タイムズ

時代を超えて響き合うショート連作
柚子シトラス
柚子シトラス

最終話 道程

公開日時: 2023年1月8日(日) 21:04
文字数:552

 胸のうちでザワザワと騒ぐものがある。

 眠りのうちにたゆたいながらも、気泡のように、意識がゆっくりと覚醒していく。

 

 ああ、僕は、知っている。

 いくつものシーンが重なり合い、『忘れるな』と訴えかけていた。

 

 

 やわらかく差し込む日差しの中で、男は目を覚ました。

 昨夜の嵐は過ぎ去り、すっきりと洗われた空気が清々しい。

 時間を求めてさまよう手が、スマートフォンを探り当てたその時、チリリンとチャイム音が寝室を満たした。

 

「おう、おはよう」

 案の定、娘の洋子からのモーニングコールだった。

 

「珍しいとはなんだ。今日は夢見がよかったんだ」

 男は朗らかに笑った。

 

 

 

 

 

 ロシア軍のウクライナ侵攻。

 国際情勢は、東西冷戦の頃に戻ったかのようだ。経済封鎖に情報戦。不穏は燎原の火のように世界を覆う。

 

 彼が情熱を傾けたジャーナリスト人生が、『ここが勝負どころ』としきりに告げていた。空気を読んだやさしいコミュニケーションの出番ではないと。

 

 ウクライナの歴史をみれば、はるか昔から、度々、侵略にさらされてきたことが分かる。とても一筋縄ではいかない。

 

(複雑に絡んだ各国の思惑を読み解くには、まず盲信を捨てることだ。視野を広げて、真実の在処を探す。そうして世に問うことこそが、僕の歩んできた道ではないか)

 

 襟を正すと、男は朝日に向かって歩みを進める。

 

 

「さあ、行くぞ!」

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート