港にはまだ数十隻の大小様々なヨットや船が繋いである。沖合には数十隻の船が浮かんでいる。逃げ切れた人達。
暗くなり、発光度合いでゾンビの数と人間の数をだいたい把握する。海の底も淡く光っていた。海に落とされたゾンビ達。あの光の強さから海の中でも生きているのが分かる。
沖合いのヨットも光っているが、これは発光ではなくライトの光。人間が確実に乗っている。
懐中電灯の光が色々な角度で空を交差している。五十人以上の人間がうろついている。ゾンビは見える範囲で二百から三百。だからもっといるはず。窓からも多数の発光が見えてるので人間もかなり居る。これだけの数の人間が居る割りに静かだ。
皆、ひっそりとチャンスを伺っている。
苦労して希望の場所に来たのだろう。そのチャンスは更に困難な場所にあった。捨てるに捨て切れない。
俺はどうする?諦めるべきか。諦めてどうするか?
突然、車の音。ぶつかる音。視界の一部が明るくなる。火の手が上がる。悲鳴。怒声。
法律の無い人間の世界。まさしく無法地帯。
ダメだ。諦めるしかない。まだ徒歩の方が安全だ。どうせ行くあての無い人生だ。実家に立ち寄り、それから?
実家で暮らせそうならそこで暮らす。二人で?志織は恋も知らず結婚もせず死ぬまで?ただ生き抜く為に。生きるだけの為に。畑のやり方は?鳥やタヌキをどうやって捕るのか?生き抜くなら都会の方がいいのか?缶詰は十年は持つ。では十年後は?
世界は本当に元に戻るのか?
船を諦めた瞬間、他の事も全て諦めてしまう。何に対してもどうでもよくなる。俺の悪い癖だ。
やるべき事を考えろ。もう一人の俺が言う。やるべき事を考えても、どうせ無駄だよ。もう一人の俺の言葉。ソイツの方が強い。
志織が言った。仕方ないね。歩こう。何とかなるよ。と。
「何ともならないよ」
俺は言った。言ってしまった。
「ごめん。何とかするしかない。って言えばよかった」
志織は言った。俺はその言葉に謝った。謝るのは俺の方だ。ごめんね。そうだ。何とかするしかないんだよな。
志織は俺が矢で射られた時にかばってくれた。志織よりも強いのは俺だと思っていた。志織を守れるのは俺だと思っていた。そして志織に励まされた。これ以上、醜態はさらけ出せない。
先の事は分からない。ただ志織を安全な場所に連れてく事。探す事。それからの事はその時にまた考えるべき。
今、やるべき事を考える。それ以上それ以下を考えても仕方ない。
人間を避けて歩いて実家に行こう。線路沿いを歩く。実家に行けば土地勘はある。店も分かる。まずは無事に着く事を考える。着いてからは着いてから考える。
港からまた爆発音が鳴り、部屋の中も一瞬明るくなった。志織は頑とした顔つきだった。
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