胸のうちでザワザワと騒ぐものがある。
眠りのうちにたゆたいながらも、気泡のように、意識がゆっくりと覚醒していく。
ああ、僕は、知っている。
いくつものシーンが重なり合い、『忘れるな』と訴えかけていた。
やわらかく差し込む日差しの中で、男は目を覚ました。
昨夜の嵐は過ぎ去り、すっきりと洗われた空気が清々しい。
時間を求めてさまよう手が、スマートフォンを探り当てたその時、チリリンとチャイム音が寝室を満たした。
「おう、おはよう」
案の定、娘の洋子からのモーニングコールだった。
「珍しいとはなんだ。今日は夢見がよかったんだ」
男は朗らかに笑った。
ロシア軍のウクライナ侵攻。
国際情勢は、東西冷戦の頃に戻ったかのようだ。経済封鎖に情報戦。不穏は燎原の火のように世界を覆う。
彼が情熱を傾けたジャーナリスト人生が、『ここが勝負どころ』としきりに告げていた。空気を読んだやさしいコミュニケーションの出番ではないと。
ウクライナの歴史をみれば、はるか昔から、度々、侵略にさらされてきたことが分かる。とても一筋縄ではいかない。
(複雑に絡んだ各国の思惑を読み解くには、まず盲信を捨てることだ。視野を広げて、真実の在処を探す。そうして世に問うことこそが、僕の歩んできた道ではないか)
襟を正すと、男は朝日に向かって歩みを進める。
「さあ、行くぞ!」
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