう。
じゃあ、どうするか。答えは簡単だ。
「そんで、王都を潰して残った人間を働かせるんだろ?」
「その通りです。大王はこの答えを出すまでに三日は考えたそうです。ユウスケもそれぐらいかかると思っていましたが、大王よりは賢かったみたいですね」
はいはいとあしらって話をクラーケンに戻す。
「もし失敗したらどうするんだ?」
「言うまでもなく、戦うことになりますね」
「勝つ見込みは?」
鋭く訊き返すと、ルナは首を捻った。
「勝敗は半々というところでしょうか。私とキースは避けれてもアンナやユウスケはいけるかどうか……」
「デラの飛行技術ってどうなんだ?」
「キースが選ぶくらいですから、優秀なのでは?」
デラの話になった途端、ルナの態度がつっけんどんになった。もしかして、キースを盗られた事に腹を立てているのだろうか。
「ルナ、あいつの事が嫌いだろ」
「そんなことはありませんよ」
「嘘だな、笑顔がひきつってるぞ」
珍しく、拗ねたようにそっぽを向いた。ルナの瞳が悲しみの色を浮かべる。
「勝つ見込みは半々って言ったけど、具体的な対策とかはあるのか?」
「……地道に腕を落としていくしか無いでしょう。海中に逃げられると厄介なんですよね……」
「雷の魔法とか無いのかなぁ……」
「使えるとしたらアンナかコーディアくらいでしょう。でも、コーディアを巻き込むのはどうかと」
砂をかき集めて山を作りながらどうするかと思案に暮れる。雷系の魔法で感電死とかさせられたら楽なのだが。
「コーディア、意外と気が強いからな。一度言い出したら聞かないぞ」
「最後の手段として残しておきましょうか」
コーディアが雷魔法を使える前提で話しているが、使えなかった場合勝利は絶望的なものになるだろうと、ルナの目が語っていた。
それでも、マーサ親子のためにクラーケンなんて不届き者は俺が成敗して見せるのだ。
「さて、島の探検でもしましょうか」
「探検?」
「ええ、ユウスケの実力も見たいですし。三人相手に勝ったのでしょう?」
「あれは、たまたま敵が弱かっただけで……俺も弱いよ」
「もっと自分に自信を持ちなさい。ユウスケならできますよ」
ルナには、どことなく母に似た雰囲気があった。自分で自分を蔑んだ時も励ましてくれたし、怒る時は怒るけど、優しい人だった。
それをルナから感じる。だから、会ってすぐに信用できたのだろう。
六歳というだいぶ昔の話だが、両親の事はしっかりと記憶している。
「ユウスケ? 私の顔に何かついていますか?」
「いやぁ、ルナは母さんみたいだなって」
「ユウスケが望むなら、母親の代わりになっても構いませんよ?」
「ははっ、それじゃあ、お願いしてみようかな。母さん?」
最後を強調してニヤリと笑う。
「ふふ、それじゃあ密林に行ってみましょうか」
ルナも微笑み、並んで木々の生い茂る密林へと足を踏み入れた。
「あ、剣忘れた」
「……それじゃあこの棒でも使ったらどうです?」
ゴツゴツとした木の棒を渡される。少し湿っていて、ずっしりと思い。ゴブリンの蛮刀と遜色ない重さだ。
頭上高くにある葉っぱの隙間から夏前の日差しが差し込んでいる。さくさくと落ち葉を、棒を構えながら進む。
「意外とひんやりしてますね」
「言われてみればそうかも」
カラッと乾いた太陽の熱は葉に遮られ、心地よい明かり程度になっている。しばらくすると茂みが揺れ始めた。
アビリティの効果でビビる事はないが、何が隠れているか分からないと不安になる。棒で軽くつつくと、白いウサギが飛び出してきた。
初めは俺を見つめていたウサギだが、後ろにいたルナを見ると、凄まじい速さで逃げていった。
「あらら、やっぱルナは凄いや」
「敵意は無いんですけどねぇ」
「存在自体が恐怖なんだよ、たぶん」
藪を棒で払っていると、鼻先を何かが横切った。虫かと気にもとめていなかったが再び飛んできた。
咄嗟に身を引いて避ける。ガツン、と木に突き刺さったそれは矢だった。各方向から大量の矢が雨のように降ってくる。ルナに引っ張られ、翼の下に押し込まれる。
「何者ですか!」
鼓膜が破れるかと思うほどの大音量でルナが吠えた。驚いた動物達が至る所から姿を現した。そしてその全てが散り散りに逃げていった。
唯一逃げなかったのは、弓を構えたゴブリン達だった。
「る、ルナ様……」
「こんな所で何をしているのですか」
「えと……それは……」
三人組のゴブリンは身を寄せあって震えている。何かルナに知られたらまずい事でもあるのだろうか。
「答えなさい!」
「は、はいっ! お、オレ達、軍から逃げたんです。戦うの怖いし……」
ルナからの制裁を恐れたのか、全員が頭を手で覆ってしゃがみこんだ。
「なんだ、そんな事ですか。私も軍を辞めた身です。どうこう言う筋合いはありません」
「そ、それじゃあその男は?」
「私の息子です」
「……!?」
ゴブリンズが揃って目を丸める。
そうだろうそうだろう。俺は人間で彼女はドラゴン。どう考えても釣り合わない。
「そ、そうですか、無礼をお許しください。お茶でもどうですか?」
突然へりくだったゴブリン達。ルナが一杯だけ、と言うからその後に続く。
ゴブリンに連れられて開けた場所に出る。左には木で作られた小屋。
おそらくゴブリン達の家だろう。
「何だ……ここ?」
空中にいる時には見えなかった妙な建物の前に案内される。遺跡のような建物だ。蔦が絡まっていて一部が崩れている。
屋根を見上げようと頭を上げると、太陽の強い光に目が眩む。
「空が見える?」
「ここには術がかかってるみたいなんです。ここから空は見えても上空からここは見えないようになってて」
「ふーん……」
大体の場合、遺跡には何かしらの秘密がある。お宝だってあるかもしれない。
そして位置を確認させないとなればお宝がある可能性だって上がる。
「中を探検した事ってある?」
「一度だけなら。宝があるかと思ったんですけど、妙な壁画しかなくて」
「壁画?」
実物を見るべく神殿の中へ入る。
一歩足を踏み入れると、背筋がぞくりとした。罠の類いは無さそうで、ただ一本の真っ直ぐな通路が続くだけだ。
「ここです」
数人の武器を持った白い人間と、角の生えた大きな黒い人間のような何かが向かい合っている。両者の間には白い人間が白い珠を掲げている。
珠からは光の筋のようなものが放出されている。
「戦いか?」
「ええ、おそらく過去の魔王と勇者のため戦いではないでしょうか。全魔王の歴史は魔王立魔界図書館に保管されていますが、このような珠によって撃ち破られたという記録は残っておりません」
「なんなんだろうな……」
「さあ……? 分かりませんね。ここの住民が誤った情報を基に描いたりしたのでしょう」
「噂はあてにならないからな」
「そうですねぇ。──さ、そろそろ戻りましょうか。お茶も入った頃でしょうし」
「ああ、そうだな」
最後にもう一度だけ壁画を見て、神殿から出た。
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